帝都アウグスタ
長い回です。
「目が覚めましたか?」
目が、見える。耳が、聞こえる。身体中から激痛がする。
私……、生きてる。
無間の闇を体験した私からしたら激痛ですら嬉しかった。
私の前にいるのは、白衣を着た、初老の男性だった。
「私……」
涙が溢れる。激痛のせいか生還の喜びのせいかはわからない。
「ここは、帝都アウグスタ。その中央病院です。私は、ドクター・ジルバ。あなたはフェニカさんで間違いありませんか?」
帝都アウグスタ? 私はこの世界の地図はあんまり頭に入っていないが、随分と元いた場所から遠いことはわかった。
「私……が……フェニカ。どうして……ここに?」
うまくしゃべれない。
「ここにいる理由をお伝えするためには、いくつか話さなければならないことがあります。あなた自身のことと、あなたの周りのこと。あなたにはショッキングな話となるでしょう。いつかは話さなければならないことですが、今お話ししますか? 私としては、この事実を伝えるのは後にした方が良いと思うのですが」
無間の闇にいる間にある程度気持ちの整理はついている。
「今……。みんな……は……」
「あなたのいた街、パラディオンは半年前にドラゴンの5体の攻撃を受け、全滅。生存者はわずかに1名。半年間の治療の末ついに今日目を覚ましました。つまりあなたのことです」
覚悟していたことだった。
わかっていたことだった。
でも涙が止まらなかった。
医師は私が落ち着くまで待ってくれた。
ちょっと待て、街の生存者はゼロといったということはもしや……
「アレクサ……」
医師は非常に悲しそうな表情をした。
「アレクサも……亡くなりました」
同じ医師仲間とはいえアレクサを知っているとは思っていなかったので、医師の返事に少し驚いた。
「あなた……アレクサ……知って」
「アレクサは私の一番弟子でした。7歳の頃から私の元で医術を学び、実の娘のように可愛がってきました。……いえ、この話はやめましょう。患者の前で泣くわけにはいかないので」
「アレクサ……私……名前」
「うかがっています。アレクサがあなたに名前をつけたと」
私の涙は止まらなくなった。
「今日はここまでにしておきましょう。私は常に近くにいますので」
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翌日、私はまたドクター・ジルバと話した。
「さて、今日はあなたの体の変化を説明します」
「体の……変化?」私は昨日より滑らかに話せるようになっていた。
「そういえば……、なんで私だけ生きてるの?」
「アレクサがあなたに施した術式のおかげです。あなたはフェニックスの一部を体に宿していたため、炎への耐性が高く、生命力も高まっていました。そのおかげで、ドラゴンの炎を浴びても体が完全には燃えず、生き残ったのです」
「でも、アレクサは……、多少生命力が高くなる程度だと。どうして……ここまで回復……」
「それは、私があなたに施した術式のせいです。本来なら許可を取らずにこんなことをしてはならないのですが……、あなたを助けるために成功例のない技術を使いました」
「どんな……」
「それは、ドラゴンの心臓の一部を人、すなわちあなたに移植することです」
「ドラゴンの……心臓」
「帝国のシンボルであり、力と炎の象徴であるドラゴンの一部の移植に成功すれば、不死鳥以上の生命力、力、炎への耐性が得られるのです。しかし、今までの動物実験では、すべての例で母体の生命力をドラゴンの力が焼き尽くし、死に至りました。鮮度の高いドラゴンの心臓と、不死鳥並みの生命力と炎への耐性を持つ対象がいなければ成功しない実験だったというのが私たちの結論でした。アレクサの研究テーマである不死鳥の移植は、ドラゴンを移植できる人間を作るための研究だったのです。ちなみに、人への神獣の移植が私とアレクサのこの2年間の研究テーマでした。2年前私の元に帝命がくだり、最強の兵士を造り出すための研究を私はしていました。しかし、ドラゴンの心臓の鮮度が必要という結論が出た時点で私たちへの帝命は解除されました。そういうわけで、あなたの体にはドラゴンが宿っています。おそらく、ドラゴンを体に宿した人間は後にも先にもあなた一人でしょう」
「どうして……? 実験は成功したんじゃ?」
「その理由は、明日の帝令を待たねば説明してはならないのです。続きは明日にしましょう」
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次の朝ドクター・ジルバはふぅっとため息をついた。
「少し政治的な話になりますが我慢して聞いてください。今回の事件の原因が今朝の帝令で明かされました。これが昨日の話の続きです。私は関係者なので元々知っていたのですが、公開されていない情報をあなたに話してはいけなかったので……」
立場ってやつなんだろう。ところで、原因? ドラゴンが人を襲うのに原因があるのだろうか?
