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過去を炉にくべて⑫

 防衛に携わった騎士団の被害状況を確認し、諸々の面倒事を片付けたグリム一行はミリュームへと帰還を果たした。


 屋敷へと戻ったグリムを待っていたのは大量の承認待ち書類と、都市開発計画に関わる有力者達だった。


 都市ミリュームは既に祖先の手によって開発が済んでいる。けれど、住人が増えれば自ずと需要が上がる物で、連鎖的に備えなければならない施設が数多く湧き出ていた。


「やはり上に伸ばすしかないか」


「となると、騒音や生活音の対策ですね。壁を物理的に厚くしては、スペースが狭くなってしまいます」


「それにセキュリティでも懸念が。そうした集合住宅にした際、強盗の類いが発生すると住民に疑いが向きかねません」


「安全面に関しては後に案を募ろう。音に関しては、壁と壁の間に空間を作るのはどうだ? 音とは振動だ。それをどうにか伝わらないよう工夫するしかあるまい」


「そうすると、コストが上がり予算オーバーかと。こちらでも勿論どうにか削減しますが、それでも間に合うかどうか」


「安全対策費用から僅かでも出せませんか? 後に回すなら持て余すだけでしょう」


「全てに備える事は確かに難しい。だからと言って手を抜く気はない。……募金活動でもしてみるか」


「ハハハ! ご冗談を……それは最終手段でお願いしたい」


「ですな。募金活動など、ミリュームネル殿の体裁に関わります。……金を工面出来なかったらしますか」


 その日の会議は大きな課題を抱えてお開きとなった。


 ミリュームは王都に次ぐ広大さを誇る都市である。必然的に開発費用も膨大であり、考えなしに資金を注ぎ込んでしまえば未来はない。金銭が必要になる問題の数は両手足の指では足りないからだ。


 有力者達の居なくなった執務室で、グリムは眉間を揉み解す。老年竜戦の疲労が抜けず、睡魔が耳元で囁いているのだ。


「そんなに気を張らずに眠っても良いのよ? なんなら、私の柔らかな太股を枕にしても構わないわ」


「おのれ睡魔めっ! 何時の間に入り込んだっ?」


「私の場合、睡魔ではなく淫魔、が正しいわね」


「淫魔だと? 貴様はただの色情魔ではないか。万年発情期め」


 王都から尾行されていたのか、グリムの背後には気配を消した謎の少女が佇んでいた。恐らくは会議中も居たのだろう。その顔はにこにこと誇らしげである。


「何時から居たのか、聞きたそうな顔ね」


「気にはなるが、そんな事どうでも良い」


 パンパン、と乾いた音が部屋の外まで響いた。合図を受けて、グリムが最も信頼を置いている執事がやって来る。


 背筋の伸びた初老の執事は、謎の少女の姿を見ると僅かに目を見張り、誇りに傷が付いたのか唇の端をひきつらせた。彼は密かに、屋敷の警備を強化する事を決意する。


「如何なさいました?」


「この女に部屋をくれてやれ。付き纏われて敵わん」


「追い出せ、ではなく迎え入れるのでございますか」


「目の届かない場所で問題を起こされても面倒だろう。無論、屋敷に置くからには働いてもらうが」


「成る程、メイドプレイね。あぁ! いけません旦那様ぁ!」


「……頭の痛くなる女だが、問題の種を放置する訳にもいくまい」


「ですな」


 独り妄想を爆発させてハッスルしている謎の少女を使用人に連行させ、一先ずの騒ぎは落ち着いた。


「どうするおつもりで?」


「さてな。茶の一杯でも出させようものなら、何か良からぬ物を盛られそうだ。しばらくは雑用をさせてやれ」


「グリム様、誤魔化さずに」


「……」


 物心付いた時から屋敷に仕えていた初老の執事。ある意味グリムを知り尽くしているような男に、隠し事は無駄らしい。


 諦めて、胸の内を一部吐露する事にした。


「あの女は何故か此方の心を試したがる傾向にある。二人を送ってから、どうにも素の自分が顔を出す事が多くてな。油断していると、うっかり公の場でもやらかしそうだ」


「……あの少女を自身の戒めとするおつもりで?」


「そのつもりだ」


 今この瞬間も、背筋を曲げて執務机に額を押し付けたいグリムである。執事の手前、気力を総動員して威厳を保とうとしていた。


「はぁ。グリム様。あなた様が初代様を理想とし、その生き様を模倣して生きる分には構わないのです。けれど、私には一つ、懸念がございます」


「言ってみろ」


「グリム様が、自身の理想ではなく他者の理想に応える事でございます。グリム様。あなた様は今、自身の思う理想で在るなら、なんの心配もございません。しかし、もしもその姿が他者の理想に応えた結果ならば、この私、考えがございます」


