④ 妖精も出す物は出すんです。
――あれから数時間歩き続け、眩しすぎて上を見る事も出来なかった空が赤い空色に変わっていた頃、
「あ、見て見てー」
「着きましたね」
前方に見覚えのある街を見つける。
街と言うにはあまりにも大きな、一つの国と言っても差し違えないような、
夕焼けにより、赤く染まった、音に溢れる街『ミスタディナ』を。
「ミスタディナか」
ここに俺は何度も来る機会があった。
知っている街で、良かったと俺は純粋にそう思った。
「うん! 知ってたの?」
「ああ、此処までの道のりは本来移動できるマップじゃないはずなんだけどね」
マイの問いに俺はそう答えた。
俺はかつて、この街を何度も見てきた、グリモアで。
「志人さんが仰っていた、例のゲームという物ですか?」
「うん、俺が遊んでいたゲームにもこの街はあったんだ。
だけどあの洞窟からここまで歩いてきた道は本来歩く事が出来ないように処理された道だったんだよ」
と言うのもメタな話になるが、
今まで俺達がここに着くまでに歩いてきた道はグリモアの仕様で歩く事の出来なかった場所であり、
本来は正規ルートでしか着く事が出来ない街だ。
まぁ、ゲームによるが、無理にショートカットなど試そうものなら、
下手すれば地形にはまって動けなくなる、所謂スタックの原因にもなりえた。
「えー! そんなの楽しく無いでしょ! 近道とか見つけるのが楽しいのに!」
「まぁ、仕方が無いんだよ、言ってしまえばそこもゲームだったからなぁ」
「ふーん、ゲームって面白そうだと思ったけど、なんか窮屈なんだねー!」
「身も蓋も無い……」
俺がマイの感想に苦笑いを浮かべていると、
エルが話を振って来る。
「では、もうこれから領主様の所まで参りますか?」
「え?何で領主に?」
「住む場所を借りるにも、領主様の認可が必要になってくるんです」
「あーそう言う事か……リアルもこっちも、そこは変わらないんだな……」
本来ゲームとは非日常を楽しむ物である、が、この世界に来てからはどうも現実感が凄まじい。
何とも言えない感覚を味わっていると、
先ほどから視界の端でごそごそと何か整理していたマイが立ち上がった。
「お兄さんはエルに任せてもいいー? 私は依頼品を納品してきちゃうよー!」
「あ、はい、マイさん一人で大丈夫ですか?」
「だいじょぶだいじょぶ! これでも私はドワーフだからね! じゃ! 行ってくるー!」
身体には不釣合いな程に大量の鉱石で大きく膨らんだ革袋を軽々と背負うと、
マイはたったと走って何処かへ走って行く。
「ではそろそろ私達も参りましょうか、そろそろ時間も時間ですし」
「あ、うん、道案内よろしく頼むよ」
「気になさらないで下さい、お約束ですしね」
俺がそう言うのに対し、幾度となく此方を癒してくれた笑顔で返すと、
エルにとってはこの街は勝手知ったる街、俺を連れ、目的地へと案内をし始める。
「……良い所だな」
目的地への道中、屋台テーブルで様々な種族が酒を飲み笑い、時に肩を組み歌い合う人間種の男性とオーク種の男性の姿等が見える。
様々な種族が親交を深めているその様子を見て、志人はポツリと零す。
「ええ、本当に……苦労もする事はありますけど、それ以上に暖かい街なんですよ」
「そうみたいだな……いやさ、ゲームでもさ、ここは何度も来た事あるんだ。だけどさ。その世界では皆NPC。中身が無いんだ。決まった事しか喋らないんだよ。
だけどこの世界に来てまだそんなに時間は経ってないけど、皆に生活があるし、ああやって種族も違うのに笑ったりしてる所を見ると、
自我っていうか心っていうか、そう言うのってすげぇなって思うよ」
こちらに来てからというものの、どこかまだ緊張していたのだろうが、ふと見た露店に並ぶショーケースに反射する自分の顔が明るい物になっていたのに気がついた。
「さぁ、着きました。ここです」
コの字の構えをした館の前に着くとエルはそのまま門をくぐり館の扉の前で止まった。
「ここか。でもこの扉の横にクエストの紹介をしてくれる商人が居るだけで特に何も無かったはずだけど……」
「そうですね、夕方頃までお仕事の紹介をしてくれる方は居ますが、もう時間も時間ですし、帰られたようです。
さぁ、参りましょう」
公務員かよと内心呟きつつ、エルに館に入っていくエルに付いて行く。
入ってまず目に入ったのは二階に続く幅広な階段、金の刺繍がされた赤い絨毯で中央を飾っている。
そして左右を見るとこれを壊したら年収が飛ぶ云々の言葉を浴びさせられそうな、花瓶等の調度品の数々が並ぶ通路が左右に続いている。
「領主ってもしかして傲慢な貴族かなにか?」
「とんでもないです! 皆様の事を親身になって考えお仕事をなさっている素敵な方ですよ!
