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この異世界はOneTapで!  作者: 香取ユウ
10/11

⑨ お姉さんです

 ほんの少し時間が進んだ。


 エメラを送り出した後、朝食を摂り終った後、風呂で寝汗を流し、開けた窓から入る涼しい風に当たりながら庭を見ていた。


 庭を眺めていたのに特に理由はなく、本当にただぼーっとしていただけだったが、

 風呂上りの身体の熱を、開けた窓から入る風が冷まして行く心地よさに軽く寝てしまったようで、


 目を覚ますと暖炉横に掛けられた時計を見てすこし驚いた。


 エメラを送り出した後から、まだそう経っていないと思っていたが、今はもういつもの昼飯時になっていた。


「ちょっと寝すぎたかな。だって暇なんだもんなぁ……おぅ? まぁいいや、とりあえず昼飯を食いに行こうかな」


 一人掛けのソファから立ち上がり、変な体勢で寝ていたせいか体を伸ばすと骨が鳴った。


 そのまま玄関から外に出る。


 どこで食べるかは悩む事は無い、最初からどこにするかは決まっている。


 こちらに来てまだ間もない頃にマイの我儘でちょっとした騒ぎを起こしてしまった酒場だ。


 あの日から昼か夜、毎日どちらか飯時になると、その酒場で食事をするようになっていた。


 出される料理はどれも量も多くて美味いし、配膳をするあの獣人の娘の姿を見るだけでも癒される。頭を撫でるのも既に習慣になっている。


「よし、おかしい所は……無いな。今日は何にするかな」


 玄関から出ると鏡代わりに窓に反射した自分の姿を確認した。


 短パンに半袖Tシャツのままでいいだろう、多種多様な種族の住むこの街では特におかしいと思われる事もないだろうし、もっと斬新な服装をした奴なんて珍しくない。


「ブーメランパンツのエルフの男なんてのが居たくらいだしなぁ」


 ある時、件の酒場で食事を摂っていると、相席になったとあるエルフの男性と話す機会があった。


 この世界でも美男美女しか居ないとして有名な種族だ、当然顔の造形は完璧だった。


 だが彼が先に食事を終え、別れを告げ席から立ち上がった時、飲んでいた水を吹き出しそうになった。


 上は革製のシャツを着ていた彼だったが、下はブーメランパンツ一丁だった。


 ログではないが、自分もエルフという種族が分からなくなった瞬間だった。


「あれは卑怯だろ……。狙ってやってないにしてもあれはこっちを殺しに来てた……っと」


 こぼしながら屋敷の施錠をし終えた後、忘れ物が無いか確認をする。


「鍵も持ったし、財布もー……持ってる」


 要らぬ騒動を起こさないよう、あれからリンドを予め革袋に入れた物を財布として持つようにしている。


 手で確かめると、ちゃんとそれが腰から下がっているのを確認できた。


 忘れ物もないみたいだしもう向かおう、そろそろ急がないと昼のランチメニューに間に合わない。


「ランチメニューのくせに昼になってから一時間程度で終っちまうんだもんな……。こっちもリアルも、よく分からないね、本当」


 どうして昼限定のランチメニューを謳いながら注文の出来る時間は短いんだろうか。


 リピートを聞かせようとするなら悪手にも思える。


「え?」


 なんて事を考えながら屋敷の門から出た辺りで妙なものを感じた。


 此方をどこからか覗いている、誰かの視線を。


 周囲を見渡しても人の姿が無い。ご近所の皆様方はいらっしゃらないのだろうか。


 いつもの喧騒はどこへやら、まるで自分が神隠しにでも遭ったかのように場は静かで、より一層その視線を不気味に感じさせた。


 え、やだ怖い。


「誰か居るのは分かってる。俺には優雅な食事が待っているんだ……用があるならさっさと出て来い!」


 その視線の主にそう叫んだ。


 誰が見ても完璧な形であろう、クラウチングスタートの体勢で。


 厄介ごとは逃げて避けられるならそれが一番だ。


「本来出てくるつもりは無かったんだがなぁ」


 この俺の素晴らしいフォームに何かを感じたのだろうか。


 視線の主が正体を俺の前に現す。


 顔を布切れで隠しているが聞いた声と体格からすると男だ。


「誰だアンタ」


「数日前、ある商人から馬鹿高い鉄槌を買った男の話を聞いてな」


 此方の問いに返すことなく続ける男。この男からは何処かキナ臭さを感じる。


「酒場でお前の居場所を聞き、昨日の夜から張ってたわけだ」


