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過去を炉にくべて⑬

 間が空いたので、作風変わってるかもしれません。

 エルトルハイム公。

 アレクトロフの顔役であり、各国との外交を一手に担う縁の下の力持ちである。

 彼が居るからこそ、アレクトロフという国は余分な敵を作らず平和を享受出来ている。だが、長きに渡る平和は民衆から感謝の念を薄れさせ、エルトルハイム公が各国との関係を取り持つのは当然、という傲慢な考えを抱く者が出ていた。

 致命的なのが、そんな考えが貴族からも出ている事である。


「全くもってやってられん!」


 荒ぶる中年男性は件のエルトルハイム公である。

 外交官らしく見映えの良い服に身を包み、慢性的な運動不足から腹回りに脂肪が付いている。

 白髪混じりの茶髪を後ろに流して油で固めている為、凛々しさの残る顔が露となっていた。


「あんのバカ共が! 人がどれだけ気と裏と根を回して立ち回っているか何一つ理解していない! それをだ、王宮勤めの役人共は『貴方は当然の務めを果たしたのです。褒美など不要でしょう』だとよ! 死ねクソ!」


 彼は出された値の張るワインを楽しみ、一口含んでからその激しさを増していく。


「しかもだ。人が外に出ている間にドラゴンの襲撃を受けたとか言うじゃねぇか。言うだけじゃねぇか! 何かしろやボケ共め! ほぼ全部グリムに丸投げしたそうじゃねぇか! 断れや! 快く引き受けてんじゃねぇよ御人好しかよ!?」


「御人好しではない。俺の誇りに従ったまでだ」


 左手に報告書を、右手にワイングラスを持ち、エルトルハイム公の愚痴を器用に聞き流しているのはグリムである。


 都市開発の仕事が立て込んでる中、外から帰ってきたらしいエルトルハイム公が事前の連絡もなく訪ねて来た。

 これまでも何度か前例があり、グリム本人も屋敷に勤める使用人達も別段慌てる事はなく、歓待の準備が整えられつつある。

 準備が出来るまで、二人は応接室で待機していた。

 その暇な時間でグリムは仕事をし、エルトルハイム公は愚痴を垂れ流している。


「はぁ……。もう、全く。これも時代の推移なのかね」


「そう不思議ではないだろう。貴族も人だ。中央から離れてしまえば、その思想も少しずつ変化するもの。なんの影響もなく一つの思想を保ち続ける輩は偏屈と呼ぶのだよ」


「その偏屈者な俺達が、偏屈じゃない貴族共からなんて呼ばれてるか知ってるだろ。『化石』『時代錯誤者』『古い貴族』、まぁ色々だな」


「しかし事実だ」


「で? その『新しい貴族』は何をしている? 何をした? 何を成し遂げた? 権力というものを勘違いしたバカ共が民衆に何をしたか知ってるか? 裕福な癖に何人もの奴隷を仕入れたアホを知ってるか? 必要もない事に手を出してしくじり、その責任を他者に押し付けたクソ野郎を知ってるか? 全部ありがたい『新しい貴族』じゃねぇか!」


「だな。それも経験だろう」


「迷惑なこった」


「分かっている。けれどそう割り切るしかない」


「その尻拭いや皺寄せが俺達にきてんだ。愛想が尽きてた『古い貴族』が一体どれだけ居たと思ってる」


「自らの引退と共に、それまでの歴史を閉じた貴族の数だけ。レクト、貴様もその一人だろうに」


「そうとも。もう後継は居るんだ。何時引退しても国は困らねぇさ。エルトルハイムが歴史の舞台から消える、ただそれだけの事よ」


「そうか……」


「……。グリム、お前は何時まで続ける気だ? 信仰装具に選ばれたからって、無理して貴族やる必要はない筈だ」


「無理、してるように見えるか?」


「見えないから聞いたんだ。知ってるぞ。剣の聖女と術の聖女がお前の身内だって事。もっと情緒を豊かにしろよ。分かんねぇんだよ。分かんないから来たんだよ」


 エルトルハイム公は表情の変化が乏しいグリムの顔を真っ直ぐ見据えながら言った。


 レクトルム・フォン・エルトルハイム。

 グリムとは親と子程も歳が離れており、立場も仕事も違う二人は、しかし友人と呼べる間柄である。

 少なくとも、大切にしていた身内と切り離された相手の元に休む間もなく飛んで行き、突然の来訪を快く歓迎した上に相手の意味の無い愚痴に付き合う程度には、深い絆がそこにあった。


