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この異世界はOneTapで!  作者: 香取ユウ
8/11

⑧ 子供の我儘と酒飲み領主

 



「こう言うのじゃないと思うんだけどなぁ」


 すっかり夜も更けた頃、其処には一人自室のベッドで大の字に寝転んでいた俺は

 他に誰も居ない自室で、宙に浮かんだウィンドウを見ながら零した。


 遡る事、数時間前。


 ログの店を出た後、

 当初の目的でもあった商業区の案内……ではなく、逸れたマイの捜索を再開した所から始まる。


 午前中に出た筈が、ログとの一件にてすっかり時間が経ってしまい、街全体を夕日が赤く染めていた頃、

 俺とエルは未だ商業区を歩いていた。


「この辺りだよな? マイが居なくなったのって」


 エメラとマイが二人から離れたであろう商業区に入ってすぐの場所まで戻ってきた。


「そうですね、エメラ様はすぐ見つかったんですけどマイさんは何処に行ったんでしょう」


「ほら見ろあれ。何してるのかとおもったらあいつ酒飲んでるぞ……」


 俺の指差す方向に、酒場の二階テラス席でこの街の住人だろう婦人達と酒を煽っているエメラが居た。


「全く、あれじゃ本当にこの街を治めてる領主なのか疑われるんじゃないか?」


「あれもきっと住民の声を聞く為ですよ。つい最近までエメラ様の素の顔を知らなかった私が言うのもなんですけど……」


「ちょっと待て、エメラの目が据わって……あ、何処か行った」


 俺とエルが暫くエメラを見ていると彼女は急に立ち上がり店の中に入って行き

 婦人方がそれを見て慌てて店の中に入って行ったようだった。

 他の席で楽しく飲んでいただろう他の客も店の中を見ると渋い顔をしていたりと様々だった。


「なんかあったのかねぇ……。二階の席の奴らが中に入って行くぞ?」


「志人さん、マイさん捜しの途中です。早く見つけてあげましょう」


 店の中で何が起きているのか気になったが、

 一人何かを察した様子のエルは氷のように冷たい声で俺にマイ捜索を促し、

 その声色に有無を言わせない空気を感じた俺は、


「え? エルは気にならな……分かった」


「はい、行きましょう」


 そう返すと俺は踵を返し、エルに素直に従う事にした。


「にしてもマイは本当に何処に行ったんだ? 結構時間も経ってるし家に帰ったんじゃないのか?」


「だとすると可哀相ですね……。ちょっと私、家まで行って確認して来ても良いですか?」


「俺も一緒に行こうか」


「大した距離でもないですし一人で大丈夫ですよ。それに志人さんには引き続きマイさんの捜索をお願いできますか?」


「なるほどね、了解。とりあえず目に届く範囲の店は探してみるよ」


「お願いします。一応見に行って、家に居ても居なくてもまた戻ってきますので」


 言い終わるとエルはそのまま去っていった。


「って言っても、店までは流石にまだ案内されてないんだけども」


 今日入った店と言えばログの店だけで、事実この街に俺が来て初めて入った店はログの店だった。


「とりあえず探してみるけどさぁ……」


(最悪木乃伊取りが木乃伊になるだけなんじゃ……)