「それはそれは長い間、お疲れ様でした……とは言わない。俺に何の用があってそんな真似してた?」


「なぁに、気になってちょっと調べてたんだ。……この街に来た初日から既に屋敷持ちだって言うじゃないか」


 そう言うと男は腰から下げていたものを目と鼻の先に突きつけてくる。


「いい所の坊ちゃんって訳でも無いだろう? 何をしたか教えな」


 鉈だろうか、だがサイズは普通じゃない。大鉈とでも言うような代物を男は此方に見せ付けている。


 が、何故かそれを見て恐怖ではなく、自分がただ冷めて行くのが分かる。


「有り金全て置いて行くだけでも良いぞ、さっさとどちらか選べ」


 目の前に突き出されただけだった刃、男がそう言うと同時に今度は首元に添えられた。


 今はまだ肌に当てられているだけだが、その大鉈を持つ手を引かれたら終わりだ。


 そんな状況なのに、気分は至って平常通り。


「黙ったままなのは勝手だが……」


 ゲームで死ぬのとは多分、訳が違う。


 せめてこの世界に来た時に引き継がれたステータスと同じように、

 取得していたスキルも引き継がれていたら楽に事は済んだだろうが、残念な事に一つもない。


「何時までも待っていられるほど俺も余裕があるわけじゃないんだ。そのまま黙ってるつもりなら……」


 一人考えている最中に先ほどからこの男、喧しすぎる。


 沈黙を極めていた志人はその男に頷き、話していた男の間に挟むようにして答えた。


「……分かった。」


「漸くかい。へへ、それが賢明だぁ」


 俺の返事に男は満足したのか手元が狂ったのか首に当てられたままだった刃が動き、薄皮一枚を裂いた。


 男はその事に全く気付いていない様子だったが、やられた本人である志人は


「だが刃は退かしてもらおう。お前ご希望の情報を知る人間は俺だけ……」


「あん……?」


「もし内容を話す最中、今と同じように少しでも刃が当たるような事があれば俺は反故にされたと俺は判断する」


「へっ、なんだ、ガキが何を言うのかと思えば……」


「そして反故にされたという考えに至った俺は、教えても今のようにどうせ反故にし、お前は俺を殺すだろうと考え、それなら……と、俺は死ぬまで喋る事は無いだろう」


「そっちを選んだ場合、俺を殺した後お前が手に入れるのは、俺の腰に下がる革袋に入る程度のリンドと、人殺しの汚名だけだな……」


 と先ほどまで男を前に黙っていた志人は一転、言葉多く、挑発するような言葉を混ぜ男に言う。


 そんな志人に相手が激高してしまった場合はもう終っていただろう、その時点で俺のやりたい事が出来ず失敗しただろう、


「……」


 が、その言葉に無言で返した男は志人の首から刃を退かし、半歩下がった。


 志人の生存はこれで確定する。


 男が下がった事を確認した志人は、口早に何かを唱える。


 魔法ではない。


「手動から音声操作に変更、インベントリから装備タブ、昇順で重量順に変更」


「? 何を言ってるんだ?」


 志人が一体何を言っているのかさっぱり理解できない男は志人にそう聞くが、

 彼はその問いに答える事無く続ける。


「装備タブ最上段から二本、スイッチにセット。設定終了」


 男はただ呆気にとられている。


 そんな男へ作業を終えた志人が言う。


「これで終ったよ」


「……なめやがってこの糞餓鬼が!」


 だが志人の言葉で、男はハッタリをかまされたとでも思ったのか、

 怒声と共に両手でしっかりと握っていた大鉈を力任せに振り下ろした。


 が、刃が志人に届く事は無かった。


「スイッチ」


 志人がそう口に出した時にはもう彼の手に握られていた一本の短剣によって。


「あぁ!?」


 一撃を志人に受け止められた男が目を見開いている。


「そんなもんどっから出しやがった!」


「どうでもいいだろ……さぁ、もう分かっただろ? 俺は追わないから何処か別の街にでもいきなって」


「うるせぇ……。何をしたのか知らねぇが次で終わりにしてやる……」


 咄嗟の事に彼から距離を置いていた男だったが、志人の言葉に耳も貸さず、


「潔く死んでくれやぁ!」


 志人へと踏み込み、叫ぶと同時に男は、彼に斬りかかった。


 男の斬り込みに一溜りも無かったのだろうか、志人は血に濡れていた。


 だが、その身は一向に地に伏す事も無く、男の前に立ち続けている。


 どう言う事だ、何故立っていられる? と男は目を瞠っていた、が