「自分で分かる範囲だが、大丈夫だ。寂しくはあるがな」


「確かに、今日は何時もより静かだ。前はあった悲鳴と怒声が無いな」


「貴様が来る度に覗きに来ては連れ戻されていたからな。あれは、ちゃんと嫁に行けるのか心配で堪らん」


「んん? 俺はてっきりお前が貰うとばかり思ってたんだけど、要らないのか?」


「要る要らないではなく、立場や体裁を考えるに押し切るのは難しい」


「あー、まぁ、周りは納得しないだろうな」


「特に、『新しい貴族』とやらがな」


「はっ! 違いない。頭の先から足の先まで迷惑な奴等だ」


「それと、一つ目の答えだが」


「おう」


「はっきりとはしていない。次代に引き継ぐのか、俺の代で幕を引くのか。まだ、な」


「そうか」


「そうだ」


「まっ! 俺と違って領主だからな、お前。準備もなく引退は出来ないか」


 聞きたい事を聞いて満足したのか、エルトルハイム公は朗らかに笑った。

 そして、思い出したくない事でも脳裏に過ったのか、凛々しさの残る顔を苦々しく歪める。


「あー、そうだった。俺も易々と引退出来ないんだった」


 怒ったり、笑ったり、落ち込んだりと忙しい友人に、グリムは「どうした?」と声を掛ける。


「アレクトロフの反対側にある機械国家がめんどくさい」


 一周回って愚痴に戻っただけのようだ。


「『これ私の後継なんですー』『あ、そうなんですか。じゃあ友好条約破棄しますね!』、ふざけんな!」


 さらっととんでもない案件をぶちまけられた。


「分かりやすく言うとだな。俺の御先祖様が機械国家の要人を口説き落としてどうにかこうにか友好条約を結ぶまでに行った、のが問題でな。どうにもあちらさん、アレクトロフじゃなくエルトルハイムと友好関係を結んでる認識なんだよ」


「……それは、困ったな」


「あぁ。困ってる。俺が引退したら友好条約の破棄とか、何それ、意味分かんない」


 頭を抱えて嘆く友人に掛ける言葉が見付からなかった。

 仕方無く、空になっていたエルトルハイム公のワイングラスにとぽとぽと注いだ。


「しかも『新しい貴族』共は機械国家を軽く見てて侮ってやがるし。引退して数年で滅亡とか目覚めが悪いから勘弁してほしい」


「断言か」


「実際に機械国家の技術を見てきた俺が断言する。アレクトロフに勝ち目はない。信仰装具を持ち出しても出来るのは時間稼ぎぐらいだ。人間が使ってる限り、機械国家は休みなく攻撃してくるだろうさ」


