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終わった後のお話。

 所謂後日談を先に持ってきています。

 年若い青年が白い息を吐き、草木一つない岩山を登る。頭上に広がる空には分厚い雲が覆っていて、日差しは見事なまでに遮られていてこの辺りの地域は薄暗い。おまけに冷たい風も吹いていて、厚着をしなければ寒さに震え、手足は悴みそれだけで気力と体力を持っていかれそうである。


 細かな石に足を滑らせないように気を付けながら、若者は首に巻いたタオルで汗を拭う。こめかみに張り付いた茶色い髪を鬱陶しそうに払い、どんよりとした眼差しで道の先を見据えた。


 目的地は山の中腹に建設した採石場である。人によっては石切場とも言われている。


 季節は冬。


 寒空の下で力仕事は能率が悪いと作業を中断させていたのだが、それが仇となった。人が居ぬ間に飛竜が住み着いたのだ。それも番で。


 繁殖でもされたら事である。増える前に仕留めてしまおうと、報告がもたらされてから最速で動いた。のだが、領内最高の戦闘力を持つ人物と共に岩山へと足を踏み入れ、ものの見事に置いていかれてしまった。


 いい歳だというのに、の人物は全く落ち着きというものを身に付けないでいる。折角よくなったのに、あれでは貰い手は居ないだろうと、若者はため息。


 日頃の運動不足が祟り、以前と比べると酷いくらいに落ちた体力での登山は辛い。


 目的地付近に辿り着く頃には、既に脚がパンパンに膨れている。座り込めばしばらくは立てないだろう。


 中腰になり、膝に手をついて呼吸を整えていると、背中を力強く叩かれた。乾いた小気味のいい音が響く。


「おっそーいよもう! こっちはもう終わったよ」


「……フィオレ、痛いのだが」


 頬を膨らませ、遅れてきた若者に一発入れた彼女は「むぅ」と唸った。顔の大部分に火傷の痕があるが、爛れてはおらず綺麗に整えられてる。侍女服に身を包んだフィオレと呼ばれた彼女は難しそうに首の付け根を揉みほぐした。


「赤子の頭を撫でる程度の力、のつもりだった」


 目の覚めるような赤い髪を左右に振り「儘ならないね」と肩を竦めて見せる。


 採石場に目をやると、三体の飛竜の死骸が転がっている。どれも首を切断されており、一撃必殺だった事が窺えた。現場には血が溢れているが、彼女の衣服に反り血は一滴もない。目にも止まらぬ速さで駆け抜けたのだろう。


「女神が姿を見せなくなって一年。まだ力は残ってるのか」


「みたいだね。多分さ、これって体の一部、のようなものなんだと思う。血液だって、物を食べて作るじゃない? この力はもうわたしの体に溶け込んで、もう取る事は出来ないんじゃないかな。こうなると、もう呪いだね」


 と、フィオレは困ったような笑みを浮かべた。そこに自虐や卑屈の色はない。単純に思った事を口に出しただけのようだ。

 言葉に出せる程度には、乗り越えれたのだ。


「……そうか。大丈夫そうか?」


「うーん……まだ微妙。自分からならちょっとは言えるけど、人から言われると、ちょっと、まだ、あれかな」


「そうか……」


 フィオレから視線を放し、飛竜の処理をどうしようかと思案を巡らせる。このまま腐らせるには素材が勿体無い。どうにかお金に変えて、領民に何か与えられないかと頭を悩ませていると、隣からきつい視線を感じた。


「……なんだ?」


「グリム、まーた言葉数減ってる」


「むっ……そ、そうか?」


 腰に手を当て、フィオレは頬を膨らませて眉を吊り上げながら怒ってますよアピールをしている。


「そうかそうか、なんだなんだ、ばっかりになってる。この不器用人間め!」


 自分が不器用である点については、グリムと呼ばれた若者も自覚するところである。


 かつて、言葉足らずが祟り、自分自身に深い傷を残し、二人の女性に不幸を運んでしまった。

 もう過ぎ去った出来事。決着のついた、決別した過去。だからといって、反省せず改めない訳ではない。

 繰り返さぬよう、彼自身気を付けてはいるのだが……。


「儘ならないな」


「気を付けてよね。それであの人まで泣かせたら、わたしは絶対許さないから!」


「……肝に銘じる」


「ならよし!」


 満足行く答えが貰えたからか、フィオレは白い歯を見せ「へへん」と笑う。

 その姿に微笑ましいものを感じて、彼は無意識に腕を持ち上げ、そして手をぽん、と、フィオレの頭に置いた。


 彼女の頭に手を置いて、ひと撫でした。


「あ……」


 短く声を漏らして、けれど慌てずゆっくりと手を戻す。そしてばつが悪そうにグリムは顔を逸らした。


「……え、えへへ。油断、したのかな?」


「それも、ある」


「も?」


「先に宣言した誓いが、後の状況で覆る事はよくある話だ。戦争にしろ、日常にしろ。時間があればあるだけ、そうなる。つまりは、そういう事だ」


「……そっか。慣れないこと、言うからだよ」


 逸らした顔をゆっくり戻すと、フィオレの目には涙が湛えられていた。声は濡れており、震えている。


「グリム、優しいもん、ね?」


 堪えきれなかったのか、大粒の涙が流れた。それを拭おうと伸ばした手を払われ、彼女はごしごしと腕で顔を拭う。侍女服に涙が染みた。

 それでも止まらないのか、やがて、嗚咽が漏れ始めた。


 彼が再び彼女の頭を撫でる事はなかった。


















 フィオレ・アッケーニ。目の覚めるような赤いボブカットが特徴的な、活発な幼馴染みである。代々、グリムの家、ミリュームネル家に侍女として仕える一族の娘。


 彼女は物心ついた時からグリムと共に居、育ち、経験を積んでいった。勉強よりも体を動かす事が得意なフィオレだが、あの一件以来、勉学にも力を入れているらしい。


 らしい、というのは、グリム自身、今ではフィオレから距離を置いており、必要以上に親しくしないと決めている都合、詳しくは知らないからだ。彼女が現在、どれ程苦労しているかなど、彼の知るところではない。気にはなるが、気にするつもりはなかった。