「あ゛あ゛ぁ゛!?」


 何が起きたのか、起きているのか、男は気付いた。


 なるほど、血に汚れてはいるが、志人は首の小さな切り傷以外何も怪我を負っていない。


 そして男は見つけた。背後数メートルの所に地面に突き刺さっている物を。


 男の大鉈だった。


 どれほど強く握っていたのだろうか、


 柄には、男の物だろう()()()()()()()()()()()()()()


 握るべき武器が無い以前に、肘から先が無い。


 男が斬りかかった時にはもう、男が叫んだ頃にはもう、終わっていたのだ。


 短剣ではなく、持ち替えられた長剣によって。


 鉈が吹き飛んだ時にでも何処かに刃が当たったのだろうか、

 顔を隠していた布は男が地面に崩れると同時に頭から滑り落ち、男の素顔を露にした。


 その顔は痛みと恐怖から止まず流れ出る涙と鼻水で形容し難いものに。


 口からは絶え間なく溢れる涎を垂らし、呼吸も荒げ、時折、蚊の鳴くような掠れた声で、襲う激痛に悲鳴を上げている。


「あの時渡した代金で満足すりゃよかったものを……欲を掻いた代償、でかかっただろ?」


 男を見下ろし、開いたままだったウィンドウの一つに長剣を入れた後、全て閉じる。 



「さてと。エメラに引き渡すかぁ」


 腕を失くしてはいるが、この男は重要な証拠なのだ。




 相手は怪物などではなく、悪人とはいえ同じ人間だった。


 人間相手ではあったが腕を断つ際、何も感じなかった。


 当然ながら自分が生まれ育った元の世界ではそんな場面に立ち会った事など一度も無い。


 もしかしたらこの異世界が現実の物では無い、所詮はゲームの世界だ、と思っている所が大きいのかもしれない……


 なんて事を考えていたら。


 いつの間に這って移動したのだろう、男は逃げるつもりだったのだろうか、距離をとっていた。


「さぁ、行こうか」


 俺はそう言うと男に近付く。追い詰められた男は喚き出すが、構わず片足を掴む。


 領主館へ行こう。


 欲に負けた商人の成れの果てを引き摺り始める。


 両腕を切り落とした事を、俺に呪詛のようにぶつけて来るが、何も感じない。


 なるほど……一切の不正を許さないグリモアで、

 リアルマネートレード利用者やチーターと言った不正プレイヤーを見た時と同じ感覚だ。


 だとすると、今のこれはエメラを運営だとするとこの男は問い合わせの際に添付する証拠データって所か。


 納得した。


 そういや昼飯を食い損ねたな……

 まぁでも、どうせ血で汚れた服も何とかしないと行く先々で誰かに悲鳴を上げられかねない。


 酒場には今日の夜にでもエルとマイを連れて行こう。

 エメラは……、まぁ呼ばなくても付いてくるし、アイツは適当でいいか。


 そんな事を考えながら血塗れのまま館まで男を引き摺っていった。


 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「アンタなにをしてくれちゃったの!?」


 領主の館の入り口で立つ血濡れの志人、

 そして彼がここまで引き摺ってきたのだろう、両腕を無くした男。


 部下から一報を受け、自室から飛び出して来たエメラの第一声がそれだった。


「飯食いに行こうとしたら屋敷の前で脅されて……。あ、でも一応最初に手を出したのはコイツで……」


 どういった事が起きてこの状況なのかをまだ把握出来ていないエメラが目を白黒させている。


 そんな彼女を見た志人が一旦言葉を切り、彼女に謝るが。


「あーその……ごめん?」


「ごめん? じゃないわよ……。こんな目に遭わせたのはアンタってのは分かったけど……」


 そう言って手に肘をついて目の前に横たわる商人の男を見て悩んでいたエメラに詳しく事情を話す。


 この男はかつてマイが駄々を捏ねエルを困らせた槌を売っていた商人だという事、

 多分高額だったそれを易々と購入して行った俺に目を付け、今日俺に強請りを掛けたという事等を。


 それにしても腕の切断された男を床に転がしたままにしているがいいのだろうか、

 まぁ俺がそうしたのだけど。


 そのせいで男を見た職員の中に、今にも失神しそうな職員の女性が四人ほど居た。


 お姉さん達、すまん。



「大体分かったわ……。それにしても、アンタって……普通、そんな次々と問題なんて起きないわよ?」


 俺に同情の目を向けながらそう言う彼女に、お前も起こしている側だからな?