「……」


 一度、執事の言葉をじっくりと咀嚼し、脳に染み渡らせてから自身を振り返る。


 グリムは執事の目を真っ直ぐに見た。


「俺の理想だ。誰が入る余地のない、理想の自分だ。問題ないな」


「それなら結構。他者の理想に振り回されて生きるなど、苛酷な生き方をしていないのであればなんの心配もございません。安心いたしました」


「疑問なんだが、他者の理想に合わせて生きる事はそんなに苛酷か?」


「苛酷でございます。辛く、苦しく、そして息苦しい日々を送る事でしょう。他者の理想に応えねばと、重圧を感じ、心が磨り減り、最後には破綻してしまいます。そんなった方々を、私は見ております。グリム様の父君も、軽度ですが磨耗し、倒れてしまったではございませぬか」


「……」


「どうか、自分に芯を持つよう、お願い致します。私は、壊れたあなた様を見たくのうございますから」


 そう締め括り、執事は執務室を辞して行った。


 見た目通りの年齢ではない彼の言葉は重く、懇願に溢れていた。


 他者の理想に応える。その生き方をした者達は破滅を迎えたらしい。


 けれど、それは貴族であるからだ。


 貴族は理想の自分を見いだし、そこへ近付く為に努力する。途中で挫折し、他者の理想に逃げる者も当然居た筈だ。その者達が全て破綻したとは思えない。


 例外は、常につきものである。


 平民から、貴族はこうあるべきだと理想を押し付けられようと、大半の貴族は撥ね飛ばすだろう。だが、撥ね飛ばせず、応えてしまう者も居た筈だ。


 理想を誰かに押し付ける、それは貴族の生き方ではない。


 貴族とは、常に押し付けられる側で在るべきなのだから。


 ゆっくりと一息吐き、グリムは気分を切り換えるように指の骨をパキポキと鳴らす。


 まだまだ、領主が確認すべき書類は束とあった。


















 嶮峻な山を住み処とする竜の群れは、驚愕と激震に包まれている。


 力無く横たわる老年竜の巨体。その目に光は無く、完全に事切れていた。


 そんな老年竜の眼前で、代々の勇者が使用してきた聖剣を鞘に収める少年が独り。


 戦いを見守っていた二人の聖女は、安全圏から勇者の元へと駆け寄った。


「流石勇者様! 老年竜なんて相手にもならなかったね」


 目の覚めるような赤い髪を揺らし、剣の聖女が興奮気味に勇者に飛び付く。身長差のある二人である為、必然的に勇者の頭は剣の聖女の胸に埋もれる事となった。


「むぅーーっ! フィオレ、苦しい!」


 吹き飛ばさない様に気を付けながら、勇者はフィオレの体を押し退ける。


「全く、良い女性は妄りに抱き着いたりしないものだよ」


「わたしは抱き着きたい!」


「はいはい、帰ったら良いよ。それまでがーまーん」


 不満そうに唇を尖らせるフィオレを置いておき、勇者は術の聖女の頭へと手を乗せた。そのまま薄青の髪を撫でると、術の聖女の甘えるように頭を押し付けてくる。


「スンは怖くなかったかい?」


「はいっ。勇者様が守ってくれるんですから、何も怖くありません」


「もっと頼ってくれて良いよ。なんたって、僕は勇者なんだから」


「あはは! 勇者様は今のままでも良いよ。だって、今の貴方が私達の理想の勇者様なんだから!」


 竜の畏怖の念に囲まれながら、彼と彼女達は笑い合う。ここが死の山と恐れられている事なんて嘘のように、朗らかに笑っている。


 温かに笑う。


 柔らかに笑う。


 おおらかに、笑う。


 胸の内で、臓物をぶちまける様な苦痛を抱えながら、笑う。


 そう望まれたから。笑顔以外を望まれないから。


 理想に応える為に、笑い続けた。

 作者

「おら喜べ、念願のNTRだぞ」

 友人

「思ってたんとちがーう」

 作者

「すまねぇ、俺にはテンプレ通りの展開は書けなかった。この指が拒絶したんだ」

 友人

「あー、説得力の無い展開嫌いだもんな作者」

 作者

「因みに、謎の戦闘回を挟んだ関係で脳内プロットを大幅に修正しております。勇者の苦しみとか、こんなさっさと書くつもりなかったもの」

 友人

「一応聞くけど、他には何が変わったんだ?」

 作者

「謎の少女の存在。初期の予定だと、他の貴族に押し付けられる形で保護する。なんで物乞いしてんのこいつ? アンドロウスとか誰だよ」

 友人

「思ってたよりも変わってたっ」

 作者

「初期のプロットだと、勇者にヘイト集めるつもりだった。んで、ネタバラし回で度肝抜いてやろうと思ってたんだけど、予定を変えて神様視点なり。各自の事情を把握してすれ違いを楽しむが良い。考察する楽しみを減らしてすまんね」

 友人

「大丈夫、俺の読解力じゃ考察とか無理だから。ところでさ、アンドロウスって占いの奴だよな? んで色欲とか傲慢とかのあれって、傲慢枠シスターでいいの? 傲慢って感じじゃないんだけど」

 作者

「そこを聞くかい。というか、勇者の戦闘力に触れないね君」

 友人

「聞いていいの?」

 作者

「ダメだけど?」

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