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20/21

ロスタイム1年目

 駅のホームで再会した美門を見て、綺麗になったと素直に思う。


 もともと素材はいいやつだったので、服装や髪形、メイクなどに少し気を遣うだけで、一気に大人びた涼やかな美人へと変貌を遂げていた。


「高校のころとだいぶ変わったね」

「それ、同窓会でさんざん言われたわ。特に男子から」

「へえ……」

「あなたは? 女子から何か言われなかった?」

「ウチのクラスは明日だから」

「そう。頑張ってね。お持ち帰りの手際は上達したんでしょ?」

「いやいや、そういうのないから、ホントに」


 外見は変わっても、中身は相変わらずの美門だった。大学へ入ってから急増した男子からの誘いを、ひたすら断り続けているらしい。お姉ちゃんの元カレみたいな男が存在するってことを知ったおかげで、変なのに引っかからずに済んでいるわ、だそうだ。


 円佳さんの形見のネックレスをお墓に納めてから、ちょうど一年が過ぎた今日。


 僕たちは東雲家の墓所を訪れるために、あの日と同じ列車へ乗り込んだ。ただし今日は二人分の切符しか買っていない。


 ボックス席に向かい合って座り、流れる景色を横目に見ながら、この一年を少しだけ振り返る。


 高校を卒業したあと、僕はいくらか迷ったものの、県外の大学へ進学をした。美門は県内で、円佳さんが在籍していた大学へ通っている。卒業してから約5か月ぶりの再会だが、感覚的にはもっと長く会っていなかったようにも思える。


 あの日を境に、時間の流れが一気に早くなり、それにつれて美門との接点も少なくなっていった。僕が急に志望校のランクを上げたせいで、受験勉強がハードだったから――というのはしょせん言い訳だ。


 意図的に、距離を置いていた。美門の方もそうだったと思う。


 2人で会うことを不純だと感じていた。

 相手とただ会いたいから会うのではなく、それによって円佳さんの空白を埋めようとしているのではないかと、穿ったことを考えてしまうのだ。


 傷を舐め合うような関係になってしまうのが怖いと思った。美門を円佳さんの代わりのように扱ってしまうことへの恐怖もあった。自分ではありえないと思っていても、どう感じるかは美門次第だし、こちらが変に気を遣えば、それだけで彼女は察してしまうだろう。そのような言い訳が折り重なって、高い高い壁になっていた。


 しかし、つながりが完全に切れていたわけではない。学校で会えば話もするし、数日に一回はメッセージアプリでとりとめのないやり取りを交わした。


 卒業してからも連絡はこまめに取り合っていた。いつもメッセージを送るのはこちらからだったし、美門の返事ときたら二行目にかかることすらほとんどない素っ気なさだったが、それでもやり取りは続けていた。美門に男の影がないことを確認するために、むしろ頻度は増えたと思う。


「そういえば、古井河先生と会ったわ」


 美門がぽつりとつぶやいたとき、ちょうど僕も先生のことを思い浮かべていた。


「元気そうだった?」

「ええ、相変わらずだったわ。会ったのはショッピングモールで、一人で映画館から出てくるところだったけど」

「相変わらずってそういう……」

「男なんていくらでもいるんだから、あなたも昔のことは忘れなさい、とかよくわからないことを言われたわ」


 美門はどうしてわざわざそんなことを僕に伝えるのだろう。牽制だろうか、それとも当てつけだろうか。どちらにしてもうれしいが。




 県外への進学を表向きいちばん反対したのは古井河先生かもしれない。


 両親は、伯鳴大学よりランクを上げることを条件に認めてくれた。

 美門は、そう、頑張ってね、と実に素っ気ないエールをくれた。

 進路指導の先生は、わずかに難色を示したものの、割とすぐに折れた。


 ――東雲さんを置いていくの?


 そんなストレートな言葉で引き留めようとしたのはあの人だけだった。




 あの日と同じ道をたどって霊園へ向かう。

 その道中、僕たちはずっと口数が少なかった。

 小さめの日傘を二人で分け合い、蝉時雨と直射日光をさえぎりながら歩いていく。


「わたしは五分五分だと思うんだけど」


 道すがら、美門が唐突にそんなことを言った。


「僕はもっと高いと思う」

「信用があるのね」

「信用というか……、100日と365日で、そこまで変わるかどうか疑問だよ」

「3.65倍ってけっこうな違いじゃないかしら」

「こういう現象に数値を当てはめる意味がそもそもあるのかなって感じだけど」

「心霊番組で、戦場跡でさまよう落ち武者の霊、っていうネタがあったわ。戦国時代だとしても400年以上前でしょ。幽霊って半減期とかないのかしら」

「落ち武者の霊と姉の霊を同列に扱うってどうなの」

「ただの考えごとじゃない。あなただって、この一年間、さんざん考えたんじゃないの?」

「そりゃあ、まあ……、ね」


 僕はあいまいにうなずいた。考えない日はなかった、と言っても過言じゃない。


 そんなやり取りをしているうちに、東雲家の墓が近づいてくる。あと十数メートルというところで美門が足を止めて、こちらへ問いかけてくる。


「心の準備はいい?」

「そんなものは一年前に終わってるよ」

「この格好つけ」


 東雲家の墓地の敷地内へ踏み入れると、桜色のダッフルコートをまとった人影がその場に浮かび上がってくる。


 円佳さんだった。

 一年前に別れたときと全く同じ姿のままだ。

 円佳さんは僕たちを見つけると、目をしばたいて首をかしげる。


(服装が変わってるし、髪型も微妙に違う……)


「お久しぶりです、円佳さん」

(あたし的には、忘れ物でも取りに来たの? っていうくらいの感覚なんだけど)

「きっかり一年ぶりよ、お姉ちゃん」

(あー、やっぱりそっかぁ)


 円佳さんはバツの悪そうな苦笑いを浮かべる。


(これでお別れだと思ったから、お姉ちゃんとして格好いいことを言ったつもりだったのに……、また普通に会えちゃったら、格好がつかないね)

「そんなことないですよ。僕はこの一年、円佳さんの言葉を大切にして生きてきましたから」


 一年ぶりの再会だけど、接し方がわからなくて戸惑うなんてことは全くなかった。円佳さんをフォローするセリフが自然と口をついて出る。が、


(どうしたのキミ、ナチュラルにチャラいこと言っちゃって)

「大学デビューでブイブイ言わせてるのよ」


 円佳さんにはジト目を向けられ、美門には鼻で笑われてしまう。姉妹そろってひどい扱いだったが、一年経っても二人の息がぴったりなことがうれしかった。


 それからしばらく近況を報告した。僕が県外の大学へ行ったことを話すと、円佳さんは少しふくれっ面をしていたが、やがて何かを察したのか〝ははぁん〟という感じにうなずいていた。話は途切れることがなく、いくらでも続けられそうだった。しかし、


(そろそろ、2人とも帰る時間じゃないの?)


 おそらく円佳さんは僕たちを気遣って、そう切り出してくれた。


「えっ、でも……」


 まだ早いんじゃないかしら、と言いたげな視線を向けてくる美門。同意を求められているのはわかっていたが、僕は左右に首を振った。


 美門はきっと、自分から帰りを切り出すことはない。だから円佳さんの方から言ってくれたのだ。


「また来年に来よう」

「……わかったわよ。じゃあ、またね、お姉ちゃん」

「さよなら、円佳さん」

(二人ともいい子にしてるんだよ)


 孫を見送るおばあちゃんのようなことを言って、円佳さんは手を振っていた。

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