「ご存知のように街以外でドラゴンを攻撃することは死罪にあたる大罪です」
その話は知らなかった。転生資料に書いてあっただろうか? もし気づかなければ、それがために殺されていたかもしれない。
「おっと、知りませんでしたかな? まあ、市井のものがこんな法律を気にすることはありませんからな。理由は簡単で、人間がドラゴンを攻撃すると今回のような惨事が起こるからです。ドラゴンはこちらが何も仕掛けない限りは人間を攻撃することのない温厚な生き物なのですが、一度怒らせると街一つは簡単に滅ぼします。
半年前の事件の日の午前中、この法律を3人の領主が共謀して破ったのです。彼らはまだ若く、将来有望な領主でした。」
それってもしかして、私と同じ転生者じゃないだろうか……。
「彼らは、ドラゴンの営巣地に武装して踏み入り、卵と幼体を全て殺害、さらに7体の成体のドラゴンを殺害しました。残された5体のドラゴンが怒りに身を任せて街を襲ったのが今回の事件です。なんとも悲惨な事件です。この事件によってパラディオンが壊滅。死者数は未だに正確にわかっていません。全てが灰となりました。そして帝国のシンボルであるドラゴンは絶滅危惧種となりました。帝国にはドラゴンの営巣地はもともと2か所しかなかったのです。残された5体のドラゴンはもはや人との関係修復は不可能と判断され『龍殺しの英雄』アルフォンス王によって命を絶たれました」
アルフォンス王……。月島桜か。
「その時殺害されたドラゴンの一体があなたの体に宿っています。もっとも若い黒龍で、片目を聖なる矢に射抜かれていたそうです」
「ニナ……」
「おや、あなたと仲間が対峙したドラゴンですかな?」
「はい」
「そうですか。これもまた何かの運命でしょう」
「3人の領主は口を揃えて、『知らなかった』『女神に騙された』などと言っていたそうです。無論、知らないはずがありません。それに神を冒涜したということでさらに罪を重ねました」
やはり転生仲間の月島桜を除く3人だ。
「3人は一昼夜の磔刑の末、息があれば、明朝『魂の牢獄』刑に処されます。『魂の牢獄』刑は、死刑よりはるかに重い極刑なのですが、これについてもあなたに謝らなければなりません」
「私に謝る?」
「『魂の牢獄』とは、魂を体から引き離し、特殊な石の中に封じ込める呪法です。あなたの体を処置する間、あなたに施したのと同じものです」
「あの地獄ですか」
あの時についてはもう思い出したくなかった。
「申し訳ありません。あなたの魂をあなたの体から引き離さないとあなたの身が危険だったのです。罪を犯していない人間の魂を魂の牢獄に閉じ込めるなど、『あなたを助ける』『皇帝陛下の許しがある』などどんな理由があろうとも許されることではないと思います。しかし、あなたを助けるための唯一の方法でした。この話をあなたにしなければならないとは思っていました。しかし言い出せずにいました」
ドクター・ジルバはとても悲しそうな表情をしていた。
「いいんです。私はまだ生きている。それでいいんです。私はあなたを赦します」
「ありがとうございます」
ドクター・ジルバは目に涙を浮かべていた。
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