 土地勘の無い俺に出来る事はこの場を中心とした探索だけである。


 不安を抱えるままぐるぐると歩いていた足を止め、とりあえず目に付いた人間種の営む店へと聞き込みを試みる。


「ちょっと聞きたいんだけど、此処ら辺で俺の腰あたりの大きさのドワーフの女の子を見なかったかな、名前はマイって言うんだけど」


「兄さん、マイちゃん捜してるのか。んー、悪いけど今日は見てないな、ごめんな?」


「そうか……。いや、良いんだ、ありがとう」


 最初の店の聞き込みはすぐに終ってしまい、特に収穫は無かったが、

 時に店の商品を買わされたり、忙しいからと断られたりしながらも俺は根気良く聞き込みを続けた。


 そして聞き込み開始から随分経ちすっかり外は暗くなり、仕事終わりの住人達が夜の酒場に集まる頃、

 酒場のカウンター席で俺が座っていると、エルと合流する。


「此方に居たんですね。遅くなってすみません……家には居ませんでした」


「ああ、ごめん場所言ってなかったな。良いよ良いよ、俺も今夕食済まそうとしてた所だったから」


「はい! スワンプディアーの鉄板焼き、おまちどーさまっ」


 酒場で働いている獣人の子らしき女の子が注文した料理が運んで来る。


「ああ、ありがとう」


「? んふふ、ごゆっくりー」


 料理を受け取った後、俺はつい運んできた獣人の子の頭を撫でてしまうが、彼女はくすぐったそうな表情を浮かべただけで笑みを浮かべ一言言ってから調理場へと下がって行った。


「お肉ですか?」


「沼に済む鹿の肉らしい」


 こんがりと焼けた骨付きの肉。

 熱く熱せられた鉄板の上でこげたソースの香ばしい香りが俺の胃袋を刺激する。


 ナイフとフォークを持ち、今まさにその肉に俺が挑もうかと言う所で、

 エルがキレた。


「マイさんが見つからないのになんでお肉なんて食べているんですか! ちゃんと探す気あるんですか!? マイさんとご飯どっちが大事なんですか! これだけ探しても見つからないんです、攫われてるかもしれないんですよ!?」


「い、今は腹も減ってるしご飯かなーって……」


 何故か怒りを露に捲し立ててくるエルを前に空気も読まず答えてしまった。


「マイさんはご飯じゃないです! 嗚呼……でも今まさに攫った男がマイさんを食べて……」


「待て待て、こんな所で変な事を言うなって! 妄想が過ぎるぞエル!」


 顔を青くしたり、真っ赤にしたりと忙しいエルが聞く耳を持たない為、

 まずは落ち着かせるため、俺はエルを隣に座らせる。


「そもそもそんな事やったらエメラが黙っていないだろ? それともエルはこの街にそんな事をしようなんて奴居ると思ってるのか?」


「分からないじゃないですか、この街はいろんな種族の方が集まってますし」


「まず、さっき今言ったようにそんなのがこの街に居たら真っ先にエメラが追い出すだろうし、それにこの街には警備隊だって居る。知ってるか? どの街の警備隊員も他の地に居る警備隊員とも連絡を取り合って、

 罪人はしっかり漏れなく捕まえる……そんな奴らが見逃すと思うか?」


「無いと思います……」


(まぁゲームの仕様と同じ警備隊であればって話なんだけどな……)


 今の話が効いたからなのかは分からないが、

 次第に落ち着きを取り戻し始めた様子のエルに話を続ける。


「それに、マイは大丈夫だ。ちゃんと此処にいるぞ」


 そう言う俺をエルが不思議そうに見ているとまたも先ほどの獣人の子が料理を運んでくる。


「こっちがコカトリスのから揚げ、後はデナ芋のポテトフライです!」


 今度はエルの目の前にコトン、コトンと料理の載った二つの皿を並べる。


「ありがとう。これはお駄賃だ」


 と、オーダーした物を全てテーブルに運び終わった彼女へ了解を得ると、先ほどと同じ様に頭を撫でた後、

 幾許かのリンドを小さな布袋に入れて渡す。 

 

