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都市開発④

 うにょーん。

 満天の星空の下、彼等は狩る側から狩られる側へと追いやられていた。

 闇に紛れて姿を隠しているのに、襲撃者は寸分の狂いもなく狙撃してくる。

 月明かりを一瞬だけ反射したそれに目敏く気付き、彼はがむしゃらに身を放り投げた。

 苛酷な訓練を積み、それなりの自負がある彼にとって余りにも無様なかわし方。

 屈辱を覚え、奥歯を噛み締める。

 意図ある回避では確実に当てられる。

 それは彼の仲間達が証明して見せた。

 だから彼は恥を飲み込んで無様な回避を試みている。


 先程まで彼が居た地点を、それが通過する。

 固い土を抉りながら地面にめり込んだそれは、魔力で作られた氷の礫だった。

 力を失ったそれは空気に溶けるようにして消えた。

 どうしてこの先を見通せない暗闇の中で正確な狙撃が出来るのか、彼には理解できない。

 人間業には思えなかった。


 標的の抹殺に成功し、護衛らしき人物からも逃げ切った。

 なのに何故、自分達は全滅寸前にまで追い詰められている。

 彼は混乱する頭で必死に答えを探し求めた。


 そもそもからしておかしかった。

 暗殺依頼が届き、本来なら我先にも飛び付く筈の同業者がこぞってこの依頼を辞退した。

 誰もが身を引く標的に、彼等は名を上げる機会だと思った。

 自信満々に依頼を受けた途端、同業者は同情と憐憫の眼差しを向けてきた。

 中には引き留めようとする者も居た。

 彼等はそんな同業者を腰抜けと罵って、意気揚々と周到に準備を進めた。

 これだけの準備をすれば、殺せない相手なんか居ない。

 そう、確信出来る程に。


 何を間違えたのか、何処で狂ったのか、彼には分からなかった。


 『古い貴族には手を出すな』。


 その言葉を、彼等は誰一人として知らなかった。


 後悔と憎悪を抱きながら、彼は自分が死んだ事を自覚出来ないまま、この世を去った。


















「これで全員か?」


「いいえ? 一人だけかなり離れたところに居るわ。きっと伝達役ね。依頼主に結果を報告する為に予め離れていたのよ」


 仮面を着けた青年に、瞼を閉じた少女が答える。

 空中に浮かぶ氷の床の上で、青年は掲げていた小さな杖を仕舞った。

 陽光がある内は、光の加減で赤や青へと変色する頭髪だが、夜の間は中間の色に固定されるらしいそれを揺らして、少女は首を傾げる。

 瞼を閉じたまま、じっと青年の顔を見つめた。


「あら? 仕留めないの?」


「するとも。報告するのなら、連絡手段を持っているはず。それを拝借しよう」


「あらそう」


 科学文明である機械国家なら多数の連絡手段があるだろうが、魔法文明であるアレクトロフではその手段が限られている。

 魔法で狙撃しては、件の道具ごと撃ち抜いてしまうと危惧したのだ。


「追い付くぞ。動かせ」


「はいはい。これ、それなりに神経使うのだけどね」


「明日の朝食を一口分けてやる」


「勿論、あなたが最初に口を付けた物よね?」


「一口サイズに切り取った物をくれてやる」


「残念ね。それならあーんで妥協してあげる」


「構わん。ほら、さっさと動かせ」


「はーい」


 浮遊する氷の床が、風の力によって移動を始める。

 眼下の景色が高速で移り変わり、追い付いたのか速度が緩くなった。

 暗殺者は姿を眩ませる為に森へと飛び込んでいた。

 見下ろしても木々の枝葉に遮られて地面が見えない。


「……見えん」


「このまま降りれば丁度良く目の前よ」


「そうか。なら信じるとしよう」


 仮面の青年は氷の床をそのままに、一人地上へと飛び降りた。

 魔法の障壁を体へ纏わせ、枝葉が擦れても衣服は無傷である。


 ふわりと、落下の勢いを殺して降り立つと、丁度目前では暗殺者が慌てて足を止めているところである。


 氷の塊から剣を形成している間に、暗殺者は踵を返して逃走する。

 木々を縫うように走り、どうにか視界から外れようとしていた。


「無駄な事を……」


 その手に氷の剣を握り締め、次の瞬間に仮面の青年の姿が霞んだ。気が付けば暗殺者を追い抜き、氷の剣を振り抜いた姿勢で残心している。