 とは言わないでおく。ギャーギャー喚かれるのが目に見えているからだ。



 さっさと本題に移りましょうと、彼女は足元に転がっている男へ目を移す。


 騒ぎすぎて喉が潰れたのだろうか、話をし終えた志人を憎憎しげに血眼で睨み付けている。


 自分が招いた結果だろうに、全く盗人猛々しいなぁ。


「とりあえず。こんな男を街に入れるような真似をさせた門番は後で何かしらの処分をしないといけないけど、先にこの男ね。はぁ……」


 エメラがそう溜息と共にこぼした。


「ん、俺やりすぎたか?」


 男に対し、ではなくエメラにそう聞くと、


「アンタねぇ……何も喋るネタなんて無かったんでしょ? そうしなかったらアンタが殺されてたんだから、そんな事アンタが気にする必要はないの」


 呆れた表情を浮かべながらエメラは俺に言って聞かせる。


「ここに来て一月も経って無いけど、それでもアンタはこの街の住民に代わりない。

 今回は上手く行ったから良かったけど……本当ならそんな危ない事するなと注意してる所よ?

 ……でも今回は不問、他に方法なんてなかったでしょうし、何も言わないわ」


 また次同じような事があったらさすがに怒るけどね、とエメラはそこに付け足す。


「今回、私はこの問題を未然に防ぐ事が出来なかった。それに関しては私が至らなかったせいでもあるわ。御免なさい、そこは謝るわ」


「お前が謝る事無いよ。そもそもコイツが馬鹿な真似しなきゃ良かっただけの話だし、別に俺は気にしてないぞ」


「そう? アンタがそう言ってくれるとこっちとしても助かるわ。さぁて……この男の処遇だけど……」


 暫く悩んだ後、内容が決まったのか男の前に出ると、


「貴方、私の街でこんな事したんだもの。……そうね! この際、首も斬っちゃいましょ」


 と、商人の男へ。


 そう言い渡され、凍ったように動きを止めた男だけではなく、俺も周りの職員達も固まっていた。


 が、そんな周りの反応に、エメラは困ったように笑うと、


「フフ……馬鹿ね。冗談よ?」


「何を言うのかと思ったら……。流石に俺もビビったぞ……」


「だから冗談だって言ったでしょう!? でも……腕も首も、そんなに変わらないじゃない? ねぇ?」


 と、何処までが冗談なのか分からないような事を言い出したエメラが問いかけると、

 話を振られた当の本人である商人の男は、そのままでは本当に取れるんじゃないかと思うほどにその首を横に振っている。


「いやいやいや! お前何言ってんだよ、それは流石に死んじまう!」


 そんなエメラへ向け、俺は反論すると周りに立っていた職員達も頷いてる。


「分かってるわよ、馬鹿ね! ただのジョークよ!」


「真っ黒なんだよお前のジョークは!」


「やかましいわね! 真面目にやれば良いんでしょ? 真面目にやれば!」


 と怒ったエメラは、全くユーモアも理解出来ないなんて……と、こぼしていた。


 それこそ冗談だろ、お前こそ、それを理解出来ていると思っているのかと……



「――とりあえず腕の手当てをしてあげて。その後は地下牢にでも入れておいてくれる?」


 そう指示され、館の職員数名は商人の男を立たせ、何処かへ連れて行く。


 それを見送った後、


「じゃ、アンタもご苦労様。血の臭いが凄いわね……早く何とかしなさいよ?」


 志人へと向き直りそう言うとエメラは、改めて彼の格好を眺めて鼻を摘んでいる。


「分かってるっての。どの道この格好じゃ街にも出られないしなぁ……面倒だけど、風呂にでも入り直すよ」


 血に汚れ、臭うシャツの襟を摘みながら。


 そう言う志人に対し腰に手を当て聞いていたエメラは彼のそれに、分かったと言うと、


「帰ったら私も入るから、浴場は汚さないでよ?」


 と言って自分のオフィス、と呼んでも良いのだろうか部屋に帰ろうとするエメラに、


「分かった。今日は助かったよ、じゃあまたな」


「はいはい」


 俺の言葉にそう返したエメラとは反対に、俺は館から出て行った。


 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「ふぃー……」


