過去を炉にくべて⑤
路地から出たグリムは、麗らかな日差しを体全部を使って受け入れ、適当なベンチに腰を下ろしていた。何処と無く悄然と下がった肩に、らしくなく腰を曲げて頭を抱えている。道行く人の視線と囁かれる言葉を耳にしては背筋を伸ばすが、それも次第に前のめりへとなっていった。
生粋のワーカーホリック・グリムニール。仕事漬けの日々を謳歌していた彼の意識は、無駄に浪費した数時間という貴重な時間で何を何処まで出来たかを繰り返し繰り返しシミュレートしては、落ち込むをひたすらにループさせている。
「嗚呼、今こうして落ち込んでいる時間すら惜しいというのに、持って来た仕事は馬車の中で終わらせてしまったどうしよう」
時折、精神的にマイナス面に突入するとグリムは自分でも驚くほど弱音を吐く。それは二日間椅子から立ち上がれない日々であったり、一週間の睡眠時間の平均が二時間に満たない時であったり。病む事なく元気に走り回れる理由の一端は、このネガティブモードにあるだろう。彼はこうして日々のストレスを吐き出しているのだ。
「……串焼きと果実水でも買うか」
と、気分転換の為に立ち上がり、通りをふらふらと覚束無い足取りで、けれど常人には問題なく真っ直ぐに歩いている歩調で繁華街へと足を向ける。歩きながら懐を探ると、彼は顔を強張らせてから道の脇へ身を寄せた。
「財布、馬車の中だぁー。あぁー、あぁー」
両手で顔を覆いメソメソした。毎度の事ながら、見栄で体裁を気取った後は何かと不運に見舞われる。主に何かを忘れる。今回は財布だった。
「うぅ。なんかもうやだ。ふて寝しよう」
けれど宿は南区の真紅の竜亭。王都は無駄に広大で、乗り合い馬車を利用せず徒歩で行くと現在地から大体二キロ。歩いて行けない距離ではないが、グリムの気分は重い。
出そうになった溜め息を無理矢理飲み下して喉を痛め、屋台で売られている果実水に切なく恋しい視線をちらり。唾を飲んで渇きを誤魔化し、彼は行動を開始する。
たかだか二キロがなんだ。頑張れば三時間以内には辿り着けるじゃないか、踏ん張れ自分。
「…………」
伯爵家に生まれ過労で倒れた父の代わりに領地を運営し、国益の為に幾つもの貢献を重ねてきた。信孝剣・ミリュームネルに選ばれ心が踊り歓喜に満たされ、充実した日々を邁進してきたが、なんだが今日、酷く惨めな気分である。
頭を緩く振って冷静な自分を追い出す。冷静になっては行けない。現状を正しく把握したら挫けてしまう。現実逃避を止めてはいけない。とにもかくにも行動するのだ。
そう自分を奮い立たせながら、段々藍色に染まっていく空を見上げ、切なく瞳を潤ませた。グリムの腹が空腹を訴えてぐぅと鳴る。
夕飯までには宿に着きたい、切実に。
フィオレとスンを預けるまで気丈に保っていた精神がポロポロと崩れるのを感じていると、弱った心に染み込むような声音がグリムの耳朶に響いた。
「もし、もし? そこの御仁、少し宜しいかしら?」
歩みを止めて道の端へ視線を巡らせると、なんか居た。
木箱を切断して作ったのか、毛布を敷いて柔らかさを確保しながら不思議な少女が三角座りして4分の1にされた木箱にちょこんと収まっていた。衣服の袖や裾は少し擦り切れていて、長く着古しているのだと窺える。長さが不揃いの髪は肩に触れるか触れないかの程度、そして元の色は朱色であろうが、光の加減で青から赤へと色彩を変える不思議な頭髪であった。
星屑を散りばめた様な瞳はにこやかに細められており、神秘的でありながら男を惑わす色香を伴っている。
そして、首から下げられた木の板には『拾ってください』の文字。
全力で関わりたくない。
「良ければ一晩の宿を貸してくださらない? 代金はわたしのか・ら――ああっ!? まだ最後まで言ってないのに!」
グリムは脱兎の如く逃げ出した。
彼の磨き上げられた勘が警鐘を鳴らしている。躊躇なく体を差し出すとかちょっと遠慮したいとかそんな事は関係なく、関わったら絶対面倒臭いという危機感がグリムの体を突き動かした。
疾駆しながら背後をちらりと見やると、木箱に収まったまま少女はすぃーっと追い掛けて来ていた。その目は楽しげに細められている。獲物を追い詰める捕食者の様な笑みだった。
言い様のない恐怖に身震いし、悪寒を振り払うように腕を振る。絶叫しながら逃げたいが、そんなのは貴族じゃない。貴族云々どころではないが、人の目がある限りグリムは体裁を保たなければならない。なお、全力疾走はギリギリセーフだ。
友人
「がっつり書くのでは?」
作者
「パソコンが強制シャットダウンされて、データ全損した。落ちる前に起こしてたフリーソフトに直撃したみたいでさ、それ以外のデータは無事なんだけど、フリーソフトで書いた作品が漏れ無く吹っ飛んでちょっとやばい。落ち込む」
友人
「え? なんか前、設定だけで八万行ったやべーとか言ってなかった? それも?」
作者
「それも。んでさ、息抜きに作品を投下したのだが、あんなもんよなPV。この作品が何故か異常なだけで」
友人
「軽いなー。そういや言ってたね。PVの伸びがおかしいみたいなこと。流行りの効果じゃね?」
作者
「どんだけみんな屑勇者好きなのよ。最後まで書いて怒られないかな、これ?」
友人
「知らんよ」




