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過去を炉にくべて⑧

 みー?

《グリムニール。聞こえますか? グリムニール。今、貴方の心に直接》


「ふん!」


 部屋に運ばれた朝食をもぐもぐしている最中、アンドロウスから押し付けられた羽根が独りでに喋り始めたので床へと叩き付ける。更に靴の裏でぐりぐりと踏みにじった。


「なんだアンドロウス。そんなに女神の特徴が気になるのか?」


《言うなつってんだろが! 全く、こうして遠隔通話する為に羽根を残したというのに、気遣いし甲斐のない人ですね》


「……あのなアンドロウス。突然前振りもなく羽根が話し始めるとか、正直言うと物凄く気持ち悪い」


《あんだとぅ!?》


 取り敢えず、ギャーギャー喧しい羽根を部屋の隅に設置された物置箱に放り込み、ゆったりと朝食を摂る。


 最後にコーヒーで締め、窓から外を眺めた。


 本日は晴天なり。


《おいごらぁ! グリムニールぅ!! 出せ! こっから占いでサポートしてやろうって気遣いが分からねぇのか!?》


「しーんこーうけーん」


《凍らせる気か!? こんな事で信仰装具が来るわけ》


「あ、来た」


《喚べちゃうんだ!? 信仰装具喚べちゃうんだ!? お前のとこの初代、悪ふざけ絶対好きだろ!? 調停者のくせにはっちゃける人だろ絶対!》


「還った」


《これだけの為に!? 俺の反応聞いて満足したパティーンですかそうですかふざけんな!!》


「忙しい奴だな。もっと心にゆとりを持つといい」


《黙れこのワーカーホリック!》


 ギャースカギャースカ売り言葉に買い言葉。一頻り罵り合い、満足したところで羽根を物置箱から取り出した。


「それで、占い結果は出たのか?」


《あぁ。今読み取るから待て、毎回結果の意訳が難しくてな》


 アンドロウスの占いは水晶ではなくタロットカードである。水晶を使っていた時期もあったが、分かり難いから止めたらしい。なんでも、キーとなる存在だけを写して、それをどうすればいいのかは出ないとのこと。助ければ良いのか排除すれば良いのか分からず、悲劇を回避できなかった例が多々あったとはアンドロウスの言だ。


 それなら、抽象的であろうともタロットカードを使った方が救える確率が高い。というのが理由である。


 暴虐剣・ベルセルク。


 信仰装具とは人々の念である。貴族の持つ信仰装具は代々続く血族の思念の集まりだ。


 畏怖、尊敬、敬愛、親愛、憧憬。

 それ等の念は一種の信仰である。


 アンドロウスの様に、一代で信仰装具を発現させる存在は世界各地に当然居て、異名通りの活動を行っている。


 つまり、アンドロウスは、暴虐の君(ベルセルク)と呼ばれるだけの事をしていた。


 信仰装具は、歴史であり、信仰であり、人の業だ。


 貴族にとって、信仰装具を手にする事は名誉だが、それ以外の人達にとって、信仰装具とは呪いだろう。


 自分に向けられる人々の念が、具体的な形となって具現化するのだから。


「……アンドロウス」


《なんですか?》


「……いや、忘れろ。下らぬ同情だ」


《はっ! 同情なんて今更だろ》


「だから忘れろと言った」


《そうかい》


「そうだ」


 大事な人達と別れて、心が弱くなっているのだろう。


 アンドロウスとの付き合いは長いというのに、今更な同情が湧くとは情けない。無意味な同情は貴族らしくないし、彼に失礼だ。


 コーヒーを飲んでゆったり過ごしていると、羽根からアンドロウスの困惑に満ちた声が聞こえてくる。


《なんだ、これ? なんでこんな。どうしてだ!?》


「どうした?」


《分からねぇよ!! 昨日までの結果と全く違うんだ! 他にも幾つも占ったけど、全部一緒なんておかしい!》


 解釈に時間を掛けているかと思えば、タロットカードの他にも占いを行っていたようだ。どうりで遅い。


「破滅の道だったか? 違うのなら良いではないか」


《こんなのじゃなかったらなッ!》


 焦燥感に駆られているのか、アンドロウスは声を荒げて占い結果を報告してきた。


《全てが終わったその先に、決して越えられない試練が待っている。彼の者はそれまでの旅路で身を削りすぎてしまっている。彼の者を照らす五つの光はか細く消え果て、小さな蝋が頼り無く揺れる。彼の者の世界は闇へ閉ざされ、永遠に光を見る事は無いであろう》


「……色欲と傲慢は何処行った?」


《知らねぇよ! 結果がこんなに激変するのは初めての事だ。今までは僅かに変わるだけで、こうは為らなかった!》


「彼の者は闇へ閉ざされ光を見ない、か。成る程、俺は死ぬのか」


 飲み干したカップの底を見詰めながら呟く。


 せめて子供を残してから死を迎えたいと、グリムは深刻に受け止めない。貴族として活動しているからには、暗殺の危険が常に伴っている。簡単に殺される気はないが、子孫を残してからはどうでも良かった。


 自分の命よりも、まずミリュームネルを絶やさない事が絶対である。


 早いところ、跡継ぎを作らなければならないようだ。


「問題は、何を以てして終わりとするかだ」


《それと、決して越えられない試練ですが、後に続いた身を削りすぎている。つまり、貴方が身を削るような事をしなければ突破は可能となるはず》


「その試練よりも前に身を削らなければならない出来事が待ち構えているのだろう。信孝剣を手にして事に当たり、その上で削るのならば、世界規模の危険が未来にはある、と読める」


《なら、戦力を整えなければなりません。グリムニール、今しばらくは大丈夫でしょうが、気を付けて下さい。身近で何か大きな事が起こっても、決してその身を投げ出すような決断はしないように》


「投げ出す以外の選択肢があればな」


 そう告げて、純白の羽根を握り潰し、窓から放り捨て魔法を放った。散った羽根は風に巻き上げられ、空へと消える。


 前髪を風に遊ばせながら、道行く人々を眺める。


 長い長い年月を掛けて、ここまで大きくなったアレクトロフ王国。


 人々を護るのが王の務めならば、国を護るのが貴族の務めである。


 彼等彼女等の未来を、闇で閉ざしては行けない。


 人が在っての国家であり、君主が居ての王国である。


 いずれ訪れるかもしれない世界規模での脅威を想像し、グリムは青空を見上げる。


「調停者ミリュームネル。あんたならどうする?」


 答える声はない。返答を聞くまでもない。彼の心は決まっている。


 グリムの手に信孝剣在る限り、彼がグリムニールを名乗る事は無い。


 これまでも、そしてこれからも。


 彼がグリムニールと名乗る事は一度として無かった。

 友人

「つまりはどういう事だってばよ!」

 作者

「色々終わった後も冒頭の話が続くんだぜ、って事だよ」

 友人

「え? なに? 主人公死亡ENDなのこれ? 本気で言ってんの?」

 作者

「結構前にさ、なんちゃら剣グリムニールが出るんじゃね? って言ってさ、出るって答えたじゃん。覚えてない?」

 友人

「後書き様の録音で変な伏線張るんじゃないやい!」

 作者

「友人が勝手にエスパーしただけなんだよなー」

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