 屋敷に戻るやいなや、体に付いた悪臭を消す為に、エル手製の石鹸で臭いを断った後、本日二度目の温泉に浸かっていた。


 自分の想像以上に乳酸が溜まってしまっていたのか、それとも単純にこの温泉の効能なのかは分からないが、今日一番負荷がかかった腕を中心に、疲れが解れていく。


「溶ける……。ぶっ……」


 湯船でぷかぷかと体を漂わせているとその心地よさからついウトウトしてしまい、顔を湯に付けてしまった。


「……そろそろあがろう」


 このままでは屋敷に住む事になった初日の二の舞になる所。


 あの時は第一発見者のエメラにしっかりと俺の全裸を見られてしまったのを思い出してしまう。


 今ここに彼女は居ないが、今になってこっぱずかしさを覚えるが、


 そんな自分を介抱してくれたエルもエメラと同様そんな彼の姿を見た人物ではあったが、その事にまだ彼は気付いていなかった。


「エアコン、クーラーなんて無くてももういいかぁ……」


 風呂から上がった後、志人は昼同様、庭に臨む窓を全開にするとそちらへ向けたソファに掛け、清涼な風に身を晒し、ぼーっと涼みながら今日を振り返っていた。


「レベル9……そういや、こっちに来て初めての戦闘だったんだよな」


 引継ぎの恩恵により、現在のステータス数値の横に、一週目で得た最終ステータスがボーナスとして加算されていた。


 が、モンスターとのエンカウント等も無く、今日まで変動を見せなかったレベル。


 それが今ではレベル9まで上がっている。


 レベルが上がった事に喜ぶ反面、


「あの商人経験値結構持ってたんだな……。にしても、おかしい。何で何も覚えないんだ?」


 ゲーム(グリモア)はキャラクターを作成してすぐであっても種族別の共通スキルを覚えていた。


 だが、志人が此方の世界に来た時からスキルを一つも所持をしておらず、大幅にレベルが上がった今もスキルリストに変化は無かった。


 昼間、志人が男の腕を瞬く間に斬り飛ばしたのはスキルでも何でもない。


 一部システムを利用し、応用しただけの、ただの小技。


 スイッチング、


 登録した武器、防具、スキルを瞬時に使用、換装する事が出来るショートカットと殆ど変わらない、ゲーム上のシステムであり、仕様。


 ショートカットとの違いは音声認識からの操作が可能な点ともう一つ、()()()()()()()()()事。


 そのお陰か、使い方次第で一振りで登録されている武器の数と同じだけのHIT数を加算する事が出来、公式チートとも呼ばれていた程。


「使えなかったらそれこそ本当に殺されてたぞ俺……」


 いつになったらスキルを習得するのだろう、もしかしたらこのままっていうのもありえる。


 この世界に来てしまったのは多分俺だけじゃない筈……


 他のプレイヤーも同じなのだろうか、それとも俺だけなのか?


 今日はまだ良かった、相手は手練という訳でもなかったから上手く行った。


 だがそれが強者になった時には多分変わるだろう。


 それまでには一応何か編み出さなくては……



 最早縛りプレイだな……と愚痴をこぼし天を仰いでいると、

 玄関の扉をノックする音が聞こえる。


 そのまま扉へと向かわず窓から庭に出て確認すると……


「あ……」


 来客者はこちらからの視線に気付いたのだろう、


「こんばんわ、志人さん」


 扉の前に立って居たのは、夏だというのにコートを羽織っていたエルだった。


「ん、こんばんわ。暑くないか?」


「私、冷え性ですので……」


「そ、そっか」


 もう薄暗くなって来ているとは言え、夏の夜は蒸し暑い。


 それはこの異世界であっても同じのはずなのだが、エルはフードまで被っている……


 血の巡りが悪いのだろうか。


「それで? 今日はもう店の方はいいの?」


「はい、今日もあまり売れませんでしたけどね」


 と、本来なら店を構える者としては困った顔を見せる所なのだが、彼女は笑っている。


(やっぱりエルのような商人の方が好感は持てるな……)