 気分としては親戚のおじさんだ。


「ありがとうございます!」


 それを受け取った彼女が嬉しそうに去った後、

 満足そうな顔の俺を何故かエルはジーっと見つめていた。


「どうした? ……違うぞ? ただのお駄賃だぞあれは!」


「何を想像したのかは何となく分かりますが違います! ああいう女性が志人さんの好みなのかと思っただけです!」


「女性って……まだあの子は俺よりも遥かに年下じゃ……あんなに小さいし。 

 でもまぁ、子供扱いしたら悪いか」


「いいえ、あのお姿なら、少なくとも志人さんと同じくらいか年上の筈ですよ」


「なんか軽くショック受けたなぁ……。いや俺がただ一人で勘違いしてただけだけどさ」


「そんな事はどうでもいいです。マイさんが大丈夫ってどう言う事ですか?」


 そんな事って……。


「入り口らへんで旅の商人が品物を並べてるのが見えるか?」


「はい、店に入ってくる方々が一度は足を止めてますから」


 入ってすぐ、右側のテーブルに色々な商品を並べ商売をしている商人が見える。

 余程珍しい物があるのか、それとも旅の商人が珍しいのかどの者も一度は足を止め、

 子供も何処から聞き付けたのかテーブルに噛り付くように見ている。


「もっとよく見てみれば分かる」


「はぁ」


 俺が言った通り、エルは商人の周辺を見てみるがまだ分からないのか再び此方を見る。


「えーと、ごめんなさい。わからないです」


「まぁ別に正解しないとダメなんて事もないしね」


 そう言う俺は未だ手付かずのポテトフライを一本摘み、


「おーい、マイ。早く来ないとお前のポテト食べちゃうぞー。あれ、旨そう」


「……? あ!」


 俺が腕を振ると商人の居る方から走ってくる小さな影があった。


 影はそのまま俺の腕、ではなくポテトフライを摘んだ指へと跳ぶ。


 俺の手からポテトフライを奪い、そこに立って居たのは、

 ドワーフの女の子、マイだった。


「ポテトは私のだよ! 志人は自分の食べて!」


「俺の奢りだろうに、別に一本くらい……」


「ダメー!」


 ポテトを取ろうとする志人の手から皿を持ち上げポテトを守るマイを見て、

 驚きのあまり立ち上がっていたエルは、マイの無事を再確認すると再び椅子に着く。


「うん? エル、どうしたの?」


 親の心子知らず、の様な物だろうか。

 心配しマイを探し回っていたエルをマイが心配そうに声を掛けた。

 本来であれば心配したと、叱る場面だろう、


「ううん、なんでもないの」


 だがエルは笑みを浮かべ、マイに短く返すだけだった。




 一間置いて、エルはマイに話を聞く。


「で? こんな時間まで何をしていたの?」


「良いハンマーがあったの!」


「ハンマー?」


「鍛治とかに使える槌……ハンマーだな、見た目は普通だったけど。

 俺も何本か持ってるから好きなのをあげようと言ったら断られて……」


 と、志人は落ち込んだ様子を見せる。

 エルには、違う玩具を買って来て、子に要らないと言われ落ち込む親の姿が彼に重なって見えた。


「そ、それはそんなに良い物なの?」


「普通だよ? だけど普通なのがいいの!」


「普通なのもあるぞ? ほら、これとか」


「要らない」


「……」


「志人さん……」


 マイの一言で無残にも切り捨てられた志人は眉尻を下げるばかりで、

 エルは落ちこんだ志人の頭を撫でて慰めている。


「マイさん、そんなに気になるのであれば買えばよかったのに……」


「無理だよー、高いんだもん」


「高いって……幾らと言っているんです?」


 普通の鍛冶道具一式であれば新品でも相場は30,000リンド。

 彼女達この世界の住人で、別段裕福な訳でもない為それは高額だ。

 だが鍛治道具でも数ある道具の中の一つに過ぎないハンマーのだけとなると、話は変わる。

