都市開発⑤
魔物の素材を集め、屋敷へと帰還したグリムは執事からの報告に耳を傾けていた。
件の商人から流れた魔法文明の鉱石、その確保の報告である。
「国を出てしまったものに関しては、諦めるしかございません。それから、領内に持ち込まれそうになった麻薬に関してですが――」
ここ最近、とある国から強い中毒性のある薬がばら撒かれている話が挙がっていた。
少量の使用ならば良薬となるそれは、多くの商人が無自覚で仕入れ、販売していたのだった。短期的ならば害とならなかったばかりに、発見が遅れて国内には中毒患者が現れている。
徹底的な隔離の下、治療が行われているが、彼等彼女等が以前と同じ生活を送る事は難しいだろう。国による生活サポートが必要である。
「……麻薬については外交官に丸投げする。あいつの事だ。慰謝料と迷惑料をこれでもかとふんだくって来るに違いない」
「頼もしい限りですな。それと、グリム様が不在の間、行動した者達を掃除しました。かなりの枠が空いてしまいましたが、埋める宛はあるのでしょうか?」
「枠の一つはギルドマスターにでもくれやるさ。あれはまだまだ面の皮が薄い」
「しかしギルドは中立。その長を引き込むというのは他方から反感を貰いそうですな」
「奴はその気だぞ? 商人から話を持ち掛けられたろうに、受付嬢は仕事をし、ギルドマスターは正しい分布図を渡してきた。予め入手していた物よりも正確に出来ていたな」
「では、私は根回しをして置きましょう」
「頼む。……それと、侍女長の様子を教えてくれ」
「不機嫌でしたな」
「……後で菓子でも持って行くとしよう」
フィオレの母であり、ミリュームネル家に代々仕える使用人の家系アッケーニ。侍女長を勤める彼女に、グリムは命令を下していた。
件の商人の館に侍女として入り込み、合図を送ったら殺せ、と。
本来仕える筈のミリュームネル家を疎かにし、裏切ろうとしている相手に使用人として仕える。それは相当のストレスを強いていた。
更に合図も無かったのだから腹に据えかねているのだろう。説教しに来ないだけ恩情である。
「本当に、説教が飛んで来ない内に機嫌を取ろう」
三度の飯より説教が好き。それが侍女長である。
執事を下がらせ、テキパキと仕事をこなしていると、グリムの元に報せがやって来た。
魔物の素材を使った建材の試作品が出来上がったのだ。
身支度を整えて、グリムは庭へと向かった。
屋敷の庭園へと運び込まれた箱の形に整えられたコンクリート。高さにして腰ほどまで、幅にして両腕を伸ばした程度である。
建築家が説明を始めた。
「主な用途は構築材になりやすね。コンクリートってのはそのまんまだと衝撃に弱くてっすね。鉄筋の代わりに魔物の素材を入れるっつわれて苦労したっすね。んで完成品がこれっすね」
「そうか」
とすげなく告げて、グリムは腕を徐に振り下ろした。
すると、重量にして数トンはあるだろう氷塊が箱形のコンクリートを押し潰した。
「な、な、な、なにしとんすね!?」
「対衝撃試験だ」
「やるならせめて言ってくれっすね! 心臓が飛び出ちまうっすよ!」
「出たら戻してやるから安心すると良い。そんな事よりも見てみろ。試験は無事合格だ」
「へ?」
魔力で作られた氷塊が消えると、形状を保ったコンクリートが姿を現した。
ひび割れて、ポロポロと欠片が落ちているが、砕けていなければ凹んでもいない。建築家の弟子達が氷塊に押されて埋まった部分も掘り出して見れば、無事である。
「……想定以上の耐久性っすね」
「百層ぐらい行けるのではないか?」
「強風でポキっと折れるっすね」
「行けないのか……」
「それはやりようっすね。取り敢えず、この作り方でなん棟か建てるっすね」
「分かった。場所は指定した通りに。住民とは話を付けてある」
「仕事が早いっすね。予定通りなら完成は来年っすね。楽しみにしとくっすね」
