① こちら出口の無い物件となっております。
「詰んだ!!」
何も出来ない自分に樋井志人は自分以外誰もいないその空間の中に一人、その声を反響させた。
彼が立っている場所は現実世界の地では無い。
没入型VR-RPG-OLG 『Gramaire-グリモア-』の世界で、
ゲーム自体の物語は『十二の消えた魔道書を取り戻すべく立ち上がる冒険者になって、旅立ち、そして……』と、そんなありふれた感じの如何にもベターなゲームの仮想空間に彼は今、ポツンとIn/outも出来ない状況のまま取り残されているのだった。
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「クリアだああああああ! 長かったあああああ!」
今までプレイして来た、一ヶ月そこいらでプレイがマンネリになってしまう他のオンラインゲーム等とは違い、
本来するはずの面倒な受験勉強もゲームに充てる為、本来やる気も無かった推薦選抜入試をパスし、発売当初からグリモア中心の生活を、俺は歩んで来た。
「いやぁ、高校二年の頃からやって、今じゃもう高校三年……試験も終った……
もう悔いは無い!」
と俺が達成感に耽っていると、
ゲームクリアと書かれていた目の前に浮かんだままだったウィンドウが変化する。
<引き継いで二周目がプレイ可能です 転生パッチをインストールしますか?Y/N>
「おおお!? なんだなんだ!! 憎い演出じゃないか! こういうのは嫌いじゃない……」
ゲーマーの矜持と言うやつだ、ここでやらないで何がゲーマーだと……
「嫌いじゃないぞおおおおおお!」
乗せられるままに、Yを迷わずタップする俺、続いて奇妙なログウィンドウが出てくる。
『プレイヤーの人体構成データ及び、適用可能なパラメータをインストール中...』
「え? そのままクリアデータをセーブして引継ぎで良いだろうに……ぐうっ!?」
突然、頭が、いや、脳を直接殴られたのではないかと思うくらいの衝撃が俺の頭に走る、
それと同時に意識が遠ざかって行くのが分かった。
ただ最後に見たのは、
――『作業を完了致しました』と言う文字だけだった。
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ここに来てどれだけの時間が流れたのだろうか、
出る事も出来ない、と言うよりも、
「いやもうホント、詰みだろ……ログアウトしようとするとエラー吐くし……」
一応、やった事と言えば、
出られそうな場所は無いかと歩き回ったり、湧き水飲んだり、
外へと流れていく水を辿り、出る事の出来るような大きさでない事を知って落ち込んだり、
一応腕を突っ込んではみたものの、
ものの見事に腕はハマリかけたり、魚を捕まえて遊んだり。
無論、それだけではなく、岩壁を何とかしようと殴ったり、岩を動かそうとしたが、
ビクともしなかった。
自分で外に出る事は出来ない、詰んだ。俺の口からは溜息ばかりが出る。
「元はゲームなんだろ……? メニューくらいは開けるんだろうな」
状況を自分で何とか出来ないのなら、今俺が出来る事は何が出来るかの確認だった。
まず判った事は、とりあえずインベントリウィンドウは開いた、
消費アイテムのタブにあるアイテムに軒並み食べ物なら消費期限、
一部の道具等には使用期限が付いてるのが判った。
又、全てのアイテムには重量の設定がされている事に気付いた。
3246/10000 とインベントリのウィンドウの右下には表記されている、
多分これが合計重量なのだろう。
次に装備や消費アイテム等だ、
一週目で手に入った装備は軒並み引き継がれてはいるようだ、
多分弾かれたのだろう、
一部の装備は消えていた。
消費アイテムは基本的に体力やマナ全回復のポーションは使っていないのでそのまま残ってるし、
一週目のラスボスではプレイヤーアビリティで十分だった為、一つとして使わなかった、
だが一週目で使えていたはずのとあるアイテムが一つも無くなっている、
上限までストックしていたはずの各種、自動復活アイテムが。
まぁ、今現在、
幸いな事にこの洞窟内でモンスターが湧いたような形跡は無い。
次はステータスを確認を確認をする、
「おお! 一週目のパラメータがそのまま加算されてる!勝ったな! あーでもアビリティは無い か、スキルも無いし……」
いや、
「幾ら強くても出られなきゃ意味が無いんだよな……」
あの時、特に考えもせずにYをタップしなければこのような事は無かったはず。
項垂れ、深く落ち込んでいると、
カツン、カツン
――石を叩くような音が聞こえる。
「……んー?」
カツン、カツン
まだ聞こえる。
自分しか居なかったはずの世界で、音が聞こえる、
先程まで洞窟の隅々を探したが何も無かったはずだ、
自分以外の何かが、誰かが、硬質な物を叩く音が何処からか響く。
周りを見渡す。
足元にはインベントリから取り出したランタンと短刀が落ちている。
目の前には自然の水路がある、何かが跳ねている。
「あ、魚だ……」
特にこれと言ったような変化は見られない。
では先ほどから鳴るこの音は一体なんなのだろう。
「…え?」
カン、カン
先程まで響いていた音が変わっていた。
「後ろからか?」
先程まで背にしていた壁に振り向く。
岩の壁を掘り進む生物か何かの仕業か、
ただ、それが出来るのはプレイヤーかモンスターだけのはずだ。
クエストを受注しているプレイヤーなら良いが、モンスターなら最悪の可能性もある。
「最悪の場合はここで死んじまうってことか!?」
思わず大声で叫ぶ
こちらに近付いている、先程まで聞こえていた何かを叩くような音は、
今では安いアパートの壁と同じくらいにまで聞こえてくる。
後ろにじりじりと下がりながら身を堅くしていると、
先ほどから鳴り続けていた音が止まる。
「待って、今声が聞こえたわ…」
「えー? 何も聞こえなかったよ?」
「いやでも……今確かに聞こえたような気がするんですけど…」
声が聞こえてきた、それも女の声と思われるような物が二つ。
芯の通った声とふにゃふにゃと何処か能天気にも聞こえる声、どうやら二人は居るようだ。
「おーい! 誰か居ますかぁ!?」
言葉を話すという事は、プレイヤー確定だ、と
モンスターではなくて良かったと安堵したのも束の間、
俺の頭上にある大きな岩が、音を立て始める。
「居る居る! だからもう掘るのは止めてくれ! ヒイィ! 落ちる!」
あれだけの大岩だ、落ちてきたら即ゲームオーバー、もしくは人生終了。
必死な俺は外に居るだろう人間に叫んだ。
「なーにー? よく聞こえなーい!!!」
が、それ以上の大音声で叫ばれたら壁の向こうに居るだろう俺の声など聞こえてなどいない。
大きく頭上の岩が、それどころかこの洞窟全体が重い音を出し始める。
「もっと大きな声で! さーんはいっ!」
嗚呼……そんな大声でなんてまた叫んだら……。
「ちょっと待……ぎゃああああああああ!」
出る事も叶わず、されど強固な作りの我が家(ただの地下洞窟)は、
俺の悲鳴と共に崩落した。