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幽霊の検証

「たぶん、お姉ちゃん――東雲円佳の幽霊は、わたしとあなたが一緒にいるところにだけ、現れるのよ」


 円佳さんが現れたときと、消えたときの状況を思い出してみる。


 法要のときは、美門とキスをしたら現れて、遠ざかったら消えてしまった。


 今朝の廊下では、美門に近づいたら円佳さんが姿を現した。


 それらに照らすと、確かに、美門の言っていることは正しいように思えるが、


「どうなんですか、円佳さん」

(うーん、言われてみれば、そんな感じかも)


 本人に聞いてみても、今ひとつはっきりしない。だいたい、幽霊に理屈や法則を求めるのもおかしな話だ。あまり気にしても仕方がないのではないかと思っていたが、美門は違った考えをお持ちらしい。


「検証しましょう。今のままでは想像だけだから、お姉ちゃんが現れる条件をはっきりさせるのよ」


 先ほどの攻撃的なだけの冷たさとは違った、理性的で冷静な声。表面上は普段の様子を取り戻しているようだった。


 出現条件の検証などというと堅苦しいが、やることはシンプルである。人のいない廊下に出て、僕は美門から少しずつ離れていく。そうして、どのくらいの距離で円佳さんが消えてしまうのかを確かめるだけだ。


 結果、おおよそ10メートルというのが、円佳さんが姿を維持できる範囲だった。僕と美門がそれ以上離れると、円佳さんは消えてしまう。


 そして、思わぬ結果だったのが、円佳さんの移動・・範囲だ。


 円佳さんが移動できる範囲もまた、僕たちから10メートルまで。それ以上は、壁に阻まれるかのように前へ進めなくなるのだという。


(リードにつながれた犬みたいだね)


 円佳さんはそんなことを言いながら、こぶしを軽く握って顔の横へ持ってくる。


「それは猫です」

(そうだったニャー)


 くそ、かわいいな……。

 だけど、リードにつながれた犬、という比喩のせいで複雑な気分だった。


 ――未練があるのはあたしじゃなくて、ミカちゃんと、キミの方だと思うな。


 あの円佳さんの言葉が、真実味を帯びてしまうからだ。


 本来ふわふわと浮遊して割と自由なイメージのある幽霊が、生きた人間のそばから離れられないというのは、幽霊が見えることに輪をかけて異常だと思う。


 円佳さんの死から時間が過ぎて、現実をようやく受け止められるようになってきたと思っていた。なのに、それはただの勘違いで、未練や執着はまったく薄れていなかったのだとしたら。自分があの日から一歩も前へ進めていない、駄目な人間のように感じてしまう。


 それと同時に、円佳さんの記憶が薄れていないことに安心してしまう気持ちもあって、何が正しいのかわからなくなる。


 一方の美門はというと、かわいい猫円佳さんをまったく意に介さず、あごに手を当てて考えごとを続けている。


「わたしが寝ていたときも、お姉ちゃんは出てきていたんでしょ、だったら意識の有無はあまり関係がないみたいね。じゃあ、次の検証へ移ろうかしら」

「次って何」

「わたしとあなた以外に、お姉ちゃんが見える人はいるのかどうか、よ」

「それはもう答えが出てるよ。廊下にこの格好の円佳さんが現れても、他の生徒は反応してなかったんだから」


 僕は夏なのに桜色のダッフルコートをまとった幽霊を指さした。

 美門は左右に首を振る。


「――それは縁がないからかもしれないわ」


「縁もゆかりも、の縁?」


「普通の幽霊でも――普通の幽霊って言葉がなんかもう異常だけど――見える人と見えない人っているでしょ。その違いは、個人の資質に左右されるっていうのが定番だけど、お姉ちゃんには当てはまらない気がする」


「僕は幽霊を見たことないし――」


「――わたしもよ。だけどわたしたちはお姉ちゃんが見えている」


「何が条件だと思う?」


「お姉ちゃんとの距離の近さでしょう。わたしとは姉妹だし、あなたは恋人だったから、そうね、……わたし以外の家族なら、お姉ちゃんが見える可能性はあるかも」


 美門はさらりとそんなことを言う。

 あっさりした口ぶりだった。自分の言葉の意味をよくわかっていないのではないか。


「……先に言っておくけど、僕は東雲の家へは行かないからね」


「外で待っているだけで十分よ、出現範囲内にいてくれれば」


「そういうことじゃない。円佳さんとご両親を合わせるって、意味わかってるの?」


 ご両親が円佳さんの姿を見られたとしても、それは感動的な再会とはなりえない。ある程度の時間が過ぎて、気持ちに区切りがついたころになって、自分の娘の幽霊と――それも意思の疎通ができる幽霊と対面したら。動揺するのは目に見えている。


 僕のような学生が大人の気持ちをすべて理解できるわけはないが、それでも、想像はできる。


 一度奪われたものを中途半端に返されても、途方に暮れてしまうだけだ。戸惑いは果てしなく、だけどうれしさも確かにあるから、本当にたちが悪い。


 逆に、ご両親には円佳さんが見えなかったとしたら。


 平穏の日々を取り戻したご両親の生活に、余計な波風を立たせることがなくてひと安心ではある。と同時に、ご両親と円佳さんの縁の距離が、赤の他人も同然なほど、離れてしまったことを意味するのではないか。


 美門は僕の短い問いかけだけで、この葛藤を理解したらしい。そして、


「あなたは家族の絆を信じていないの?」


 理解したからこその、良心に訴えるような卑怯な問いかけをする。


「僕らが言い合う前に円佳さんの意見も聞くべきだ。……って円佳さん、どうしてさっきから黙ってるんですか」


(えっ? あ、うん、えっとね、……2人が同級生なのは知ってたし、お互いの口から相手の話を聞いてて、なんとなく仲がいいんだろうなぁって感じてたけど、実際にこう、チョーチョーハッシとやり合ってるのを見ると、なんかうれしくて)


 円佳さんはニコニコと笑っている。幽霊らしからぬ、陰りのない笑顔で。


「何のんきなことを言ってるのお姉ちゃん」

「そうですよ、生意気を抜かす妹にガツンと姉の威厳を」


 円佳さんはあははと声を出して笑い、それから、少し考えるそぶりを見せる。


(んー、わかった。じゃあ、こういうのはどう? さっきの、あたしの出現範囲を探すのと同じで、遠いところから調べていくのよ。大学の友達とか、なかなか絶妙な線じゃない?)


「……そのあたりなら、まあ」


 と僕はうなずく。生前に親しかった友達との対面、というのも精神的にきついと思うが、ご両親などと比べたらよっぽどましだ。楽しいキャンパスライフを目の当たりにした円佳さんが、寂しくなりはしないかと少しだけ心配にはなるが。


 ところが美門の方は、なぜか神妙な顔つきをしていた。


「本当に、いいの?」

「どのみち確認はしないと」

「そうじゃなくて……、あなた、お姉ちゃんの大学の友達が、女の人ばかりだと思ってるの?」


 ――ああ、そういうことか。

 遅れて理解する。

 美門は姉ではなく、僕のことを心配してくれていたのだ。

 発案者の考えを読み取るべく円佳さんの顔色をうかがうが、半透明の瞳はわざとらしく逸らされている。

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