 一番値段を締めているのは金床であり、ハンマーや鋏等はそこまで高価な物では無いのだ。


 マイとの付き合いでその辺りの相場は知識として知っているエルはマイに値段を聞く、


「100,000リンドなんだってさー」


「じゅうま……」


「うん……」


 100,000リンドは一般市民が簡単には出せない額の大金である。

 エルとマイの家は借家ではあるが一軒家のそれと大きさは変わらない家である。

 シェアと言う形で二人で住んで居る為、二人で家賃は払っているが、

 それでも一人毎月8,000リンド、二人で16,000リンドなのだ。


 今度はマイが落ち込み始めるがすぐに立ち直る。


「100,000って事は百万位か、確かに高いな」


 エルが気付くと、志人は肉を一気に口に入れ、咀嚼し、飲み込んでいた。

 そして彼は椅子から立ち上がるとエルとマイを連れて商人の前まで向かった。


「とりあえず聞いてみるか。曰く付きかもしれないしな」


 特に他に話す事も無く商人の前に来ると俺は商人に話しかけてみる。


「なぁ、このハンマー何か曰く付きか? 100,000もするんだろ?」


 話を掛けられた商人が一瞬ニヤリと笑う。


「お目が高いねぇ。コイツはここから北東の今は無い地底の都市跡から出たハンマーだよ」


「へぇ、んでこのハンマーはどんな曰くが付いてるんだ?」


 志人の反応に商人は不満の表情を浮かべる。


「アンタここいらの者じゃないのか? あの都市って言ったら……まぁ良いか」


 俺を小馬鹿にしたように鼻で笑うと椅子に座り直した商人は話を続けた。


「このハンマーは見た目こそ普通だが、面白い特殊効果があるんだ」


「効果ねぇ……」


「原型を保ち続けるんだ」


「はぁ?」


「欠けもしない、折れもしない、熱しても溶けもしない」


「ようするに何があっても壊れないって事か」


 その言葉に商人は頷く。


 それなら壊れる度に普通に買い換えた方が良いんじゃないか、と俺は思ったが、

 それを特別な物と信じて疑っていない様子のマイを見て言葉を飲み込むが、

 エルは違ったようだ。


「マイさんもう諦めましょ? 買うお金なんか無いんですし普通ので良いじゃないですか」


「うー! これが良いー!」


 テーブルにしがみ付き駄々を捏ねるマイをエルが離そうとしている、が、ビクともしない。

 が何度かやっていると、マイの声に次第に涙声のような物が混ざり始める。


「マイさん……」


「やだ……」


「どうしましょう……」


 徐々に目尻に涙を浮かべ始めるマイの姿を見てエルは遂にマイの脇から手を離す。

 宛ら欲しいものを買って貰えないで愚図る子供のそれだった。


 泣き出しそうになっているマイを目の前にして困った顔で俺にエルが助けを求める。

 溜息を吐きつつ、商人に話を振った。


「少しは負けてやりゃいいのになぁ」


「冗談じゃない、俺にだって生活はあるんだ」


「まぁそうだよな」


 必死こいて手に入れて来たアイテムを、はいそうですかと本当の意味での言い値で良いと言う

 者など一人として居ない。

 それはゲームであるグリモアでのプレイヤーも商人も変わらないようだ。


 未だテーブルの足にしがみ付いたままのエルの悩みの種を見てから俺はエルに言った。


「はぁ……。マイが今後こう言う真似をしたら俺はもう何もしないぞ?」


「すみません……」


「……」


 もう何も言わなくなったままのマイを余所に、俺は商人に向き直り、


「ちょっと待ってろ」


 と一言述べ、来ている上着の内ポケットに手を入れる振りをし、UI操作を始める。


「何だ? 此処で俺を殺すか?」


 それの行動が不味かったのか、要らない誤解を生んでしまったようだ。


「何言ってんだ? 金を取り出してるに決まってる」


「そんな所に入る額じゃねぇんだよ!」


