過去を炉にくべて⑨
早く炉にくべないかなー。
占い結果が変わろうとも、グリムの予定は変わらない。
王都にある支店を視察するついでに、色欲と傲慢に当たる人物の捜索。なのだが、彼の本題は前者である。
「今まで発注していた鉱石の物価が数%高くなりまして、それに伴い関税も高く」
「ライバル店が向かいに出来まして、客を取られてしまい」
「この間『異世界ヒャッホォーイ!』とはしゃぐガキに用心棒がやられちまいまして」
「ドラゴン肉の特売が有ったのでまとめ買いしたのですが、グリム様持って帰りません?」
鍛冶屋、飲食店、夜の店にご近所付き合い。
王都での目と耳である支店だが、きちんと店としても機能させている。従業員の殆どはオーナーがグリムであると知らず、強面店主がオーナーだと思い込んでいた。彼がたまにしか顔を出さないのが悪い。
仕事中毒者であるグリムは涎を垂らさんばかりの勢いで事の解決に取り掛かる。とはいえ、時間もないので方針と対処方法を模索する程度だ。
一先ずの改善策と嫌がらせ、そして報復と脇にドラゴン肉。
結局その日も色欲と傲慢らしい人物は見付からず、グリムはほくほく顔で真紅の竜亭へと戻った。
彼の顔を見た従者達は、グリムが何をして来たのかを察してほっこりしている。彼等彼女等も王都を堪能出来て満足していた。
ドラゴンステーキは大人気だった。
「充実した一日だったみたいね」
部屋に入ったグリムは悲鳴をあげそうになった。きゃー、色情魔ー。
「何故居る?」
この際何処から入ったとかどうやって見付けたとかは訊かない。絶対疲れる。
ちらりと壁に立て掛けている剣に視線をやると、謎の少女も釣られて剣を見た。
瞬間、グリムは扉を閉めて鍵を掛け、カーテンを閉めて外からの覗き見を防止する。更には防音の結界を張り、完璧。
謎の少女を捕らえて追い返す選択肢は無い。結果は見えている。
「あら? 押し倒されるかと期待して色々準備してたのに、残念」
と、楽し気に宣いながら、謎の少女は寝具周辺に仕掛けられていた魔法の罠を次々に解除する。ほらやっぱり。
しかも、グリムが気付けない程の隠蔽を施している始末。
魔力を扱う技量は謎の少女の方が高いという証明。
謎の敗北感がグリムを襲う。
「繰り返す、何故居る?」
納得行かない敗北感。取り敢えず、屋敷に戻ってからは最近やってなかった魔力制御の特訓をしようと心に決める。
貴族という生き物は、向上心と負けず嫌いの塊なのだ。
「ふふ。私、一度決めた獲物は食べるまで追い掛けるの。世界の果てから宇宙の果てまで何処までも」
「尻の軽い女かと思えば予想以上に重い女だった……!」
「ふっ。私は傾国の王女。狙った獲物は逃がさない!」
謎のポーズを決める謎の少女。謎が謎を呼び、謎過ぎる混沌とした最中、グリムは落ち着いて椅子に腰を落ち着ける。
袋に包まれた干し肉を取り出し、長期戦の構えである。
調味料と香辛料で味の整った干し肉をかじっていると、ふと疑問が湧いた。
「そういえば、食事は摂ったのか?」
「ドラゴンステーキ、美味しゅうございました」
「ちゃっかり混ざっていたのか」
「料理の腕は良いのにどうして人気がないのか、不思議ね」
「王都の宿屋にしてはサービスが悪い。これなら同じ値段でも他所に行った方がマシなのだそうだ。実際に来た客にアンケートを取ったから間違いない。基本、王都に来る様な者達は旅人でもない限り硬いベッドには慣れていない。主に寝具の問題を改善すれば、今よりは客も入るだろう」
「分かりやすい問題点ね。野宿慣れしている私には丁度良いのに、贅沢な事」
「なので、人気が無い事を良い事に、俺の様な貴族が御忍びで来るには好都合なのだ。よって、運営音痴な店主は勘違いして現状を維持する。有り難い事だが。挨拶回りとか、時間を食うだけだ。それなら仕事をする」
「わぁお。お手本の様なワーカーホリック」
「だから出て行け」
「だからに続く文脈は何処にあるのかしら?」
「心の中にある」
「見えも聞こえもしないわね」
「またシスターのところで厄介に為れば良いだろう。何故来た」
「神父様を誘惑したら追い出されちゃった」
可愛らしく茶目っ気たっぷりに艶のある舌を出して見せる謎の少女。グリムの額にビキリと青筋が浮かんだ。
「分かった。貴様に必要なのは宿でも飯でもない。説教だ! そこに直れ!」
「尋問プレイね。燃えて来たわ」
グリムの説教は何故に性をオープンにしているのかから始まり、言い回しを変えて安易に身を売らない事へと至る。
