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過去を炉にくべて。

 急展開注意。

 最新式な馬車なだけあり、街道を進む車輪の揺れが中に伝わる事はなく、快適な旅を送れていた。機械技術が発達している国がアレクトロフの反対側にあり、技術が流れてくるには時間が掛かるが、こうしたちょっとした発明はいいものである。


「スプリング、だったか」


 確か衝撃を緩和させるという緩衝機構、という話だったはず。馬車を売り付けてきた商人の文句をうろ覚えながらもなんとか思い出し、これはいいものだと独りごつ。


 技術提供をしてくれている彼の国とアレクトロフは友好関係にある。機械技術の脅威に逸早く気付いた何代か前のエルトルハイム公が使者として赴き、なんとか協力関係に漕ぎ着けたのだとか。


 当時のエルトルハイム公はこう言っていたらしい。


「彼の国の王は思慮深き方ではあるが、注意せよ。遠い未来、彼の国は反対側に位置するこの国にまで届く大砲を造り出すだろう」


 今のところ、彼の国に他国に侵攻する意思はなく、こうして流れても問題のない技術を各国に提供している。当然、対抗策は幾つも講じてあるが、それがどれ程期待できるものなのかは不明だ。


 緩やかに移ろう草原の風景を目に、グリムの意識は対面に座する二人へ向かう。


 フィオレとスンは膝に置かれた自身の手に視線を落としたまま、微動だにしていない。まるで、動くことを恐怖しているかの様に。


 実際、今日に至るまで、件の事件から僅か数日の内にミリュームネルが被った被害は多岐に渡る。そうした事情から、屋敷に勤めていた使用人の数割りがミリュームネル家を後にしていった。


 彼等彼女等を責める気はない。気持ちは理解できる。


 何時暴発するかも分からない爆弾が近くにあるのでは、日々のストレスは計り知れない。


 結果として、二人の聖女の心に暗い陰を落としてしまった。


 声を投げると、二人はビクリと肩を竦めた。


「フィオレ、スン、返事はしなくていい、そのまま聞け。これは二人にとって、いい機会なのだ。存分にミリュームネルの外を知る事が出来るのだから、な。だから、不定期でいい、強制はしない、手紙を書いてはくれないか。その日の出来事に対する寸感や、楽しいこと嬉しいこと、嫌なことでもいい。恐らく、二人は勇者と共に旅をするだろうから、こちらから手紙を送る事はないだろうが、それでも、書いて欲しい」


 果たして、グリムの寂しさから来る懇願は届いただろうか。


 二人は依然として、俯いたままである。


 それきり、グリムが言葉を投げる事はなかった。


 彼女達の欲しかった言葉を、グリムが口にする事はなかった。


















 馬車に積んである荷物の中から寝袋を引っ張り出し、野営の準備を済ませたグリムは不穏な気配を感じて夜空を見上げていた。


 焚き火を囲むようにして三台の馬車を配置し、馬の世話を終えた従者達が白魚のスープを飲んで休んでいる。


 グリムは今回従えてきた従者達の代表者に少し歩く旨を伝えて、野営地から距離を取る。この時、野営地近辺に結界を張る事も忘れない。


 何時もなら護衛を数人連れるのだが、彼等には別件で動いて貰っており不在である。貴族自らが前に出る事は流儀に反するが、そうも言ってられない。不穏な気配は確実にグリムを追って来ていた。


 馬車は最新式だが、今現在の彼の姿は旅人然としている。貴族の服では動きづらく、旅には向かないからだ。寧ろ遠出の時まで堅苦しい格好をしている貴族が居るなら間違いなく偽物である。


