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終わった後のお話③

「へっぶしょい、へぶしょい!!」


 冬の気温で冷えきった噴水へと飛び込んだ結果、当然と言うべきか、グリムは風邪を引いた。


 食欲も失せており、昨夜の夕食には手を付けていない。朝から飛竜討伐に出掛けた際に摘まんだおにぎり以降、何も口にしていない為、いい加減グリムの腹は不満を訴えている。けれど食欲はない。


 こんな事ならスンが差し入れてくれたサンドイッチをとっとと食べておくんだったと、軽く後悔している。まさか、すぐに灰と化すなんて誰が予想できよう。因みにスンはそれを知り物凄く落ち込んだ。


 病状はくしゃみと鼻水、吐き気程度で、大して仕事に支障はないのだが、グリムがこうして客室のベッドで大人しくしているのには訳がある。フィオレの母曰く、「冬の風邪をなめたらあかんぜよ」とのこと。最悪、拗らせると肺炎になるらしい。


「……暇だ」


 こうして寝ている間に、どれ程仕事が捗ったかを脳内でシミュレートし、やはり寝ている場合ではないと体を起こす。その熱意、ワーカーホリック。


「ほう、何処へ行こうというのかね? 若僧」


 何時の間に潜り込んだのか、グリムが寝ているベッドの中から、もぞもぞと這い出てくるものが居た。年若い少年の、けれど重厚な声音にビクリと肩が震える。普通に驚いたのだ。


 グリムの腕を掴んだ少年は不機嫌そうに眉を歪めている。深淵を思わせる漆黒の髪に、地獄の底に引き摺り込まれそうな深紅の瞳。決して穏やかとは言えない雰囲気を醸し出し、少年は言う。


「貴様が風邪など引いたせいで、我はこうして退屈しているのだぞ! 悔い改めよこの冒涜者め!」


「……あ。そういえば」


「っ!? まさか、お前という奴は、この我と遊ぶ約束をすっぽり忘れておったな!? この軽薄者めが、天誅!」


 グリムとした約束が楽しみで楽しみで仕方がなかった少年は、涙目になって彼の胸に頭をぐりぐりと押し当てる。遊ぶ約束を完全に失念していたので、全面的にグリムが悪いのだが、こうもいちいち幼稚だと微笑ましく思えてしまってしょうがない。申し訳なさが吹き飛ぶ。


 どうしたら赦してくれるかと聞くと、少年は難しそうに一唸りしてから名案を閃いたかのように華咲いた。


「添い寝だ!」


「……添い寝?」


「そうだ。我と添い寝せよ。それで赦してやる」


「…………そうか」


 どうやら気を遣わせてしまったらしい。


 そういう事ならと、グリムはベッドから足を降ろす。


「……おい。何処へ行く」


「汗掻いたから、取り替える」


 厚着な上に毛布二枚と布団一枚を掛けられていたグリムは汗だくである。神出鬼没な少年が何時から潜り込んでいたのかは知れないが、添い寝というからには更に暑苦しくなる事は明白だ。


 こういう時ばかりは、暑いも寒いもない少年が羨ましくなる。環境に合わせて肉体が勝手に適応するとは少年の言だが、いまいちよく分かっていない。つまりはどういう事だ。


「そこはほれ。我の力であるからな」


 と、少年は甲斐甲斐しくグリムの背中をタオルで拭きながら言う。理屈も何もなく、ただそういうものだからというだけの話。


 一年前、勇者をデコピンで降し、世界を滅ぼしかけた存在が言うと笑い飛ばせないから質が悪い。


「勇者といい、フィオレとスンといい、女神とは無茶苦茶な存在だな」


「そう言うな。あれでも我が創造主なのだ。彼の魔王にこの世界を任され、暇で暇で死にそうだっただけ。ならば、赦してやるのが人の役目なり。っと」


 着替えを終えたグリムが温もりの残るベッドへ潜り込むと、少年ももぞもぞと続いた。


 それに、と少年は言葉を繋げる。


「世界で遊ぶのが、彼の女神の役目なり」


「……迷惑な話だ」


「元は人から生まれでた存在なのだ。冷たくしてやるでない。今現在、姿を消している我が創造主を思うと、思わずチビりそうになる」


「何か知ってるのか?」


「無論だ。一度魔王に会い、地上での生活を許されたからこそ我はここに居る。我等の頂点に立つ存在なだけあり、それはもう恐ろしかったぞ?」


「直接会ってない俺には、抽象的な恐怖だな」


「会わぬ方が良い。あれはそういう存在だ。それに、我は被造物であるからして、彼の魔王に命令されれば逆らえぬのだ。我は貴様を殺しとうない」


「……なら、会わない方がいいな」


「その通りだ」


「お前は自分の事を被造物だと言ったが、お前と似たようなものを創れたりするのか?」


「不可能だ」


「それは何故?」


「被造物が新たに何かを創造する事は出来ぬ。利用し応用し構築する。そうして新たな何かに似せた、既存のものを作り上げる事は出来よう。しかし、ゼロから何かを創り上げる事は出来はせぬ。自分のそっくりさんの複製は造作もないが、それ以上の何かは創れぬ。創られた存在が、新たに創る事は出来ぬ。つまりはそういう事だ」