同じ内容を数時間に渡って展開したというのに、一度として同じ言い回しはない。
説教の師匠はフィオレ母である。
フィオレ母曰く、内容を途中で変えると子供は何を怒られているのか分からなくなる。故に言い回しを変えて事の重要性を説かねばならない。らしい。
実際、下手な説教は相手を混乱させるだけで、反省を促せないので言い回しを変える方法は有効だ。
説教は相手の為の怒りであって、個人の怒りでは行けない。
既にお説教をする事に生き甲斐を感じている人物の言葉は重い。
隙あらばお説教、それがフィオレ母。
隙が無くてもお説教、それもフィオレ母。
グリムの説教は朝方まで続いた。
「貴方の鬼畜さに惚れたわ。結婚しましょ!」
「こいつ、何も分かっていない……!」
結果は謎の少女のターゲットがグリムのみに絞られただけに終わった。
脚の痺れに終始艶かしい声をあげているかと思えば、そんな事を考えていたのかとグリムは頭を抱えた。
「夫は自分で捕まえるのが家の家訓よ」
「傍迷惑な家訓だ」
「ふふふ。私は傾国の王女にして駄目男製造機! 貴方にバブみを感じさせてあげるわ!」
十時間振りの謎のポーズと謎の決め台詞をキシャーンと決める謎の少女。最早謎だらけで意味が分からない。
「ところで」
「なんだ?」
もう色々と面倒になり、取り敢えず仮眠を取ろうと毛布をひっぺがすグリム。壁に凭れて寝に入ろうとしていた。
「王都東側にドラゴンらしい反応が百程あるのだけど、放っておいて良いのかしら?」
「…………」
安息が欲しい。
グリムは心の底から女神に願ったが、どうやら却下されたようだ。
ドラゴンの咆哮が窓ガラスをビリビリ振動させている。距離が縮まれば何時かは割れるだろう。それも王都中のガラスが。
これをチャンスと見た駄目男製造機が、うだうだモードに入ったグリムを包み込んだ。
「えぇ、えぇ。他の人に任せてしまいましょ。ここは王都ですもの。貴方が無理に出る必要はないわ。それに召喚された勇者がまだ滞在しているのだし、勇者だけではなく聖女も居るのだから、放っておきましょう」
脳に染み渡る様な甘言が囁かれる。
実際、王都の戦力だけでドラゴンの群れを追い返す事は可能だろう。被害をゼロにする事は不可能だろうが、それでも対ドラゴンの戦闘経験を積める貴重な機会を、自分が奪って良いのだろうか。
疑問を免罪符に、彼の体が地中深くまで根が張る大木の様に動かなくなる。
謎の少女が言うように、必ずしもグリムが出る必要はないのだ。
けれど、彼は貴族である。
「知った事か」
グリムは立ち上がる。足取り軽く、扉に手を掛けた。
「貴族の責務を、ミリュームネルを背負うと決めたのは他の誰でもない。この俺だ。ならば、動かないという選択肢は無い」
鍵を開け、扉を開け放つ。
そこには甲冑に身を包み、武器を装備した従者達が居る。先程の咆哮を聴いて、主の出陣を待っていたのだ。
「行くぞ。躾のなっていない蜥蜴を調教してやろう」
彼の言葉を聞いた少女が、指を加えて物欲しそうにしていたがグリムは無視した。
作者
「友人の要望に応えての戦闘回パートtwo。次のお相手はドラゴンさんです。何かとチート物では不遇のドラゴンさん。そんなドラゴンさんにドラゴンさせたいとこの作者、常々願っております」
友人
「急展開過ぎ、ないか」
作者
「本当はエドガー視点でドラゴンさん出す予定だったんだけど、謎のラブロマンスで潰れた。次回かその次ぐらいで聖女達の力が突然強くなった説明を入れたい」
友人
「ヒロインが色物過ぎんよ」
作者
「そういう人種だから。それと、主人公くんがヒロインちゃんの好みにドストライクなのが行けない」
友人
「大罪設定ってさ、グリム繋がりなん?」
作者
「大罪というよりも3つの対神徳かね? 博愛、希望、信仰よ。贅沢セットを主人公くんにドンしてる。他はー、ついで?」
友人
「ついで!?」
作者
「別に大罪と美徳を対にしてる訳でもなし。あ、でもちょっと無意識に対にしちゃってる感あるな」
友人
「無意識に!?」
作者
「実際、何気無い描写が後々の伏線として成立してる事が多々あるから怖い。何故繋がるし」
友人
「途中、ナチュラルに転生者居なかった?」
作者
「出落ち担当です」
友人
「出落ち!?」
作者
「ピチュン担当です」
友人
「なに? なんかあったの?」
作者
「油断して転生者へのヘイトが高まったので、ピチュンしてやろうかと」
友人
「気に入らない設定を読んだか、作者」
作者
「俺のゴーストが囁いている。転生者はピチュンすべしと囁いている」