 と商人の男を思い出していると、表情を一変させ、何故か頬を膨らませる。


「ど、どうした? そんな怖い顔して……」


「エメラ様に聞きましたよ……?」


「聞いたって……。あー俺が襲われたって話か? ごめん、心配させたかな?」


 それなら申し訳ないなと思ったのだが、どうやら違ったようで……


「そうです、酷いじゃないですか志人さん。そんな事があったなら私にも頼ってくだされば……」


 そんな事出来る状況じゃ無かった……無かったが。


 もしそんな選択肢があったとしても、自分はそれをしなかっただろうと彼女に伝えると、


「……私は志人さんよりずっと年上ですよね?」


「ああ、そうだね」


「そして、志人さんはそんな私をちゃんと年上としてちゃんと接してくれていますよね?」


「まぁ、目上の者はとりあえず敬うってのは当然だとは思ってはいるし……」


 エメラは別として、だが。


「と、いう事は私は志人さんのお姉さんという事ですよね」


 とんでもない事を言い出した。


「うん。……うん? 何いってんの?」


「ですから、私は志人さんのお姉さんです!」


 あれ? それはもう決まっちゃった事なのか……


 それは兎も角、と受け流し、俺は気持ちを切り替えて真剣な顔をエルに向けた。


「さすがに今日みたいな事がまた今後起きたとしても自分で解決できるなら解決すると思う」


「そうですか……」


 別にエルに限った話ではなく、エメラ、絶対に無いだろうがマイが、

 万が一彼女達に頼った挙句、怪我の一つでもさせてみろ。


 事を終らせた後でも、俺はそれを一生後悔するだろう。


 と、俺が思った上での言葉だったのが、エルは残念そうに眉を八の字にしていた。


「あー……まぁでも他の事だったら……今まで通りエルに頼る。それで良いだろ?」


 要するに今までと変わらないだけなのだが、それでも彼女は嬉しそうにしていた。


「はい、分かりました」


「逆にエルも、何か困った事が起きた時は必ず俺を頼ってくれ。呼ばれれば直ぐに飛んで行くから」


 やはり、どのゲームであっても、移動系のアイテムは偉大。


「遠慮して呼ばないって事は無しだぞ? エルに教えた通り、俺が元居た世界のグリモアと同じ、友人が俺を名指しで喋った場合、俺に全て聞こえるようになっているんだから」


 チャットウィンドウのフレンドタブにチャットログとして残るだけなのだが……


「わかりました、その時はお願いしますね?」


「絶対だぞ? ……それで、結構長くなっちゃったけど、それだけを言いにここにきた訳じゃないんだろ?」


 この話はここで終わりにするが、わざわざ屋敷に来たのなら別に用件があるのでは。


 と彼女に聞いてみる、


「そうでした! 志人さんがまだ予定が無ければ私とマイさん、エメラ様もお呼びして、ご一緒に御夕飯でもどうですか?」


「おお!」


 昼は件の酒場に行き損ねたが、夜こそはと思っていたので丁度良かった。


「はい、もし宜しければ……」


「エルはもう夕飯の仕度は終ってるのかな」


「いえ、まだなんです……。お店を閉めてからそのまま志人さんの所に来たので……」


 と、困りながら、そしてどこか照れながらエルが言う、何処か艶っぽさを感じる。


 こう言う所をエメラは見習うべきだなとエルを見てそう思った。


「ならマイも呼んでまたあの酒場に行かないか? 行きたいのは俺の我儘だから、今日は俺が出すよ」


「今日も! ですよ? 志人さん、私が自分の分を出すって言っても聞かないじゃないですか」


「嫌か? 本当に嫌ならやめるから……」


「嫌って言うより、申し訳ないんです。私、弟にお金を出させているんですよ?」


 額に手を当ててエルが溜息をつく。


 まだその設定は続いてるのか。


「あの一件から余所余所しいマイの事もあるし、なるべく糸口を……ってのもあるんだよ」


「でももうずっとですよ? 最近マイさんのほっぺがぷにぷにしてきてるんですから……」


「そうなのか? 子供は良く食べ、良く寝る。まだ子供なんだからそこらへんはもう少し成長したら気にしたらいいと思うんだけどな」


「マイさんもちゃんと女の子なんですよ? ……でもマイさんが何も言わないなら、私もとやかく言うつもりはないんです。今のマイさんのほっぺを触るのも最近の私のマイブームになっていますから」