気持ちが逸っているのか、建築家は早足に去って行った。
建築家の弟子達はひび割れた箱形のコンクリートを荷台に乗せ、手押しで運んで行った。
後に残ったのは荒れた庭園である。
「庭師に任せるか。何事も経験と言うしな」
そんな言葉を残して、グリムも仕事に戻った。
窓の外から、最近雇った庭師の悲鳴が聞こえてきたが、聞かなかった事にした。何事も経験である。
ことり、と軽い音を立ててペンを置き、グリムは肩をぐりぐりと回した。
ふと眠気を覚えて、窓の外を見てみると夕方である。窓を開け放つと、冷気がするりと入り込んだ。
もうすぐ秋が終わろうとしていた。
幼馴染みと義妹は、きちんと聖女の力を制御出来ているだろうか。
遥か遠くに想いを馳せていると、扉が開かれ、町娘然とした服装の少女がやって来た。
「バリエーションが増えたな」
昨日はドレスだった。
彼女の突拍子もない奇行に、すっかり慣れてしまっている。
出来るだけ少女の顔を直視しないように気を付け、なんの用件かを訊ねた。
「貴方の大切な家族からのお手紙よ。今回は二件同時ね」
「旅をしながら書いているのだ。配達のルートによってはこうもなろう」
少女から手紙を受け取り、椅子に座って封を切る。
中の手紙を読み始めると、グリムは自然と、自分でも気付かずに表情を和らげた。
少女はむくれた。
「普段表情動かさないクセに、手紙の時だけ笑うのよね、この人」
「……ん? 何か言ったか?」
「もうちょっと分かりやすくなっても良いのではなくて?」
「分かり難くて結構だ。わざわざ言葉や顔に出さずとも、伝わっている」
「どうかしらね。その思い込みの根拠はなんなのかしら……」
「幼い頃から共に居たんだ。以心伝心とまでは行かなくても、ある程度は伝わっているだろう」
絶対の自信を込めて、グリムは言い切った。
自分の言葉になんの疑いも持たず、伝わっていると信じきっている。
グリムはまた、手紙を読む事に没頭した。
「……ねぇ? 私はね、確かに貴方を試すような言動を取っているわ。けど、決して貴方に傷付いて欲しい訳じゃないの。貴方に、辛い思いをして欲しい訳じゃないの……」
少女は静かに部屋を辞した。
彼女の残した言葉は、グリムに届かなかった。
かつて、グリムは幼馴染みと義妹に言った。
「今現在、屋敷に貴様等の居場所はない」と。
その頃は、二人が聖女の力を制御出来ずに暴発させ、被害を被った使用人が多かった。そして、多くの使用人が屋敷を後にした。
残っているのは被害を被らなかった者か、二人を幼い頃から知っている者である。
前者は、二人が戻ってくる事に否定的である。
偶々、運良く被害に遭わなかっただけで、次も回避できるとは思っていないからだ。
だから、聖女の力を制御出来るようになり、更に魔王討伐の功績があれば、不満には思っても飲み込まざるを得ない。
グリムはそう考えている。
……けれど、彼の言葉は足りていない。身内に対して言葉数が少なくなるそれは、グリムの悪い癖である。
家族なんだから、言葉にしなくても伝わっている。
そんな思い込みが、口下手な彼の一方的な甘えであると、まだ自覚していない。
貴族である彼の、理想の押し付けであると、まだ知らない。
そうして、グリムの元に魔王討伐の報せが届いた。
二人がミリュームへ帰って来たのは、分厚い雲が空を覆い、薄暗く、雪の降る日だった。
その年の冬は、凍えるような寒さであった。
作者。
「果たして読者は覚えているだろうか、これが勇者に幼馴染みと義妹NTR物であると!」
友人。
「長い! 文字数見てみろ。ラノベ一冊分だぞおい」
作者。
「丁度良いな」
友人。
「感覚の違いぃー」
作者。
「まぁ、元々神殿に預けてから三行で帰って来るあれを膨らませた結果だから致し方なし。余りにも急展開過ぎて、うわー、て思った」
友人。
「膨らませ過ぎじゃない?」
作者。
「これでも切り詰めたんだけどなー」