「……信仰の気を感じる。貴様等、神殿の者だな」


 平原に生える低木の影から滲み出るようにして、夜の景色には相応しくない純白の服装で数人、現れる。皆が一応に顔のない仮面を付け、その存在を稀薄にさせていた。


 素直に姿を現したという事は、質問に応じる気はある筈だが、彼等の敵意は依然として消えない。


「聖女様方を御迎えに上がりました。グリムニール殿」


 数人の内、誰が声を発したかは判然としない。何故なら全員が同じタイミングで、一字一句間違いなく言葉を吐いたからだ。それが訓練されたものなのか、はたまた仮面に施された仕掛けなのか、判断するには材料が不足していた。


「……ミリュームネルと呼べ」


「失礼。ミリュームネル殿」


「それで、どのような理由でミリュームネルに敵意を向ける? 敵対して神殿側にメリットがあるのか?」


「確かに、貴方とことを構えれば、我々は少なくない損害を被る事となるでしょう。けれど、女神様は仰られた、貴方を殺害せよと」


 その言葉を皮切りに、グリムの影から切っ先が出現する。彼の胸へと迫る凶刃だが、グリムは躊躇なく刀身を握り締め、影に潜む曲者を引きずり出した。刃先から伝わる驚愕。彼は持ち上げた勢いをそのままに、曲者を地面へと叩き付けた。


