恋の行方と星空満点の夜
「おかえり、あんたたち」
「ミストレス、デュラハンが出てきたけど倒してきたよ」ミランダが報告する。
「デュラハン? 大丈夫だったかい? それは悪いことしたねぇ。無事でよかった」
おばちゃんも心底嬉しそうだ。
「3人揃えばへっちゃら」とニナ。その仕草が眩しい。
早速祝勝会だった。先輩たちも加わって飲めや歌えやの大騒ぎが始まる。
ある程度腹が見たってきたあたりで、俺はニナを外に連れ出す。
その夜は星空が満点だった。こんなに綺麗な夜は転生前の世界では見たことがなかった。奴隷時代でさえも見ることはなかった。こんなに綺麗な星空があるんだなぁと感動してしまう。
「ねえ、ニナ」
「なぁに?」
「星が綺麗ね」
「うん」
「私の話を聞いてもらってもいい?」
俺はニナに改めて、自分の身の上を話した。もちろん転生の部分は伏せて。
「うん。フェニカは大変だったの」ニナは私の頭を撫でた。
「それでね、ニナ、私、あなたに……」
カーン、カーン。カーン。
それは敵襲を知らせる鐘だった。
ニナの目が戦闘モードに切り替わる。「ごめん、フェニカ。続きは終わってからね。必ず聞くから」
「うん。一旦酒場に戻ろう」
私たち二人は手をつないで酒場へと走る。星空につられて遠くまで来ていたようだ。酒場が見えたその時……、
酒場が炎に包まれた。
火の出元に自然と目が向く。
そこにいたのは紛れもない。いかつい四本の脚に一対の翼。雲母のような綺麗な黒色の鱗……。太古の昔からこの地に生き、何億という人を殺してきたその生き物。それは紛れもなく、ドラゴンだった。ドラゴンは、酒場の隣の建物の屋根の上から酒場に火を吹いていた。体調が4メートル程度しかないそれは、噂に聞いていたドラゴンよりも小さかった。
「まさか……、ドラゴン」と私はそういうのが精一杯だった。
ドラゴンは外にいた人一人一人に火球を飛ばし、燃やしていく。
「ミランダ、みんな」普段はクールなニナが熱くなって酒場に駆け寄ろうとしたが……、
ニナは、酒場を気にするあまり、ドラゴンへの反応が遅れた。
「危ない!」私は、ニナを押し飛ばした。私の上をかすめるように火球が通り過ぎて行った。
「ごめん、ニナ、大丈夫?」私はニナの方を見た。私自身に怪我はないようだ。
「うん。ありがとう。あなたがいなければ、私死んでた」ニナは起き上がると私のそばに来た。「酒場のみんなが気になてつい駆け出してごめん。今は自分たちの身を守らないと」
「うん」と私はいう。しかし、これだけ時間が経って、酒場から誰も出てこないということは……、嫌な予感がする。
近くにいた衛兵は全滅している。
「二人で逃げるのと、街を守って死ぬのとどちらがいい?」私は聞いた。もっとも、今、外にいるのは二人だけ逃げることはかなわないし、街を守れる可能性はゼロと言って良い。
「聞かなくてもわかるでしょ。私は街を守る」それでこそ私の大好きなニナだ。
「知ってた。ニナ、大好き」
ニナが弓を構え私はドラゴンとニナの間で盾を構える。
「私がニナを守る」もっとも私は盾士じゃないし、魔法も使いえない。でも、この身を犠牲にすれば一発くらいならニナに降り注ぐ火球を受け止められる。
ニナだけでも生き残って欲しい。それが私の願い。
ドラゴンは、ちょくちょく動いて狙いが定まらないが、一瞬だけ動きが止まるタイミングがある。それは火球を溜める瞬間。それは二人ともわかっている。そのタイミングでニナがドラゴンの眼に矢を射かけるのだ。私たちは声を交わすことなく、その作戦を共有した。なんだろう、不思議な感覚。考えていることが伝わっている。そうこうしているうちに、ドラゴンはブレスを吐く姿勢になり、そして……。
射抜いた。ニナがドラゴンの右目を射抜いたのだ。
しかし、小さな火球がこちらに向かってくる。私が避けてはニナが死ぬ。私は、ドラゴンの小さな火球を全力で弾いた。
それは弾いたというよりそらしたという方が正確かもしれない。しかし火球は少し左上にそれ、ニナには当たらなかった。代わりに、建物に着弾する音がした。
盾はもはや盾の形をしていなかった。私の左腕にまとわりついたそれは、一瞬で高温に熱され、私の左手を焼く。もう二度と肘から先は動かないだろう。
「ニナ」後ろを振り返るとニナは無事だった。
すぐにドラゴンの方に目を戻す。右目を潰されたドラゴンはもう火球を吐くのはやめたらしい。凄まじい勢いで私たちの方へと這ってくる。
そして爪の一撃。
これもまた、目にも留まらぬスピードで、的確に私たちを狙っていた。私たち二人は爪を避けるために後ろに飛ぶのが精一杯で、体の一部を持って行かれた。
「ニナ」私は叫んだ。
「フェニカ」ニナは隣にいた。ニナは右腕右足がなく、胴体は血だるまだった。私はもはや自分の体を確認することもできなかった。
もはや体の向きを変えることさえ叶わない。最後の望みは、せめて、私の右手とニナに左手をつないで死ぬことだった。
霞む目でなんとかニナの左手を探し、つかむ。
ドラゴンは弓がなくなったのを見て、ブレスの姿勢になっていた。
「ニナ、大好き」私はつぶやいた。聞こえているかはわからない。でも伝わっているといいな。
私の全身は激しい炎に焼かれた。ストーブ爆発の比ではない、激しい痛みだった。
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私はこの三ヶ月間忘れていたのだ。
約束の一年はまだすぎていないということを