 ゆっくりと振り返れば、首回りを凍てつかせた暗殺者は崩れ落ちた。完全に事切れた暗殺者の首は、僅かに胴体と離れている。

 血が吹き出る暇もなく氷に覆われたのだ。


 無用と判断したのか、氷の剣は溶けるように消えた。


「仕事が速いわね」


 暗殺者の懐を漁り、目当ての道具を探り当てる頃に、謎の少女が降りてきた。閉じられていた目は開かれ、星屑を散りばめたような瞳が青年を捉えて放さない。


 仮面の青年はそんな少女に一瞬だけ視線をやり、すぐに手元の道具に戻した。


 それは水晶である。

 掌に収まる程度の珠は、高純度の魔石から作られていた。

 高純度の魔石に、特殊な魔法を掛け、水晶と繋がるもう一つとの連絡を可能とする魔道具。

 しかし、予め繋がっている先としかやり取り出来ない欠陥も抱えていた。

 二つで一つ。一対の道具である。


「こんな物を賊に与えるとはな」


「お高いの?」


「安物だ。成功している商人なら、腹を切る覚悟で手に入る程度の代物でしかない」


「つまり、相当高いのね」


「こんな欠陥品、使いたくないがな。如何に魔法の研究が進んでないかが良く分かる。少なくとも三十年前から存在している道具だ」


 進歩がない、と吐き捨て、仮面の青年は魔道具を起動させる。

 すると、水晶から指向性の光が溢れ、空中に繋がる先が投影された。


《全く、こんな夜更けに通信してくるとはマナーが――ッ!?》


「そうか。しかしそれはお互い様ではないか? 夜中に賊をけしかけてくるのだから、なぁ?」


 映し出された人物は、ミリュームネルが抱える商人の一人だった。

 都市開発に多額の投資をし、見返りにある程度の利権が約束されている筈の商人。

 彼の持つ商会とは、三代の付き合いがあった。


《そう容易に事は運ばないと思っていたが、まさかこうも容易く……》


「下調べが足りなかったな。この私を襲う暗殺者など、程度が知れている。新米でもない限り、奴等に取っては恐怖の代名詞であるからな」


《それは、どういう?》


「忘れたか? 私は調停者ミリュームネル。裏組織の幾つかを壊滅させ、貴様等の言う古い貴族に手を出したらどうなるかを教えてやったのだよ。平和的だろう?」


《全然平和じゃない》


「何を言う。結果として貴族と裏組織の衝突は激減している。被害を被る罪無き民も居なくなった。これを平和と言わずなんと言う?」


《あなたのそれはただの抑圧に過ぎない》


「成る程。どうやら私には圧政者の素質もあるようだな。暴君と呼んでも良いぞ?」


《やはりあなたは死ぬべきだ。これからの時代に、あなたの様な古い貴族は要らない》


「だろうな。肯定しよう。全く持ってその通りだ。いやはや耳が痛い」


《分かっているのなら何故! 大人しく死んでくれない!》


「やり残した事があるのでな。簡単に死んでやる訳には行かない。見てみろ、この国を。ここ数十年なんの進歩もない。ただ平和が続き、歩む事を止め、人ばかりが増えている。……そんな時代になっている。こんな時代にしてしまった償いをしなければならないのだよ」


《償いだと? そんな事をしても、もう手遅れだ。私の祖父は憂いていた。この国には未来がないと。今からでは手の施しようがないと。なのに父は愛国心に取り憑かれてこの国に尽くしていた。苦しんでいた! そうまでしてこんな国に尽くす事になんの意味がある!?》


「知らんな。そこに意味を見出だすのは人個人だ。私に聞かれても困る。しかしだな。貴様は見落としているようだ」


《何を……》


「貴様が何を思い、何かに怒る事は自由だ。止めはしない。なんなら受け止めてやる。だがな、鞍替えするのなら筋を通せ、若僧」


《――まさか! 何処から漏れた!?》


「漏れてはいないさ。隠蔽は完璧で、少し手間だったぞ? 貴様がアレクトロフの鉱石資源を某機械国家に流している事も。将来的に某機械国家に根を張る準備を進めている事も知っている」


《俺は商人だ。何時までも将来を見込めない国に居座るつもりはない》


「だろうな。故に、貴様がこの国に見切りをつける。これは許そう。しかし、今回の話はそんな事ではない。問題は、私の傘下にある内に行動した事実だ。お陰で示しをつけなければならなくなった」