 とエルはホクホクした顔をしている。


 マイのほっぺとやらに少し興味が湧いたが、今は触らせて貰えないだろうな。


 残念だ。


「それではマイさんも今は家に帰ってると思うので呼んできますね」


 エルはそう言うと、屋敷から見て右にある勝手口を通り、自分の家に戻っていった。


 あの扉の先はお隣のエルさん家だったのね……初めて知ったわ。


「あ、そういやエメラどうすっかな……」


 いつも勝手に付いてきていたとはいえ、いつもより早い時間の為、まだエメラは屋敷に戻っていない。


 後でエメラを置いて行った事を知られたら、アイツの事だ、何時までもネチネチと言ってくるだろう。


(有り得る……。一応置手紙だけでも書いておくか)


 彼女に読めるとは思えないが日本語で書いておく。


 こちらの世界の文字は不思議と読む事は出来るのだが、まだ書けはしないのだ。


「よし、これでいいだろ……」


 適当なチラシに書き、それを玄関の扉に貼ろうとしていると、


「ただいまー……何をしているの?」


「は?」


 真後ろから聞こえた声に振り返る。


 声の主はエメラだった。


 今貼ろうとしていた紙を俺の手から奪い、内容を見た後、


「ああ……今日あんな事があったものね……。魔除けのおまじないか何か?」


「違う、俺の世界の字だ」


「分かるわけないじゃないのそんなの……で? なんて書いてあるのよ」


「いつもの酒場に行ってるって書いてある」


「ふぅん……。あ、今日も行くなら私も行くからね」


「分かってるよ……」


 当然のように言う彼女。

 目的は無料酒(ただざけ)だろう、本当に毎日付いてくるなぁ


 飲む量さえキープしてくれるなら文句はつけないんだけど……


 なんて事を思いながら置手紙の役目を果たさないまま終えた紙をポケットに入れ、

 屋敷の戸締りを済ませた後、外に向かって二人で歩いていると、


「あ、エメラ様こんばんわ。もう帰っていらしたんですね」


「……」


 準備を済まし、門の前で待っていたエルと、その後でこちらを伺っている様子のマイが居た。


 相変わらずマイは無口になっているが、思春期だと思えば、可愛いものだ。


 それでも少し寂しい気はするが……


 それとまだエルはコートだった、本当に暑くないのだろうか。


「あら、二人ももう来てたのね」


「はい、先ほど志人さんにお誘いを頂いて……」


 それを聞いたエメラが一瞬動きを止めたように見えたが、気のせいだろう。


「ふぅん……」


「エメラ様?」


「いいえ、何でもないわ。さ、行きましょ?」


「……?」


 そんなエメラを不思議そうにマイは下から見上げていた。


「そう言えばお前、エルに喋ったな?」


「あら、喋らなかったほうが良かった?」


「さっき俺怒られたんだぞ……」


 とエメラと二人、喋っているとエルも会話に参加する。


「何の話です?」


「昼間の話よ。勝手に話すなと言うのよ」


「志人さん、今度からお姉さんである私にもお知らせ下さい」


「分かってるよ……。っていうかいい加減その姉っていうのは……」


「そうよ、アンタの恩人でもあるのよ? 一人だけ聞かされないなんて可哀相じゃ……今なんて?」


「私は志人さんのお姉さんです!」


「ええっ? どう言う事……?」


「えっとですね? 私は志人さんより歳が……」


 エメラとエルが二人して話し出す。


 このままでは店に着くまでからかわれるのが目に見えたので、


 もう知らん、俺はさっさとマイを連れて酒場に逃げよう、と一人、前を歩いて居たマイに声を掛ける。


「マイ」


「……?」


「俺達は先に行こう。エル達は忙しいみたいだから、先に行って席を取っておこう」


「うん」


 手を差し出すもマイは握って来なかった事を残念に思ったが、

 隣に歩いてくれるだけでも、大きな進歩だ。


「そうだ! 店に着くまで今日あった俺の話をしてやろう」


 血生臭い部分は無しで、


「今日の昼にな?」


 白熱している様子の後ろの二人とは違い、まるで絵本でも読み聞かせるかのように、


 志人はマイに酒場に着くまでの間、ゆっくりと、今日出来たばかりの、自分の武勇伝を話したのだった。


いつもより長くなりました……、その割には内容は薄いような……?


そしてお知らせです。


これから暫くの間、不定期更新になります……。


二十二日から全体的に忙しくなってしまうので申し訳御座いません……。


失踪はしませんよ! 構想はいつも頭の中で練っていきますからぁっ



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