「……よく分からないが、分かった」


「被造物には被造物のルールがある。貴様が気にする必要はない。……話し込んでしまったな。もう眠るが良い、人の子よ」


 少年がグリムの額を指先で小突くと、彼の意識は少しずつ遠くなっていった。心地好い安らぎに誘われ、瞼が重く閉じていく。眠りの前に見た光景は、なんとも不思議なものであった。


「――幸福な夢を見よ。貴様が手に入れる筈だった。貴様が過去と切り捨ててしまった、もしかしたらの幸福を」


 それは、何処かで見た景色であり、そして――


















 髪を優しく撫でられる感触に、グリムの意識は浮上していった。


 ゆっくりと瞼を開き、視界を巡らせて感触の元を辿る。


 彼女と目が合うと、何時もの、何かを楽しんでいる微笑みを浮かべた。


「あら? 起こしてしまったわね」


 夕焼けを思わせる朱色の髪を楽し気に揺らして、くすりと彼女は笑う。彼女の髪は不思議なもので、見る角度によって色を変えるのだ。赤から青へと彩られ、その立ち振舞いと合わせて神秘的である。


 星屑を散りばめたかの様な瞳を、彼女はにんまりと細める。


「可愛い寝顔だったわ。貴方の無防備な姿なんて、滅多に見られないんだから」


 そうしてまたくすりと笑う彼女を一言で表すならば、艶やかだろう。


 彼女の所作一つ一つが男を惑わせるのだ。


 嘗て、彼女はこう呼ばれていた。


 ティアレス・アスモデウス。傾国の王女。


 既に滅んだ国の王族の末裔、それが彼女である。


「……目覚めにお前の顔は心臓に悪い」


「ふふっ。誉め言葉として受け取っておくわ」


 何を考えているのかよく分からない笑みを浮かべるティアレス。彼女の思考が読める人間は恐らく変態しか居ないだろう。それ程までに彼女は読めない。


 グリムの最も苦手とする人物であり、最愛の妻(予定)である。


 ティアレスの立場は社会的にかなり扱いずらいもので、未だに籍を入れる事が出来ないでいる。彼女本人は面倒があれば自分で解決すると豪語しているが、その手の問題は少ないにこした事はない。


 今現在、外堀を埋めている真最中なのだ。


 伊達に王族の女目当てに国を滅ぼされていない。


「……ん? あいつは?」


 脇を見ると、少年の姿がない。その気になれば別の惑星にさえ行けてしまう少年だ。突然居なくなった程度で心配する事はない。けれど気になる。


「食べたわ」


「……なんて?」


「食べちゃった」


 えへっ、とちろりと舌を出して見せるティアレス。赤く色付いた舌は艶かしいが、果たして素直に惑わされていいものかどうか。


「取り敢えず、嘘はやめろ」


「あら、嫌われちゃった」


「もう慣れた」


「それじゃあ、嘘つきには罰を与えなくちゃね」


「やらない」


「まぁ大変! こんなところに手頃な鞭があるわ!」


「寝かせて?」


「さぁさぁ、これでばしんとお尻を打って頂戴な」


「聞けよ」


 恍惚としながら熱い吐息と共に丸められた鞭を手渡してくる変態に、グリムは頭を押さえた。


 そう、彼女には被虐癖がある。拘束監禁管理を誰よりも望むマゾだ。三度の飯より鞭が好き。


「さぁさぁ! 小柄な子供体型な私を虐めて頂戴な」


「……寝る」


「まっ、冗談も程々にしましょう」


 こほんと咳払いをして調子を整える。改まった様子だが、グリムは騙されない。既にこの流れは経験済みである。隙はない。


 背中を向けて目を瞑っていると、ティアレスは躊躇いなくベッドへと潜り込んできた。そして、ピトリとグリムの背中に密着する。丁度、彼の頭を胸に抱き抱える様な体勢となり、グリムの髪を弄り始めた。


「ずーっと頑張って居たんだもの。たまにはゆっくりとしたっていいのよ。誰も怒らないわ。安心してお眠りなさいな」


「……だが、まだ休む訳には行かない。問題は山とある」


「そんなの、誰かに任せてしまえばいいわ。貴方だけが辛い思いを抱える事なんかないのよ?」


「俺がやらねばならない事だ。幼馴染みと義妹の尻は拭かねばならない」


「投げ棄てたっていい筈よ?」


「過去と決別したからといって、過去が無くなる訳ではない」


「……そう。なら、明日からまた頑張らないと行けないわね」


「あぁ。一日だって休めない」


 でも、とティアレスはグリムの頭を抱き抱える。


「寝ている間は、安らぎなさいな」


 甘く蕩けるような囁きには確かな心地好さがある。起きたばかりだというのに、体は誘われるがままに睡眠を欲していた。


 グリムにとって、眠りは安らぎではない。


 過去の行いを、自分の不始末を想起する儀式である。


 彼は回顧する。


 何も知らない、愚かな自分を。


 自分を省みない、自分勝手な過去を。


 終わる前の、始まりの記憶。


 始まりは何処からだったのだろう。


 答えはきっと、

 続きは本編終了後に。


 友人

「作者の作品で少年とか幼児という単語を見ると怖くなるんだけど」

 作者

「そこは安心していい。今回はハートブレイクではなく、メンタルブレイクを意識して書くから」

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