 いつの間にかこの騒動で周りに集まっていた客達はエル、マイを除き志人から距離を置き始め、

 座っていた商人は立ち上がり、身構えていた。


 急に腕が消えるとなると周りを驚かせてしまうという志人なりの配慮から出た物だったが、

 さっさと終らせてしまおうと志人はさっさと目的の物を取り出した。


 大衆の見守る中、志人が手にしていたのはただの革袋。

 それを見た一同は緊張で張り詰めていた空気は一気に解けた。


「100,000ある、数えろ」


「あ、あぁ」


 志人は懐から取り出した革袋を商人へ渡し、

 件のハンマーをテーブルから持ち上げるとそのままマイに差し出した。


「これからはエルの言う事は絶対に聞くように。今後、欲しい物は自分で買える範囲の物にしろよ? 買えないからって他人に迷惑掛けてたら盗人と同じだからな」


「ぐじゅ……う……」


 返事なのか鼻の音なのか良くわからない物を出し、マイはそれを大事そうに受け取ると、

 後ろに居たエルに抱きついた。


「マ、マイさん! 鼻水が! 鼻水が!」


「兄さんやるねぇ」「うおおお! やるなあんちゃん!」「あああああ! マイたんの鼻水うあああああ!」


 事が済み、抱きつかれたエルが悲鳴を上げ、観客達は声を上げた。


「お客さん! 大丈夫でしたか?」


 料理を運んでくれていた獣人の女性も其処に居た。


「ウチの子供が迷惑を掛けちゃったみたいだ、ごめんな」


「いえ! 何も無くてよかったです!」


「また此処で食事を取らせて貰う事にするよ、その時は静かに過ごしたいけど……」


「あはは! またいつでも来て下さいね!」


 頬を掻く志人に満面の笑顔で返す獣人のウェイターだった。


 それから暫くして、店を出て帰路に就いた。


「結構賑やかなマイの回収になっちゃったけど、まぁいいか」


「お金は私も少しずつ返しますので……」


「いいよ、俺にとっては泡銭みたいなものだからね」


「……」


「ほら、マイさんも何か志人さんに言う事は無いんですか?」


 店を出てから、一切喋らず無言を貫いていたマイにエルが軽く叱る。

 まるで姉と言うよりも母親である。


「ありがと……大事にするから……」


「ん、もう俺も叱った後だ、それでいい。じゃ早く帰ろう」


「そうですね!」


「うん」


 今になって自分のやった事に対して羞恥心が襲ってきているのか、顔は少し赤くなっている。

 そこから出る声はどこか違って、溌剌さを感じない大人しい物だった。



 志人達が志人の屋敷の前に着くと其処に一人の女性が立って居た。

 此方の姿を捉えるとその女性はいきなり志人に抱きついて来た。


「うおうっ!? 今度は何だ!」


「ああああ! いやああああ!」


「?」


 急に抱きつかれ驚く俺はまだ良いが、幽霊の類か何かが出たのかと勘違いしているのか当人よりも、吃驚し、悲鳴を上げるエル、俺達三人を眺めるマイ、そして


「何処行ってたのよ! とりあえず帰って来たらまだ誰も居なくて……寂しかったじゃないのよ! 馬鹿!」


 俺に抱き付いて来たのは泥酔した様子のエメラだった、酒臭い。

 俺達と離れてからの事をエメラが勝手に喋りだす。


「おいしい地酒が出来たんですって言うから皆で飲んでたら、なんか口から出るし……」


「そういやなんか騒いでたな、吐いたのか」


「ちゃんと履いてるわよ! 何よ、見たいの?」


「うわ、絡みがウザってぇ……」


「何よ! 聞きなさいよ! 泣くわよ!?」


「どう言う脅し方だよそりゃ……」


「……」


「志人さん、エメラ様の相手をお願いしてもいいですか?」


 すっかり夜中になっており、目蓋を重たくし始めたマイを支えるエルは、

 この中で起きている一番厄介な事を俺へ放り投げようとしている。


「ちょっとまってくれ……せめて着替えとか持って来て家に来ないか……?」


「え、ちょっとそれは……。まだそういう間柄じゃないですか……」