 鈍い音が響き、仮面の端から赤い液体が漏れ出ている。


 刃を掴んだグリムの手に切り傷は無かった。


「侮るなよ。前に出ないだけで、そこらの雑兵よりは強いぞ」


「……成る程。では、此方も本腰で行かせて貰います」


 彼等がグリムへと手を掲げると、手袋越しに光の帯が放たれる。それが捕縛の魔法である事を見破り、一つ二つと避けるも巻き付かれ捕縛された。


 続けて彼等が何かを唱えると、練り上げられた魔力が光の帯を伝ってグリムへと直撃する。


 雷が落ち、炎が身を焼き、嵐に切り裂かれ、最後には氷付けとなった。


 襲撃者はじっと氷山に捕らわれたグリムの瞳を見つめる。彼の目はこう語っていた。


「――これで終わりか?」


 氷山が内側から砕かれる。極細の欠片となった氷は月光を反射させ、実に幻想的であった。


「それで無傷ですと、そこらの雑兵の評価を格段に上げなければなりませんね」


「なら過小評価していたのだろう。よかったな、訂正出来て」


「皮肉を……」


「事実だ」


 苦笑混じりの相手の言葉に笑って返し、腰に下げた剣を鞘ごと引き抜くと、緩く構えた。


「次は迎撃するが、どうする。まだやるか?」


 白装飾の影達はごくりと喉を鳴らす。完全に殺すつもりの攻撃を無傷でやり過ごされて、相手はまだまだ余裕綽々と来ている。


 それが攻勢に転じる。戦慄しない方がおかしい。


 先程から相手の魔力に干渉しようと試みるも、優しく薙ぎ払われている。その気になれば魔力を辿ってこちらの体に直接ダメージを与えられるというのにそれをしない。


 遊ばれているのだ。


 決死の覚悟を以て相手に飛び掛かろうとした、その時、天から光の柱が落ちてきた。


 煌々と輝く柱はグリムを呑み込み、圧倒的な熱量は周辺を熔解させている。堪らず、白装飾達は後退を余儀無くされた。


 まるで昼間の様な明るさを背に、一人の男が空から舞い降りる。


 一対の翼は純白で、天使を思わせる神々しさに誰もが平伏した。


「全く何時まで時間を掛けているのですか? この様な者共、貴方なら一瞬でしょうに」


 一瞬、翼を持つ男の怒気がこちらへ向いていると思ったが違うらしい。男の怒気は光の中、グリムニールへと放たれていた。


「そう言ってくれるな。安易に殺すこと、それは最も愚かな事だと教え込まれたのでな」


 光の柱がか細くなって消失すると、盾にしたのだろう。熔けた剣を放り捨てながらグリムニールが蒸気の中から姿を現した。


 それなりに気に入っていた剣に切なく想いを馳せながら、グリムは宙に浮く男を見上げる。


 アンドロウス・ド・リッセンベルク。幼い頃から何かとちょっかいを掛けられていたが、念願叶って何時の間にか天使に昇格していたようだ。


 かつて喰らった光の柱だが、今日のものは一段と激しい。思わず防御する程度には。


「にしても、天使とは白がブームなのか? 以前の貴様は赤髪だったであろう?」


 端整な顔立ちの男は、その翼と同じく白銀の髪を風に遊ばせている。格好は白装飾達と同じく、腰に下げた剣までも白と来た。イメージカラーか何かなのだろう。


「ベルセルクと呼ばれ恐れられていた貴様が、とうとう天使とは。天使の採用基準は低いのか?」


「相も変わらず、大切な事を伝えられない口が良く回りますね。グリムニール」


「問題ない。わざわざ口にしなければ伝わらない程、儚い信頼関係ではないのでな」


「さて、それはどうでしょうね」


「質問だが。何故女神から俺に殺害指令が下った? あの女神の事だ。魔王とは別件だろう」


「貴方のそういう神に気安いところ、嫌いですね」


「どうにも神には近しいものを感じてな。親近感というものだ。で? どうなのだ」


「……我等の神は仰られた。暇、と」


「くくっ。哀れよな、女神も。では精々、楽しませるとしようか。――来い」


 グリムが翳した手の中に、銀色の光を伴って一本の剣が召喚される。なんの特徴もない武骨な剣だが、その内に秘められた力は彼自身にも計り知れない。


「――信孝剣・ミリュームネル。つまらん余興だが、舞うとしよう」


「ではこちらも、――来なさい、暴虐剣・ベルセルク」


 地から湧き出るヘドロの様なものが男の元へと集まり、戦場に流れた血を凝縮して作られたかのようなおどろおどろしい大剣がアンドロウスの手に握られる。


 グリムにとって、暴虐剣を手にしたアンドロウスは出来れば相手にしたくない人物の内の一人である。


「あなた方は下がりなさい」


 アンドロウスが暗殺者然とした白装飾達に告げると、彼等は影の中に沈み退避した。


 そして、合図もなく、二人は同時に動いた。


 一対の翼を広げ、空中を高速移動するアンドロウスはグリムの背後を取ろうとするが、それよりも速く彼は体をアンドロウスへと向ける。迎撃の構えを取るグリムに、様子見は意味をなさない。


 真正面から迫るアンドロウスを、グリムは堂々と受けて立った。


 勢いを乗せて振り下ろされる赤黒い大剣に合わせ、彼も武骨な剣を振るう。


 二本の剣が打ち合わされた衝撃で、辺りに地割れが起こった。


 更に続けて一閃二閃と繰り出される剣戟。夜の平原に残光が煌めき、嵐が巻き起こる。


 二人は嵐の目で剣舞を舞う。


 舞い散る純白の羽根が、空間ごと地面を喰い抉り。時間ごと凍結された岩石が辺りを陥没させる。


 血を求めるようにして暴れ狂う暴虐剣の圧を振り払い、遥か彼方の山頂が平行に切り裂かれた。


 それは夜空が白むまで続けられ、二人は揃ってやり過ぎたと頭を抱えるのだった。

 作者

「友人要望の戦闘シーンだ。喜べ」

 友人

「ツッコミどころが多いわ」

 作者

「ぶっちゃけ戦闘シーンでグダグダ説明綴りたくない。後で解説するんじゃないかな?」

 友人

「せめて信孝剣? てやつの軽い説明ぐらい入れよう?」

 作者

「初期案では神煌剣だったけど、後から見てうわっ、きもっ! てなったから没にした」

 友人

「説明違いだこの野郎。そして主人公の名前、グリムニールだったのね。思えば主人公だけなかったもんな地の文。……なぁ、これ後々なんちゃら剣グリムニールとか出ない?」

 作者

「エスパーか?」

 友人

「あるんかい」

 作者

「別作品でな」

 友人

「続編!?」

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