喧嘩するほど仲が良い
朝食の後は授業のガイダンスだ。
そこで初めて男性陣と会った。男性陣はこちらと同じく8人だった。
「あの人かっこいい」と名前覚えてない人たちが囁いている。「ほら、あの獣人」
「うーん、獣人ってことは昨日話してたアダムさんじゃないの? 中身女なんでしょ?」
「でもかっこいい」
名前覚えてない女の子同士がそんな無害な話をしていた。アリシアが聞いたら怒るだろうな、と思ってアリシアの方を見るとプクーってしてた。かわいい。
その獣人は、狼の獣人かな? この世界の獣人は、服を着ていると耳以外人間と同じなので獣人の種類は見分けづらい。確かにイケメンだった。
「アリシアー」
アダムが手を振ってこっちに来た。さっきの女の子はぽけーっとアダムを見ている。
「アダムー」アリシアは駆け寄っていった。「聞いてくれよ。リベルタスさまの司教が同期にいてさぁ。フェニカっていうの。リベルタスさまに掛け合ってもらったら、戻す気はないって言われたって」アリシアはアダムの胸の中で泣き出した。こうやってみると、ただの仲のいいカップルだった。まだくっついてないってリベルタスさまは言ってたけど……。アリシアかわいい。
アリシアはしばらく泣き声でなんか言った後、私の方を指差した。
「あ、なんか呼んだ?」私は近づいてみる。男女学生全員の注目がアダムとアリシアに集まっていた。みんなあの話知ってるんだなぁ。自分で話したんだろうなぁ。
「はい。リベルタスさまの司教フェニカです。お二人に伝えることとしては、まずリベルタスさまは入れ替わりを戻す気はない、と」
二人はギュッと抱きしめあって少し泣きそうだった。アダムすら涙目だ。二人してかわいい。
そこでアダムは何かに気づいた。「あんた、わたしの体に何かしたでしょ。他の女の性の匂いがする」
鼻いいな。獣人だからかな?
「え、えーと」アリシアはあとずさる。「そ、それは……」
こんな公衆の面前で浮気をバラされるアリシア……かわいそう。でもかわいい。
「そんなことよりフェニカの話聞いた方がいいんじゃないかなぁ?」とレイが仲裁に入る。
……
……
「お前かぁ!!!」
そう叫ぶとアダムは、全身から毛が生え、牙をむき出し、爪を出して狼の姿になった。レイの仲裁は完全に逆効果だった。
服破けっちゃったし。
グルルルルルルルル。アダムはレイに向けて唸り声を上げる。うわぁ、この喧嘩どうしよう。
「おやめなさい」
凛とした声が響く。
声のした方を見ると……、誰もいない? でもなんか様子がおかしい。女神感がある。この感じはまるで……。
「こら、フェニカさん、あなた私の司教でしょ。どこを見ているのです。『自由の翼』をみなさい」
喋っているのは、私が腰から下げた剣『自由の翼』だった。
「リベルタスさま」レイは私の剣に対しひれ伏している。アダムも元に戻っているがひれ伏しはせずに棒立ちしている。上半身裸だった。アリシアも何が起きたかわかっていないようだ。
「あなたたち、図が高いですよ。私結構プライド高いんですからね。私の前でこうべを垂れなくていいのは、フェニカさんとレイちゃんとミネルヴァさんだけなんですからね。他のものは頭を下げなさい。ぷんぷん」
ミネルヴァはいいんだ。管轄違いの影響かな?
レイは許可をもらったにもかかわらず頭を上げる気配はない
水戸黄門よろしくみんな頭を下げた。なんか気分いい。
「フェニカさん。優越感に浸らないでください。あなたの力ではなく私の力です。あ、今きた先生、あなたも頭下げてくださいね。私です。リベルタスです」
歩いてきていた先生は速攻で頭を下げた。処世術をよく心得ていらっしゃる。
「さて、アダム、アリシア、お二人は私のレイちゃんに牙を向けるとはどういうおつもりですかねぇ」
アリシア(アダム)が言った。「レイに牙をむいたのはアリシアです。俺は何もしておりません」
「えーい。アリシアとかアダムとかどっちがどっちだかわかりません。紛らわしいんですよ」
自分で入れ替えておいて横暴にもほどがある。
「今朝の時点で戻してあげようかなーって気持ちは微塵もありませんでしたが、先ほどの事件で確定しました。あなたたちは二度と元には戻しません。他の神様が何か言ってきたら戻そうかなーとか思ってましたが、その可能性は今朝消えました。」
二人ともすでに泣いている。
「アリシアはアリシアとして、アダムはアダムとして生きていきなさい。気持ちの処理はレイちゃんがやってくれます。レイちゃんとフェニカさんのことはいつでも頼ってください」
「で、本題です」
「本題?」と私は問い返す。
「私が誰と誰が入れ替わったなんてそんなしょっぱい話だけで降りてくるわけないじゃないですか」
「そうでしたっけ?」アリシアとアダムの扱いかわいそう。
「私が暇つぶしに降りてきたのは今までで昨晩だけですからね」
言われてみればそんな気がする。
「で、ですね。本題なんですが……。
昨晩、獣王一族が暗殺されました。
暗殺というにはあまりに派手な殺し方で、一族どころか居合わせた帝国の大使まで皆殺しでした。また、帝国中にいた、獣王の血筋のものも全滅。それなのに、神族も帝国のものも誰一人今朝まで事件に気づきませんした。下手人は未だ不明。異常事態です。
急遽私が士官学校に結界を張ったので、皆さん決して士官学校の外には出ないでください。アウグスタの街も危険です。
アリシア、アダム」
と、リベルタスさまは二人に呼びかけた。
「はい」二人は返事をした。二人ともなくのを通り越して顔面が蒼白だった。
「お二人が次の獣王に決まりました。獣神さまは私の息のかかったお二人が獣王になることを最後までためらわれたのですが、結局他にそれらしい候補がいなかったのでお二人に決まりました。一応私、入れ替わりを戻したほうがいいですかって聞いたんですけど、今のままでいいと獣神さまがおっしゃられたので、お二人は今のままです。お二人の婚礼の儀と即位式は来週士官学校内で執り行われます。お二人には獣神さまからライカンスという新しい姓が贈られることになりました。この話は校長にも改めて通さなければならないので、どなたか校長を呼んできてください」
全員顔面蒼白で、パニックになりそうだった。