 フィオレに背負われ、山を降るグリム。


 嵐の日の川のように流れる風景に心臓を締め付けられるような恐怖を覚え、彼女の首へ回した腕をガッチリとロックして放さない。男としての矜持など、とうの昔に捨て去った。


「…………」


 後ろから覗き見れる彼女の横顔は、火傷の痕で覆われている。触れればぷにりとした弾力ある感触が返ってくるが、少し前までは爛れて酷い状態であった。


 今でこそ痕は残れど綺麗に整えられている。肌色は殆ど残っていないが、可愛らしい容貌は復活している。だというのに、未だに男の気配を感じないのはどういう事なのか。


 フィオレの為に骨を折った身としては、その辺りが気になるグリム。


「フィオレ」


「んー? なーにー?」


 既に山を降り、街道を爆走する彼女は間延びした口調で応える。


 さて、どうしよう。


 グリムは不器用な人間である。何時も言葉が足らず、誤解を招き、面倒事を起こした回数は数知れず。ここ最近ではマシになってはいるが、それでもまだまだ語彙の数は少ない。それは自覚している。


 なので、遠回りせずに直球を投げた。


「俺は何時、お前の孫の顔を拝めるのだ?」


「ぶひゃい!?」


 デッドボールだった。


 驚き躓き転けるフィオレ、から、すぽーんと飛び立つグリム。


 彼は十メートル程、空の旅を白眼で楽しんだ。


「ぐ、グリムぅーーーっ!?」


 すっ転んで顔に土を付けながら空を舞うグリムへと手を伸ばすフィオレ。当然届かない。急いで立ち上がり、土煙をあげて瞬時に無様に転がったグリムの元へ駆け寄る。


 ピクリとも動かないグリムに、彼女は恐る恐る声を掛ける。


「い、生き、てる……?」


「……フィオレ」


「ひゃいっ!!」


「……死ぬ」


「ぐ、グリムぅーーーっ!!?? 神様に立ち向かったのにこんな最期はあんまりだよぉーーーっ!」


「……嘘、大丈夫、死なない。俺頑丈。がはっ!」


「吐血ぅ!?」


「……すまない。肋骨が、心臓に、ぐさり」


「それもう助からないやつぅーーーっ!?」


「……嘘、冗談、本当は肺」


「それでも致命傷だよぅ!!」


「……嘘、平気、胃がシェイクされただけ。これはトマトジュース」


「の割りには粘っこいけど!?」


「……胃液」


「きちゃない!」


 打ち付けて痛む体に呻きながら起き上がり、衣服に付いた土を払う。幸いこれといった傷は無く、精々剥き出しの頬や手を擦りむいた程度だ。


「大丈夫?」


 今にも泣き出しそうな様子で、フィオレはグリムの顔を見上げる。つい反射的に右腕がピクリと動いてしまう。長年の癖はどうにも抜けがたい。


「……あぁ」


 自然、答えは冷たいものとなった。突き放すような響きを含んだ一言。フィオレは「うん、そっか」と曖昧な笑みを浮かべた。


 思わず曇天の空を見上げる。冬の分厚い雲に陽光は遮られ、地上は何時だって薄暗い。乾き、冷えきった風は頬を切るようですらある。


 まだ、寒空は続く。


「……」


 ふぅー、と白い息を吐き出す。


「それで」


 と、あまり動く事のない顔をフィオレに向ける。


「孫の顔が見たいのだが」


「話をうやむやにしないとこ、好きだけど嫌いだよ」


「ありがとう?」


 首を傾げながら礼を言う。上手く理解出来ていない時の癖である。グリムに皮肉は通じないのだ。


「……きっと出来ないよ、孫なんて」


「そうなのか?」


「そうなのだ。だってね」


 フィオレはグリムの前へ躍り出て、大きく腕を開いて楽し気に回って見せる。


「世界中の何処を探したって、グリムよりいい人なんて居ないもん」


 実に、無邪気に言い切った。


 過去のそれとは、意味合いも重さも変わってしまっている言葉に、グリムは少し、悲しくなった。


 変わるという事は、それだけの経験をしてきたという事だから。


「……そうか。なら、仕方無いな」


「仕方無いのさ」


 そして、何が可笑しいのか、フィオレは高らかに笑いながら、踊るように回り始めた。


 昔とは比べ物にならない程に洗礼された所作。すぐにバランスを崩して転けていた姿はそこにはなかった。


 くるりくるり、くるりくるり、彼女は回る、楽しそうに。


 くるりくるり、くるりくるり、彼女は回る、止まること無く。


 くるりくるり、くるりくるり、彼女は回る、壊れた人形の様に。


 そうして出来た竜巻に巻き込まれ、吹き飛ぶグリムを涙目でフィオレが追い掛けるのは、この数分後である。

 何があったんだと思ったら作者の勝ち。

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