⑦ オークの悩み 後編
――筋肉の壁。ではない、獣人種のオークだった。
「武器も何もねぇようだな! ウチの店をちょっと見て行かねぇかい?」
志人の体の三倍はあるのではないかという体面積を持つ、筋肉で固められたその体を志人は見る。
これぞオークという姿の男が流暢に志人へ声をかけて来た。
その事に別段問題はない、だが、
エルフとオークの組み合わせは色々と不味いのではないかと思いエルを見るが、
「? 志人さん、どうか致しましたか?」
エルは恐れる事は無く、ただ笑顔を浮かべているだけだった。
(普通だ……! いやいやいや! リアルでのエルフ×オークの組み合わせは色々不味い!)
何かを悩み、焦っている様子の志人を、エルとオークの男は頭に疑問符を浮かべている。
「よくわからねぇが兄ちゃん固まってんな。で、どうするよエルフの嬢ちゃん」
「志人さん次第ですねー。この方に今、街を案内している所だったんですよ」
二人の感じから、特に種族間の差別的な感情の無い所を見ると、
自分が考えていたような事は特にこの世界には無い事を知る。
何も喋らない俺に対し疑問符を頭に浮かべる二人に頭を振った。
「んあ、ああ……いや、武器や防具はあるんだ」
「お? そうかい、だがウチの武器は物がいいぜ? まぁ店を見てってくれや」
身体を固まらせたままだった自分に対し、まだ声を掛けてくれるこのオーク。
良いオークである。
「そこまで言うんだったらちょっと見せてもらおうかな。こっち来てまだ店なんか見てないしなー」
「おう! こっちだ、付いてきな!」
言われるままにオークの男に付いて行く俺とエルの二人。
三人で大小様々な店が立ち並ぶ通りを歩く。
暫くすると煤で汚れ満足に役目を果たせていないのではないかと言う看板が掲げられた店の前へ。
たぶんここが目的の場所であり、彼の店なのだろう。
入ろうとする志人をオークはちょっと待ってくれと言って止める。
「店に入る前に話しておこう。俺はまだここじゃまだ新参者なんだ」
彼が突然何を言い出すのかと自分は疑問に思った。
「ん? そうなのか。でもこうして店を持っているんだろ? そんなすぐ自分の店なんて持てるものなのか」
「いや普通なら自分の店を持つなんざ、俺が後十年は頑張らなきゃ無理だっただろうな。
だがありがてぇ事にこの街の長でもある領主が家も無い俺達家族の為に手をまわしてくれたんだ」
「領主……エメラか」
内心、あのエメラが? と俺は思ったが、この街の有り様を考えた所で納得した。
出合った時の印象から疑いが入ってしまい色眼鏡で見てしまっていたようだ。
彼女が慕われる理由が分かった気がした。
「まぁいいや、そんで続きは?」
「ああ、新参者だからってだけじゃないだろうがこの頃、物が全く売れねぇ」
「そうなのか? でもこうしてアンタが俺たちに声を掛けた時は何処か慣れた感じだったし、客は居そうな気はするんだけど」
「ですよねぇ……。何がいけないんでしょう?」
少なくとも自分達に声を掛けてきた時の彼には小慣れた感じがあったし、
この街では種族間の問題もエメラの手によって未然に防がれている。
単純に物が悪いのか、それとも彼の外見で逃げてしまうのかどちらかなのだろうかと思った。
肩を落とし落ち込んでいる様子のオークの彼は志人の問いに答える。
「ああ、実際声とか掛けて兄ちゃん達みたいに店にも来てくれた奴らも居たが、店の中を見た後、決まって申し訳無さそうな顔で店を出てく客ばかりでなぁ」
「なるほど、店に並ぶ商品に何か問題があるんだな」
「え? え?」
何かあるのかとエルの目はオークの彼と志人を行ったり来たりしている。
そんな彼女の疑問に答えるようにオークの男は話を続ける。
「俺が使ってる材料ってのが安く手に入るが、満足に加工も出来ず、持て余す事で有名なアダマンタイトなんだ」
「え! ちょっと待ってください! アダマンタイトですか!?」
普段は大人しいはずのエルが彼の言葉を聞くや目を輝かせ始める。
先ほどまでのテンションの違いから呆気に取られている二人を余所に、オークの男に代わり、
今度はエルが語りだした。
「聞いて下さい志人さん! アダマンタイトは流通量こそ少ないですが、
熱や冷気に強く、非常に強固で何よりも硬い鉄鋼類の鉱物です!
