粘着男は夢を見る②
みじかーい。
エドガーは勇者の稽古の時を待った。
けれど稽古の時は来なかった。
「ドゥーいぅ事だあぁぁあぁあッ!!??」
エドガー、怒りの咆哮。
これには懺悔室のシスターもびっくり。壁の向こうから「きゃっ」などと可愛らしい悲鳴が聞こえてくる。エドガー堪らず平謝り。
待っても待っても勇者をいたぶる機会が巡って来ず、鬱憤を抱えたエドガーは拒絶されない事をいい事に懺悔室で全てをぶちまける事に決めていた。
困ったシスターが何度も注意しようとするも、機先を制するかの如くエドガーは喚き散らした。
「大体よぉー、第二王女も第二王女なんだよ。そりゃあ、可愛いもの好きってのは周知の事実だよ? 友好国からの贈り物だって殆どがそういう系だ。検分しててぶっちゃけこっちは恥ずかしい訳、分かる?」
幼い頃からの格好付け、悪く言えばナルシストの気があるエドガーはカッコよくない物を見下している。リボンを付けた同世代の女子のスカートを捲り、女々しい男子をこれでもかとバカにするぐらいには軽蔑している。
王族だから我慢してやっている。などと上から目線でものを語り、自分が如何に不遇であるかをシスターに説いて行った。
シスターは思う。この人何様なんだろう、と。
エドガーの愚痴は勇者に対する不満から、近衛を勤める同僚へと変わっていく。
「あんの野郎、暇が出来る度に木剣持って家に押し掛けて来やがって。一番腕が良いからって師範気取りかよっての。それに甲冑だって勝手に磨くわ整頓するわで煩わしいったらねぇわ!」
王族直属の近衛騎士の中で、エドガーの実力は一番下である。王族を護る近衛がそれでは行けないと、隊長が近衛一番の実力者にエドガーに剣を教える様に言い付けていたのが現実。甲冑云々は貴族特有の潔癖性だ。
シスターは思う。この人無茶苦茶甘やかされている!? と。
壁の向こうに居る彼女はようやく、エドガーが精神的に未熟であると理解した。本人は自立しているつもりでも、その実周囲のサポートありきである。
食生活は朝を抜く派のエドガー。昼は食堂で食べ、夜は料理を嗜む次男の差し入れが全て。浪費癖のある彼は一週間置きに父親から小遣いが送られ、エドガーの住む家の管理は長男がしている。
なお、エドガー本人の給金は博打へと消えている。儲けた試しは一度もない。
貴族の習性をよく知らないシスターはエドガーの周辺人物に対して心の中で手を合わせる。お疲れ様です。そして気付く、彼を取り巻く苦労人枠に自分も捩じ込まれてしまったのではないか、と。
ぺちゃくちゃぺちゃくちゃ愚痴を撒き散らすエドガーの声を耳にしながら、シスターは焦り頭を抱える。
(嗚呼、主よ。わたし、何か悪い事しましたか?)
心の底から問い掛ける。けれど答えはなかった。シスターは項垂れた。
「んでさぁ」
「はーい! 閉店でーす! 終業時間なので本日のシスター、あなたの懺悔聞いちゃうぞ、の時間は終わりでーす!!」
「ぅえっ? ちょっと? シスターさん?」
壁向こうに居るシスターが突然妙なテンションで変な事を口走り始めた。エドガーは困惑するが、原因が自分に有る事を彼は理解しない。あるのは何この人? こわっ! である。
席を立つ気配の後、乱暴に扉が開閉される音が聞こえる。
「……あれ? シスターさん? シスターさーん! オイゴラァ! 職務怠慢だぞくらぁ!!」
まだまだぶちまけたい事は山程ある。
以前に一度、近衛を勤める同僚に少しだけ愚痴を溢し、返ってきた反応が失笑である。それ以来、エドガーは不満を撒き散らす事なく募らせてきた。
折角の機会、手放してなるものかとエドガーも懺悔室を出た。そして目が点となる。
「……は?」
「きゅう……」
全身を被う修道服。くるぶし丈のそれは見事に懺悔室の扉に挟まっていた。急いで離脱しようとした余り、ゆったりとした上衣を引っ掻けてしまったらしい。
シスターは額を赤くさせて目を回している。
「め、めんどくせぇーなぁーオイ!」
どうやら、日々鍛練で鍛えている肉体を行使する時が来たらしい。
エドガーはシスターを抱え、使えそうな小部屋がないか教会中を駆け回った。
友人
「はい、言い訳タイムをどうぞ」
作者
「『転生したのでダメな先輩をヨイショしてみた』の構想と設定を練っていたのと、以前から要望のあったスキル物の設定を練り練りしていたのと、卒論・修論の計画表をカリカリしていたのと、エドガーの話を練り直してたのと、ブラウザが落ちて書いていた物が吹っ飛んだからふて寝してた」
友人
「主に最後が原因だな。そしてお前はまたそういう、マイナーというか斬新というか、微妙に話の気になるタイトルをこの野郎」
作者
「主人公くんと敵対しているヒロインちゃんが如何にしてダメな先輩を英雄に仕立てあげるか勝負する話」
友人
「マジでどういう事なのか」