「レクト、貴様向こうで何を見た?」


 その質問に、アレクトロフの外交官、エルトルハイムは重く答えた。


「ロボットを見た」


「なんだそれは?」


「燃料が有る限り動き続ける人形。しかもあれは自ら考え、行動し、学習する。知ってるか? そんなロボットが一日で千体も量産出来るんだとよ」


「そんな代物を千体だと!? 不可能だ!」


「それが驚け、出来るんだ。人の手が加わらない全自動でロボットは寸分の狂いもなく造られる。造られていた」


「それは、いや、だが」


「信じられないだろうさ。俺も目を疑った」


「……分かった、信じよう。だがどうして貴様に見せたのだ? こうして漏洩しても良いと?」


「どうせ引退するならうちの国に来いとさ。要は引き抜きだ。ヘッドハンティングだ」


「ベタ惚れではないか」


「相手は男どころか国だけどな。嗚呼! もうさ、全く! 詐欺師で誑しな初代をこれでもかと呪いたい!」


「止めておけ、呪詛返しされるのが落ちだぞ」


「死人から呪詛返しされるとか何それ怖い」


「まぁ、貴様が呪詛返しされてしばらく不幸が連続しようがどうでも良いのだが」


「おいこら」


「機械国家の技術を再現出来ないのか? 今までは重要な製造過程が秘匿されていたものを開示されたのだろう?」


「無理だな」


「また断言か」


「そもそも再現できるなら、こうも全く異なる文明に発展する筈がない」


 アレクトロフの『新しい貴族』が機械国家を侮る最大の理由は、彼の国の住民に魔力が無い事である。

 国が反対側にある関係で、彼の国の文明をよく理解していないのが現状で、頻繁に行き来しているエルトルハイム公以外は危機感が薄い。

 各国との関係を取り持つ外交官エルトルハイムが何代にも渡って関係を維持し続けてきた意味を、アレクトロフは理解していない。

 魔法という力が無いにも関わらず、大国である意味を理解していない。


「言うなれば、魔法文明と科学文明、てところか」


「こちらとあちらで明確に文明が分かれている? 何故だ」


「多分考えても答えは分からないだろうな」


「成る程、降参だ。答えを教えてくれ」


「それじゃ、これなーんだ」


 と言って、エルトルハイム公が懐から取り出したのは掌大の鉱石だった。

 精錬どころか製錬も済んでいない取れ立ての鉱石だが、グリムには一目で分かった。


「さっぱり分からん」


「だろうな。まぁ、つまりはそういうあれだ」


「…………。そういうあれか」


 見覚えがないという事は、アレクトロフで採れる鉱石でも、周辺諸国から輸入している鉱石でもない。反対側の、機械国家の周辺でしか採れない、毛色の違う鉱石。


「あちらの技術を再現するには、あちらでしか採れない鉱石が必須。同時に、こちらの技術を再現するには、こちらの鉱石が必須、か」


「アレクトロフの主なエネルギー源である魔石が向こうでは採れない。線引きされてるんだ。魔力を有する文明と、魔力を持たない文明とで、明確に」


「確かに、これでは発展の仕方が違っても仕方がないな」


「そういう事だ。俺の御先祖様が散々警告したのにサボってるから文明追い抜かれるんだよ。結果、為す術無し! アレクトロフは敗ける」


「頭の痛くなる問題だ」


「全くだ」


 それから程無くして歓待の準備が整った知らせがグリムの元に届いた。

 部屋の移動中に、エルトルハイム公は何気無く切り出した。


「そういや、グリムはどうするんだ?」


「どうする、とは?」


「勇者を支援するか否か。因みに『新しい貴族』は勇者を支援した貴族、ていう肩書き欲しさに全員支援してて金魚の糞になってる。体よく神殿に搾り取られてて飯が旨い」


「支援、する程の事か?」


「魔王を倒すまでとはいえ、旅は何かと入り用だしな」


「『新しい貴族』がこぞって支援しているのなら、俺は辞退しよう。というより、支援に回す資金が無い」


「あー、なんか忙しそうだしな。何してんだ?」


「都市開発。魔物の脅威から防衛する難しさから、上に伸ばすしか無くてな。今は技術者と研究者をかき集めてどう多層にするかの研究をしている。最大の問題は建材だ」


「へぇー。あっ! それなら機械国家から仕入れた知識の中に良いのが有るぞ」


「なんと」


「確か鉄筋コンクリートつってな。こっちにある素材でも作れた筈だ」


「鉄筋、鉄か。鉄の代わりに魔物の素材で代用出来そうか?」


「使うとしたら骨とか角で、数が要るだろうな」


「鉄よりかは安上がりだ」

 作者。

「《不適切な表現》《自主規制》《不快な評価》《個人的な考え》《過ぎた批評》《長い上にそのまま載せたらアカンやつ》!!」


 作者。

「てので、まぁ、こういう文明の分け方をしてみた」

 友人。

「……はい」


 ※ファンタジー作品で科学要素を持ち出す事を不快に感じる方が居る事は理解していますが、個人的なこだわりにより科学要素が組み込まれております。

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