ですが加工するにもその特性のせいか満足に扱う事の出来る者は存在しなかった、それが安価な理由!」
両の拳を胸の前にし、何か興奮した様子で早口で喋っているエルに
俺は顔が引き攣るのが分かる。
「エル……?」
そんな俺をお構い無しに志人へと説明を続ける。
「だけどもし加工さえ出来るのでしたら、間違いなく最高品質の作品が出来上がります。でも凄く重い物としても有名で……。その為運良く見つけても、その重量から他の鉄鉱石と同じ量を運搬しようとするとコストが掛かりすぎてしまい量が運べないのです、それが流通量の少なさの謎でしょう! 」
「ちょっともう少しゆっくり喋ってくれ。あと少し怖いからな?」
「兄ちゃんに同意だ……。やっぱりエルフは怖いなぁ……」
「こっちのオーク種はエルフ族に何をされたんだよ……」
こちらの世界でのオークはエルフが苦手なようだ、急に布教者のようになったエルを見てそう感想を述べていた。
二人に怖がられている当の本人は、恍惚の表情を浮かべていた。
涎を垂らしながら。
そんなエルの姿を見たオークの男は俺と一緒に顔を引きつらせていたが、
話の途中だった事に気付き、オークの彼はコホンと払う。
「まぁ嬢ちゃんの話にあった特性を強みに変え、武器や防具にしてはみたが、重い。それが俺の商品を買うに至らない原因だろうな」
「でもエルの説明からすると加工が出来ない筈だった物で装備を作ってるんだ、多少重くても買う奴は居そうなもんだけどな」
普通の人間やエルフ、種の個体にもよるが一般的な筋力では彼が取り扱っている商品は些か重過ぎるようだ。
だが、話を聞くと力の有る種族からは好評を頂いてるようだ。
俺のプレイしていたグリモアでもアダマンタイト系の装備は上位装備として存在もしていた。
だが話を聞くとゲームであるグリモアにあったそれとはまったく別物のように思う。
「そうだなぁ。一応特注品の依頼も来るし、今はそこまで金にも困ってないが」
「だけど?」
「俺はいろんな冒険者に使って貰いてぇ、物は頑丈だしな」
その冒険者達の為に作った物が長い間ホコリを被ってしまっている現状に思うところがあるようだ。
「それに、色々と工夫はしてんだ。だけど結果が付いてこねぇ。今はまだ依頼もあるがこの先の事はわかんねぇ」
「嗚呼……なんて素晴らしいの……ふふ」
「ちょっとエルは静かにしててくれ」
悩むオークの話を聞いていると、横で先ほどから変な笑い声を出すエル。
あれからこの様子だが、力が抜けるからやめてほしい。
一応注意はしたものの彼女に変化は無かった、今はもう諦めよう。
「だけど依頼が無くなったらどうする? アダマンタイトだって安いと言ってもタダじゃ無ぇ」
今はまだ困っていない金もこのままではそうとは言っていられない。
あくまで鍛治師として仕事を続けるられるか否かという所まで来た時にはもう遅いのかもしれない、とオークの男は言った。
「だから今は必死扱いて、こうやって声掛けたりして、最近じゃ広告も出してるんだ」
と、その顔に似合わない照れ笑いを浮かべる。
「なるほどね、店の前に着いたと思ったらいきなり話しだすから何かと思ったら……。すぐに出て行く真似はしないさ」
「そうか、すまんな。まぁ何時までも喋ってちゃ仕方ねぇな。とりあえず中入るか」
「おう。ほらエル、行くぞー」
「うふ……あ! 待ってください志人さん!」
話が終るとオークの男は店の戸を開け中に入っていく。
俺はまだ惚けていたエルに声を掛け、オークの男に続いた。
が、中には縦ロールが印象的な金色の髪を持つ人間種の女性が居た。
ピンク色のエプロンを着て、店の商品なのだろう武器を手入れしていた。
ここの店員だろうか、先ほどの話を聞いた後だと先客という線は薄いだろう。
「帰ったぞー、ついでにお客だ」
「昼行燈が、もう少し長く働いてられないのか。……ちょっと待て、客だと?」
どうやら彼の知る人物な様で、
向日葵のようなポップな絵をワンポイントにしたエプロンを着た女性はトゲを感じる声でオークの男に返したが、言われて男の後ろに居る志人達にその女性は気付く。
「懲りないな。だが、その顔でよくも逃げられなかったものだ」
「ひでぇなぁ」
多分これが二人の日常的な会話なのだろう、女性から嫌味が吐かれるが、
オークの男もここまで言われているのにも関わらず笑っている。
会話に付いていけていない俺とエルに気付いたオークの男はまずは自己紹介を、と始める。
「そんじゃまずは。俺はログってんだ、んでこっちが……」
「クアブラン・ベル・エレノアと言う。今はこのろくでなしの店を任されている者だ」
「そんでもって俺の妻だ。べっぴんさんだろ?」
「よ、よくもそんな歯の浮きそうな事を平気で口に出せるものだ!」
そう言いながらもどこか嬉しそうなエレノアはオークの男の肩をベシンベシンと叩く。
「すばらしい旦那さんですね! それに奥さんも綺麗です!」