、お姿も大変綺麗な方で不浄な所が何一つ無いのではないかと噂されるくらいなのです!」
そんな恐れ多いとまで言い出しそうな勢いで俺に迫る。
エルの口から、出るわ出るわの賞賛の言葉の数々。
「ここにある物は領主様に対し街の人達が良心から贈った物達なんです!」
「す、すまん。で、その領主様は何処にいるんだ?」
入らぬ藪を突いてしまったかなと後悔をしていると、
右通路の方から水の流れる音が聞こえて来る。
音の方を見ると二つ並んだ扉の内、手前の扉が開いた。
耳の辺りから伸びる羽が特徴的な紺色のオフィススーツのような物を着た妖精種の女性が出てきた。
妖精種は種の中にまた種がある、
その中だと彼女はセイレーンのようだ。
「あーもう……紙くらいだれかちゃんと補充しなさ……」
どうやら今出てきた所は女性用のトイレ。
俺達の存在を確認すると、その彼女は固まった。
「あら、エルじゃない、こんな時間にどう致したの?」
さも、何も無かったかのように硬直状態から戻った彼女はエルに言葉をかけるが、
エルはその彼女に聞いてしまった。
「あの今トイレに……」
「トイレ? 何のこと?」
「でも今紙を補充とか……」
「その様な事を私が言ったかしら?」
「俺も聞いたな」
しらを切ろうとする彼女に俺が喰い気味でたたみをかけると暫く静寂が場に流れる、が
暫く無言だった彼女がそれを切り裂いた。
「良い? 妖精は、ウ○コなんて、出さないわ!」
館で大いに響いたであろう叫びを上げた彼女のその姿を見てエルは口を噤むが、
「そうかそうか……すっきりしたか?」
俺はその限りではない。
「ええ! 勝ったわ……!」
それに思わずガッツポーズをグッと決め、彼女は答えてしまったかと思うと、身体を震わせ、
「妖精だって物を食べれば出す物出すわよ! 誰よ! 妖精がウ○コしないって言い出したのは!
何なら金の水だって出してやるわ! え? なによその顔は!
その年じゃもうただのおしっ…… うるさいわね!
とにかく何処かの馬鹿のおかげで世の同じ種族の女子は殆ど便秘よ便秘!
肌荒れるわ! 責任取りなさいよ!」
いかにもキャリアウーマン然とした姿の見目麗しいセイレーンが
キレたかと思うと半泣きで俺に絡んできた。
聞きたくもない愚痴を聞かされ、エルは彼女を見て固まっていた。
カオス以外の何物でもなかった。
「あー。なんか御免」
「……」
その状況の異様さに俺は謝るが、その横で相変わらずエルは硬直中。
ぎゃあぎゃあとまだ喚いている彼女を一先ず置いて、
俺はエルの肩を叩くと気になった彼女の事を聞いてみる。
「んで、この残念なお姉さんは誰なんだ?」
「この方がミスタディナ近辺全ての領地を治める、セイレーンのミサディ・クー・エメラ様です。」
俺の中の領主のイメージが崩れた瞬間だった。