過去を炉にくべて⑥
みー。
雑踏のある通りでは駄目だとグリムは屋根へと跳び上がる。謎の少女も木箱に収まったまま昇ってきた。
建物の下では民衆が興味津々に二人を見上げている。あのまま通りで逃げるには彼等彼女等が邪魔だった。グリムは貴族であるし、少女は意味不明である。どうしても注目を浴びるし、道を空けられてしまう。雑踏に紛れる手は使えない。
「どうして逃げるのかしら?」
「関わりたくないからだ」
屋根から屋根へと跳躍する。
魔法で身体能力を高めているグリムにとっては朝飯前だ。木箱ごと浮遊している謎の少女も然り。
二人の逃走劇はまだまだ続く。早く終わらせたい。眠たいし腹も減っている。なんだかもう色々と嫌になってきていた。
「どうしたら見逃してくれる?」
「貴方と合体したい」
「会話のキャッチボールぐらいはして欲しいのだが。そして比喩表現の大切さを学べ」
「私の投げるボールは豪速球よ? お相手ごと吹き飛ばす豪速球よ」
「分かった。言い方を変えよう。キャッチボールを成立させる努力をしろ。話はそれからだ」
「つれないわね。でも素敵、食べちゃいたい」
「出来れば遠慮して貰おう。餓えているのなら紹介出来るが、それで手を打てないか?」
「やぁね。獲物は自分で捕る主義なの。そんなの無粋だわ」
「今獲物と言ったか?」
「言ってない」
「確かに獲物と」
「言ってないわ。英雄色を好むと言うのだから、据え膳食わぬは男の恥じゃないかしら?」
「済まないが、俺は英雄ではないのでな」
腹は減っているが、と口の中で呟く。声に出したらあらぬ方向に繋げられ会話を打ち切ってしまいそうだ。
「というか、真っ先に体を差し出すとかちょっとどうかと思う」
「お気にめさない?」
「めしません」
「ならこうしましょう。私には呪いが掛かっていて、一日に一度は交わらないと生きていけないという呪いよ。どうかしら?」
「なんとも安い呪いだな。何処で投げ売りされていた。セールでもしていたのか?」
「特価100エグゼよ」
「子供の小遣いではないか!」
「子供はみんな淫乱よ」
「そんな世の中くそ食らえだ。世直ししてやるから悪役を出せ。そしてなんの話だ!」
話している内に訳の分からない方向へ進んでいた。内容も道も、行き着く果ては何処なのだろう。
取り敢えず、空に浮かぶ星から方角を読み、進行方向を修正する。
空に浮かぶ、星……?
気付けば、大空はすっかり藍色に染まり、月と星星が輝いていた。とうに夕食の時間は過ぎていて、見事に食いっぱぐれてしまっている。
見覚えのある建築物が建ち並び、何時の間にやら南区である。
「…………」
なんだかもう、やさぐれた気分である。
注意が散漫となっていたのだろう。周囲を見渡していて足元の確認を疎かにしていた。
「あ……」
結果、グリムは見事に屋根を踏み外して路地へと真っ逆さま。流石に頭からはまずいと、必死で手足を振って身を捩り、背中から舗装された煉瓦道へとダイブする。
鈍い音と煉瓦が割れる音と共に、「きゃっ!」という女性の悲鳴が響く。叩き付けられた衝撃で肺から空気が押し出され、グリムは涙目で必死に呼吸を繰り返した。
「……あの、お貴族様、大丈夫、ですか?」
買い物帰りなのか、パンやら果物やらが紙袋一杯に詰められており、重そうに抱えながら女性は恐る恐る声を掛ける。
頭巾に髪を収めていて、くるぶし丈の修道服に身を包んだシスター。彼女は空から突然降ってきたグリムを警戒しつつも、貴族の証であるマントを見ては無視できないと諦めた模様。
無視して嫌がらせされるよりはずっと良い。
対して、声を掛けられたグリムはビクリとシスターに気付かれない程度に身を震わせた。
情けない姿を見られた事実は、ささくれだった心にクリティカルヒット。
彼は今日という日を呪った。
所謂、厄日。こんちくしょう。
「……シスター」
「は、はい!」
「お腹が空いたよシスター」
「え、えー……」
空腹は最大の敵だ。
脳にエネルギーが回らなくなった結果、グリムは自分自身でも何を言っているのか分からない事を口走っている。
グリムニールは、混乱している……!
作者
「ハイファンタジーのランキングに勇者パーティー云々が乱立してて草生えそう」
友人
「カタルシスが分かりやすいからじゃん? 追い出されるとか復讐とかって」
作者
「あー……。最強という言葉について」
友人
「どした? 目が据わってるぞ」
作者
「ワゴンセールで買ったんじゃないかって程使われている○○最強。最強である必要性について。あれを見る度に、作者さんは思うのです。『最高』じゃダメなの? と」
友人
「人によりけり拘りよりけりじゃん?」
作者
「余りにも最強という言葉が多くて、作者さんの心は荒んでおるのです」
友人
「取り敢えずミルクティーを飲んで落ち着けい」