《だからと言ってどうするつもりだ? 取り引きは密に行ってきた。証拠となる書類も残しちゃいない。あなたとその周りだけが知っているだけでしかない》


「確かに。貴様はなんの証拠も作っていない。……貴様はな」


《何を――》


「お久し振りね。お館様?」


《なっ!? 何故、何故きみがそこに居る!?》


 仮面の青年と商人の間に割り込み、謎の少女が水晶に向かって手を振る。

 少女の顔に覚えがある商人は心底驚き、とある可能性に思い当たり顔を青くさせた。


《まさか……。まさかそんな!》


「警戒しなかっただろう? この女は上手く入り込み、商談を任されるまでの信頼を勝ち取った。わざわざ海に投げ込んだ甲斐があったというものだ」


「えぇ、まさか本当に投げられるとは思わなかったわ。思ったよりも時間が掛かって、公爵様に挨拶しそびれてしまったしね」


《よくも、よくも俺の心を弄んだな! きみの言葉に励まされ、きみに喜んでもらおうと一層努力を重ねたのに、いつの間にか居なくなって、探しても見付からなかった!!》


「アドバイスが遅くなったが、この女に心を許さない方が身の為だぞ? こいつは悪女だ。殺意を持つぐらいが丁度良い」


《くそぅ! 本当に遅すぎる!》


「そろそろ抱擁の一つでもして良いのよ?」


「森の熊さんとでもしていろ」


《うぅ……。うぅぅぅぅ――!》


「なんだ? そこまで惚れ込んでいたのか」


《当たり前だ! 彼女の為になら、人生を捧げても良いとさえ思っていたんだ! 心が、心が痛い! 切ない! 悲しい!》


「まぁ、一つの経験となっただろう。見るからに危ない女には手を出さない。学べて良かったな」


《授業料と見合ってない……》


「さて、貴様の処遇だが」


《せめて涙が止まるまで待ってくれませんか?》


「今何時だと思っている。私は眠いのだ。朝が早いのだ。早く帰って仕事をしたいのだ!」


《ちくしょう! この仕事中毒者(ワーカーホリック)め!》


 そうして、淡々と処遇を告げられた商人は、潔くそれを受け入れた。

 商人の持っていた商会は、ミリュームネルの息の掛かった者が会長を引き継いだ。なんの準備もなく潰してしまうと、商会が受け持っていた取引先や、世話になっている客が困り、結果として領内に混乱が訪れてしまうからである。

 物資の流通が一時的に麻痺する。


 領主として、避けるべき事態である。


 とはいえ、商人が犯した罪はそう重くはない。

 ミリュームネルの傘下として問題であるというだけで、商人としては真っ当だった。

 主の許可なく、友好国だが警戒している機械国家に魔法文明の鉱石を流した。

 明確な反逆ではないけれど、勝手をすればどうなるかを示す必要があったのだ。


 なお、暗殺者をけしかけてきた事については不問である。


 そもそも、貴族が命を狙われる事は日常茶飯事である。

 いちいち目くじらを立てていては、他の貴族から軽蔑されるだろう。少なくともグリムはする。

 あの貴族は、暗殺一つロクに振り払えないのか、と。


「……ふむ」


「あら? 考え込んでどうかしたのかしら?」


「いやなに、結局、ギルドで絡んできたあいつは無関係だったのだな」


「まぁ! そんな事?」


「余りにも露骨だったのでな。逆に油断させる作戦なんじゃないかと疑っていた。杞憂だったが」


「それはそうよ。だって、受付嬢が驚いて見せた時には居なかったもの」


「あぁ。あの演技は目を見張るものが……。気付いていたなら早く言え」


「なら普段の扱いを良くする事ね。具体的には一緒に就寝しましょ?」


「貴様の寝具を全部氷製にしてやろうか?」


「手作りベッドなんて素敵!」


「ちぃ……」

 友人。

「あれ? この商人の処遇はどうなったのさ?」

 作者。

「もう書いてあるから省いた」

 友人。

「あぁ、最初か。何処だよ……」

 作者。

「まぁ、修正効くから商人ぶっころルートも考えてたんだけど、なんか書いてて愛着湧いたから生存ルートに戻した」

 友人。

「戻したのか。あ、そうだ。作者って展開とかどう作ってんの? なんか上手く行かなくてさ。唐突になっちゃう」

 作者。

「唐突なのは俺もなんだけどなー。まぁ、傾向としては、勢いで書くと脈絡がなくなるから、少し先を考えると良くなるんじゃない?」

 友人。

「少し先を考えた結果、そこまで辿り着けずに力尽きるんですね。分かります」

 作者。

「なんでだろな」

 友人。

「知らねーよ」

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