ドラゴンの食事事情
Q.一〇〇人の騎士と一〇人の農奴、ドラゴンはどちらを食べるでしょうか?
「衛。あいつら、あんな所で休んでいるわ」
馬車の轍と馬の足跡の追跡を始めて二日。星高荒野に入って暫くすると“特務魔導師”高峰衛と“深き森の妖精”アナスタシアは目標である盗賊団達が休憩している所を発見した。総勢三〇人程度の盗賊団は規律正しく役割分担をして野営地を作成しており、その練度や馬の数から元々は正式な訓練を受けた兵士達であろうと想像が付く。
最近は魔物の活動が活発であり、その影響で国家間の関係は極めて不安定だ。昨日の兵士が今日の野盗と言うのも珍しい話しではない。彼等にも何かしらのドラマがあるのだと考えると、少々感慨深い物が衛の心に浮かぶ。
「まあ、嘘だけど」
「どうしたの、衛?」
「何でもないさ。女子供は無事だね」
小高い丘に伏せた状態で盗賊達を確認し、衛は満足そうに頷く。今回の依頼は可能な限りの彼等彼女等の回収だ。生きていた方が、報酬もたんまりと貰えるに違いない。
事の発端は、恐るべき死霊術師となった弟を追う途中に立ち寄った町での事だ。小さなその町は盗賊に襲われて被害甚大。若い男は殺され、家は焼かれ、女子供は攫われた。特務魔導師であると同時に極めて間の悪い衛は、そんな彼等に連れ去られた人間を取り戻して来るように頼まれてしまった。どの道、星高荒野には一度立ち入ろうと思っていたので、下見がてらに引きうけた、と言うわけである。
略奪された女子供は一〇人。全員が簡素な手枷で両腕を封じられ、一本の縄で首と左足が結ばれていて逃げ出さないようにされているが、死者はまだ出ておらず無事のようだ。
「手枷を嵌められて縄で繋がれているのを無事とは言わないと思うの」
「それも一理ある」
アナスタシアの冷静なツッコミに彼女の成長を感じながら、衛は盗賊達から女子供を奪い返す算段を考える。もっとも、奪い返すだけなら妖精たるアナスタシアだけでも可能だろう。が、馬を運用しているような盗賊団である。それなりの背景があるに違いない。悪戯に刺激して下手な恨みを買うのも馬鹿馬鹿しい。
殺すなら、証拠が残らないまでに殺し尽くす必要があり、それは少々手間だ。
「あ」
と、衛が作戦を練っていると、アナスタシアが荒野の一方向を指さして呟く。
「ドラゴンが来るよ」
その台詞に、弾ける様に衛は顔を上げてアナスタシアの小さく白い指先が示す先を確認する。枯れ果てた荒野の向こう側から凄まじい速度で向かって来る気配は、確かにドラゴンであった。
捕食者の中でも頂点と言って良い肉食の魔獣。理性を失ったデーモンの成れの果て。最も卑小な物であっても並みの魔法使いと同等の魔法を操り、成長した個体の能力はスフィンクスやエルフにも匹敵する超危険生物の代名詞的存在、それがドラゴンだ。
衛とアナスタシアの二人は共にドラゴン殺しの経験を幾度と持つ一流の魔導師である。が、しかしそれでも二人で何の準備もなくドラゴンと戦っても勝機はゼロだ。若い個体が相手でも最低は一週間、そして二〇人以上の同等の熟練者がいなければ敵うわけがない。
そんな破壊の権化が、荒野に降り立った。
推定年齢は二〇〇歳前後。十メートルを越える体高に、鉱物染みた鱗が並び、捕食者である事を証明する牙と爪は鋭く光っている。
到底盗賊連中に敵う相手ではない。盗賊の頭も一瞬でそう判断し、団員達に直ぐ様逃げる様に促す。広げてしまった野営用の装備は諦め、殆ど裸の馬に乗って真っ直ぐにドラゴンから離れる。素晴らしい手際だ。
が、掴まっていた女子供達はそうはいかない。自由を奪われた彼等は逃げ出す事が敵わない。盗賊団は折角の略奪物であるが、彼等彼女等をドラゴンの餌にして逃げ出すつもりらしい。
「さて。問題だよ、アナスタシア」
「うん」
「武装した三〇人の騎馬盗賊と、一〇人の憐れで無力な町人、ドラゴンはどっちを襲う?」
「あはは。そんな問題簡単過ぎるよ――盗賊団だね」
妖精アナスタシアが衛の問いに応えると同時、ドラゴンは捕虜達を無視して、翼と顎を広げて盗賊団を追い始めた。盗賊団は馬を走らせながら魔法や弓矢でドラゴンを攻撃するが全くそれを歯牙にもかけない。
「だって、三〇人の方が沢山食べられるんだもん」
ドラゴンにとって、女子供と盗賊団の違いはそこだけだ。もし、盗賊団が応戦を決断していたら全員食べられていたに違いない。
「正解だ。今の内に助けに行こう」
「うん」
A.ドラゴンは多い方を襲う。ドラゴンに騎士と農奴の区別はつかない。