3 消えた小麦畑
各々荷物を置き、夕食の準備が整ったため一階の酒場にくるよう声がかけられる。丁度夕食時で、空腹だったため誘いに喜んで乗ることにした。
酒場はカウンター席とテーブル席があり、一行はカウンター席に横並びで座った。
「私はアンネ。この子は娘のハンナ」
先ほどの老婆が自己紹介をしてくれた。アンネがこの宿を経営しており、娘のハンナとともに酒場を切り盛りしているとのことだった。
「こんな遠くまで疲れたでしょ、なんか飲む?」
アンネは短髪でTシャツにパンツ姿といういかにも活発そうな外見に裏切らず、サバサバとした口調で一行に聞いた。
「んー、おすすめは?」
お酒が好きなノアが尋ねる。
「ビールかな、ここでとれた大麦を使って作ってるよ」
「じゃあ俺はそれでお願いしますー。みんなは?」
「俺もビールで」
「私もビールで」
「お酒飲んだことないけど、飲んでみたい」
ハンナとアンネの後ろにはお酒の瓶と思われるものがたくさん並んでおり、その瓶を見つめながら悩んでいる様子のアメリア。
「はじめてなら甘いものにするよ。イチゴは好きかい?」
「はい」
フルーツや甘いものが好きなアメリアは、目を輝かせながらこくこくと頷いた。
リッシュでは、十八歳からお酒を飲めることになっている。アメリアはすでに十八歳になっているが、お酒を飲む機会はあまりなかったようだ。
一行の前にお酒とアンネが作ったお酒のおつまみが並び、
「お疲れ様ー」
という、ノアの掛け声に合わせて乾杯をした。
「ビールおいしいねー。そういえば、学園にいたときもビールは飲んでたなー」
お酒が美味しいのか上機嫌なノア。アンナが意図を察し、答えた。
「小麦はあんまり作らなくなってから都市部には回ってないけど、大麦は今でも作ってるからねえ」
「なにかあったんですか」
マリッサが尋ねる
「ここをずっと行った先に山があるんだよ。近くに小麦畑があったんだけど、そこに猪とかが住んでて、小麦畑をたまに荒らされてて。
でも、山には吸血鬼が住んでて、動物が畑に来ないようにしてくれてたんだけど、10年くらい前に亡くなったんだ。
それから、山に近い小麦畑はよく荒らされるようになって、もともとこっちでは野菜とか大麦とかを育ててたから、そっちだけにしたんだ」
ハンナは一行がやって来た方向とは逆の、村のさらに奥の方角を指差していた。
「いまでも、この村の分は近くの畑で作ってるけどね。
マニフィでは小麦は見かけないかい」
今度はアンネが話す。
マニフィとは一行がもともといた学園がある、リッシェの首都の名前のことである。
「そうですね。学園にいたときは数えるほどしか食べたことがなかったです。他国から輸入してますけど、高級品扱いですし」
ザイアスが答え、そうかいとアンネは少し悲しそうにする。
「山にいた吸血鬼に助けられてなんとかやってたけど、さすがにもうこの村では厳しいね」
ハンナが残念そうにした。
「ごめんごめん。暗い話をしちまって。」
アンネが話を聞きながら少し暗い表情になってしまった一行に気づき謝った。
「まだ、夕暮れ時だし、どんどん飲んで食べな!」
仕切り直しの意図もあるのか、ハンナが少し大きめの声で言い、一行も食べ始めた。