「そう言う意味じゃないわ!」


 何を勘違いしているんだろうか、少し怒気を孕んだ声で俺は言うが、

 マイが眠そうに目蓋を擦っているのをエルが気付く。


「眠い……」


「はいはい、マイさん。こっちですよー、では志人さんおねがいしますー」


 志人が絡まったエメラを解いている間にエルはマイを連れてそそくさと家に入って行ってしまった。


 ポツンと残される呪われた装備(泥酔したエメラ)の俺。


「とりあえず家に入ろう……酒臭いし風呂には入ってくれよ? 貸すから」


「出そう」


「は?」


「もう一発、凄いのが出そう」


 エメラが咄嗟に口を押さえ、衝撃的な言葉を俺に告げた。


「止めろおおおお! お前は色々出しすぎだ!」


 エメラを背負いながら俺は全力で玄関まで駆ける。


「ふ……うふふふふ、これは罰よ! あ、もうちょっと、本当にゆっくり……本当に出るから」


「待て! 今開ける! 鍵開けるから! トイレでやってくれ!」


 玄関の鍵を開けるのに四苦八苦し、開いたと同時にエメラを背負い直し、トイレに放り込む。

 戸を閉めると同時にくぐもった声が聞こえたが、気にしない。


 一気に疲れが遅い、俺は壁に寄りかかる。


 暫く呆けていると、すっかり酔いも醒めたのか、スッキリとした顔のエメラがトイレから出てきた。


「やったわ」


「ああ、やったな……。さっさと風呂入って来い」


「な、何よ! 何をするつもり!?」


 エメラが顔を先ほどよりも赤くしながら此方に突っ掛かって来る。

 なにやら慌てふためくエメラはそこからさらに続けたが、


「ふ、ふん! まぁ良いわ! 顔は好みじゃないけど、アンタの物になってあげようじゃない!」


「何を勘違いしてるのか分からないけど、酒の臭いが凄いから入って来いってことだよ」


「まぁ良いわ! 入って来てあげようじゃない」


 ようやく脱衣所へ向かうエメラを見送った後自室に戻り、俺はベッドに横たわる。


 忙しくアッと言う間に終った一日を振り返る。

 本日やった事と言えば剣を譲って、ボッタクリハンマーを買っただけ。


 此方に来てから出費ばかりだ。


 ごろんと姿勢を変え大の字になる。


「こう言うのじゃないんだよなぁ、俺のしたい事って……」


「レベル上げ……は意味あるのかな、経験値は溜まってるっぽいけど」


 UIからステータスウィンドウを呼び出し、眺める、


「やっぱりモンスターとか狩りたいよなぁ、冒険とかさ」


 そして天井を仰ぎ、


「こう言うのじゃないと思うんだけどなぁ」


 すっかりと夜も更け、宙に浮いたままのウィンドウをそのままに、志人はポツリと呟き、

 目蓋の重くなった所でこのまま寝ようとした所で部屋のドアが勢い良く開かれる。


 何かと思い見てみると、


「入ってきたわ。さぁ、な、何するの?」


「風呂から出るの早くないか……? とりあえず俺は何もしないから、泊まるならどの部屋使ってもいいから早く寝ろ、俺も寝る。」


 風呂から上がってすぐなのだろう部屋に入って来たのはタオル一枚身体に巻いただけのエメラだった。

 が、俺はそんな突っ込み所満載な彼女にそれだけを言い、背の方に追いやられていた毛布を身体まで引っ張り、また眠りに入った。


「少しは何か言いなさいよ! ……もう寝たの?」


 エメラはツッコミを入れるが、既に寝ていた彼の寝息に気付いた。

 流石に早すぎではないかと思ったが、彼にとっては初めての街探索だったのだ疲れていたのだろう。

 そこにトドメを刺すように酔っていた彼女をその身で全力疾走をしたのだ。


「そりゃ疲れるわよね……まぁ良いわ。じゃあ、おやすみなさい。」


 眠りの挨拶をした跡、彼女は静かに部屋から出て行ったのだった。

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