エルは二人に対し素直にそう思ったのだろう、だが。
(貴族か何かの出なのかな、この人……。結局オークってなんか高貴な物を呼び込む習性でもあんのかね……)
俺は別の事を考えていた。
「そんで、これで最後みたいだな」
「なんか気付いた事はねぇか? なんでもいいんだ」
先ほどからすこし経ち、これまで店に並ぶ装備を見ていた俺に対しログが感想を求めてくる。
「どれも重かったってくらいで、俺は良い武器だと思うけど、やっぱり重いは重いな。レシピ……材料とかに宿題があるんじゃないかな? 俺が偉そうに言える事でもないけど……ちょっと待ってくれ」
「志人さんまた何か出すんですか……」
感想らしい感想も出ない為、俺はUI操作を始め、
インベントリから装備品のタブ開き、何も分からない二人の前で腕を突っ込んだ。
呆れた様子のエルは私にも心臓はあるんですよ? と言いながら、
「おい兄ちゃん! 腕が……」
「少年!」
「大丈夫ですよ、待っていればわかります」
驚いている様子の二人を彼女が落ち着かせようとするが、
ログもエレノアも俺の肘から先が消えていく異様な光景に身を堅くする。
「こっちじゃない、これか……違う。あ、これか」
何も無い空間からソレを取り出したようにしか三人には見えなかったが、
我関せずとばかりに志人がウィンドウから引き抜いた物を店の作業台の上に乗せる。
「これは……」
「兄ちゃん、こりゃいったい……」
その姿形だけでここにある重量級武器を凌ぐのではないかと思わせる重量感を感じさせるそれはあった。
「感想とかとは違うけど、これもアダマンタイトで出来ている大剣なんだよ。ただし使っている素材はそれだけじゃなく他にも混ぜているんだ、持ってみてくれ」
「何を混ぜているんでしょうか……志人さん私もちょっと……」
それを聞きまたもエルは先ほどのように目を輝かせ始めるが今は無視をし、話を続ける。
「持ち上げてみると分かると思うが、重さは他の両手武器よりも寧ろ軽量だ」
「これは本当にアダマンタイトで作った物なのか……? 私でも持てるぞ!」
エレノアはその大剣を軽々と持ち上げ、感激していた。
「兄ちゃん、こんなの何処で……」
今までこの世界では居ないとされていたアダマンタイトの加工が出来る者、ログ。
長く試行錯誤を繰り返したであろう、その彼を以ってしても此処までの軽量化は無理だったのだ。
(まぁ鍛治スキルをある程度上げればすぐ作れるんだけども……リセットされてるしなぁ)
目の前にある大剣はその条件を軽々と達成している。
エレノアとログ、それにエルを含めた三人は歴史的瞬間に立ち会っているような心境だった。
と、無視をしていたエルは我慢が限界に達し、遂に両の手をそれに伸ばす。
「触りたいです……触りたぁい……」
「エルやめろ危ないって! えっと、とりあえずこうしてちゃんと軽量化する方法は存在するんだよ」
「志人さん、ちょっとそれを私にぃ……!」
下手をすると怪我をしてしまう為、背で塞いでいると、
今度は志人の背中に抱きつくかのようにエルは被さって来る。
「エルやめてくれって当たってる!」
何がとは言わない。
「これは俺が作った物だけど、今はもう製法なんて忘れてる。製作図なんてのも無い……」
「これをか!? 兄ちゃんが作ったってのかい……」
「ゆ……! きとさん! 一撫で、一撫ででも良いんです……!」
「ち、ちょっと励ましとは違うが。あんたは鍛治師だ、これを調べればあんたならきっと……。ちょっとエル本当に……」
「ええい話が進まないじゃないか! イチャつきたいのであれば話の後にでもしろ!」
大剣を触ろうと伸ばすエルの手を避けながらログとの話を続けようとするも、
背中にエルの胸の感触を感じてしまい、彼女に止めるよう言おうとしていると、
エレノアからとうとう叱られてしまった。
「それじゃ、また来るよ。」
そう志人が言って店を出てから数時間後、先の賑やかさから一変、
閉店した静かな店の中でログとエレノアは会話を交えていた。
「ログ、大丈夫?」
「そうだな。俺はどうやら井蛙か何かになってたみたいだなぁ」
ログの目の前にはアダマンタイトの大剣が置いてあった。
店を出る際、行き悩んでいる様子のログへの道標になればと志人が二人に譲り渡した物だった。
「でも、諦めないでしょ? いや、諦められないよね、ここまでお膳立てもして貰ったんだもの」
「おうよ! これを調べて、すぐに追いつく……いや、追い抜いてみせるぞ!」
志人達が居た頃とはまるで違う、おっとりとした雰囲気を醸すエレノアはログに優しく声を掛け、
それに答えるようにログは奮起し、また大きく笑い声をあげた。
「まったく! また忙しくなっちまうな!」
「ふふ、そうね」
周りの店はとっくに閉まっており、夜の帳が下りる中、
二人の笑顔でこの店は一日を締め括ったのだった。