⑥ オークの悩み 前編
何処からか聞こえてくる鳥の囀り、窓から刺す日の光が射し込む部屋で眩しさから目が覚める。
オンラインゲーマーの朝は母よりも早し、当然である。
寝ていないのだから。
メンテナンス日になれば完了後に来るであろうイベントを予想したり、思いを馳せたり。
曜日限定のゲリラミッション等に参加していた。
だが今は違う。
そんな事をする必要も今は無いし、尚且つゲームが出来ない。
ゆっくりとベッドから降りると身体を伸ばし、スッキリした顔で窓からの景色を眺める。
普段であれば窓から見える早朝の奥様達のゴミ出しと、
疲れた肩で歩く通勤途中のサラリーマン、犬の散歩をする爺さん婆さん、
ゴミ袋を突くカラスしか見えなかったはずの景色はそこには無かった。
そこから見えたのは多くの種族が暮す街、活気あるミスタディナの朝の風景だった。
「さてと」
俺は椅子に掛けたままのだった上着を羽織ると部屋から出る。
「新聞……は無いんだったな。ん?」
まだ眠いままの目を擦り、階段から降りていると一階のリビングが賑やかなのに気付いた。
「扉を開くとそこは……、って事は無かったけど」
俺がリビングへ行くと、
まず目に入ったのは向かい合って床に座り喋っていた二人
「志人さん、おはようございますー」
「ん、あぁ……おはよう。マイもおはような」
「おはよー!」
「で?」
そこに居たエルとマイに朝の挨拶をした俺は、
ソファで横になって何かを読んでいるもう一人の後ろから見下ろす。
その気配を感じたのか彼女は後ろを見る。
「なによ」
「昨日寝る前に戸締りはしたはずなんだけど、何処から入ったんだよ」
「普通に昨日からいるわよ?」
「なんで? どうやってだよ」
「なんでって普通に玄関から。アンタ私が居なかったら死んでたのよ?」
エメラだった。
昨夜俺がこの屋敷の購入手続き等を終らせた後の話になるが、早速温泉に浸かった。
そのまま湯船で寝てしまっていた俺をエメラが発見し、
湯船からエルと二人で救出し、
その後の介抱をエルがしてくれたのだとエメラから聞く。
「疲れていたのはわかりますが、もうちょっと気を付けて下さい……」
エルは頬を赤くし、俺に注意してくる。
「ごめん……。それとあんたも有難うな」
「別に。あそこに居られると邪魔だったからそのついでよ」
「でも俺を助け……邪魔ってなんだ?」
「当たり前でしょ。アンタが入りっぱなしだと私が入れないじゃない」
何を言ってるの、とばかりで悪びれない顔でのたまう彼女は、
何かの雑誌を読みながら、腹を掻いている。
「まぁ良いけど、羽毛はちゃんと掃除してくれるんなら」
「そんな簡単に抜けないわよ!」
「いや、翼があるんだから抜けるだろ。季節の変わり目にこうスポッと」
「そこらの鳥と一緒にするなあ!」
「ま、まぁまぁ……」
「私エメラの羽根欲しいなー」
言い合う俺達の仲裁に入ってくるエル。
いつの間にか抱きついていたマイがエメラの腰にある翼を撫でていた。
それから暫く後、四人でエルが持参した茶葉で入れた紅茶を飲んで居ると、
「それにしても、前の奥様が置いていったままの家具しか無いから、どうしても殺風景ね」
ソファに空いた虫食い穴を弄りながらエメラがこぼす。
「仕方ないだろ。昨日はここを買うって言って書類やらなにやら書かされて。
終ったと思ったらもう夜中だったしな。っていうかそこを穿るな」
「なら今日は買い物に出かけませんか? 昨日はゆっくり街を案内する事も叶いませんでしたし」
「エルが案内してくれるのか?」
「私も行くー!」
エルの提案にマイも乗った。
会話に入らないエメラを俺は不思議に思っていると、
「私にも付いてきて欲しいっての?」
「そういうわけじゃ……」
「そこまで言うなら仕方ないわ……。頼りないアンタをこの二人だけに任すのは気が引けるし、
忙しいけど! 仕方なく私も付いてってやるわ」
俺の言葉に言葉を被せる彼女。
エメラはなにか魂胆があるのか悪い笑みを浮かべ、エルは苦笑いを浮かべていた。
屋敷から出て坂を下り、商業区へと出る。
昨日と変わらずの活気を見せる商業区は最早この街の顔と言っても良い物だろう。
行き交う人々の多さも然ることながら、飛び交う声の量もまた凄まじい物だ。
「すごいな。普段からこう賑やかなのか?」
「はい、いつもこんな感じです。まだ朝も早いので夜に比べるとまだ少ないほうですが」
「へぇ。……あれ? エメラとマイは何処行ったんだ?」
いつの間にか付いて来た筈の二人は姿を消していた。
エルと二人で探していると、すぐにエメラを見つけるが、俺は声を掛けなかった。
と、言うのも、
「あれが皮を被ったエメラか」
「はい……。私の知るいつものエメラ様です」
そこに居たのは商人や街の人々に囲まれているエメラの姿だった。
普段の態度は何処へやら、キリっとした顔で色々な種族の者の言葉に耳を傾けている、
志人が初めて見るエメラの領主としての姿だった。
「……放っておこう。あっちは心配無いだろうし、マイを探そう」
「はい!」
商業区を暫く歩いていると次第に商業区は表情を変え、
焼入れの音、赤く熱せられた鋼を叩く音が聞こえる区画へと入る。
「ここは武器とかを取り扱うのがメインっぽいな」
「そうです。ここはドワーフの方やオークの方達が武器を作り、
それを売り生計を立てていらっしゃいます。」
「ドワーフはわかるが、オークって……色々とすごいなこの世界、いやこの街は」
俺の言葉に満足そうにするエル、
そして、いつの間にか俺達二人の後ろに何者かの影が差す、
「兄ちゃん、あんた冒険者かい?」
エルと二人で肩を並べて街を散策している中
何者かが声を掛けて来たのだった――