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02『物事は進まず、思考だけが回り続ける』

 ――すぐに、夜がやってきた。

 自己紹介を済ませた後に、シチューのおかわりを貰い、夕食を終えた僕らは別々の部屋で眠りに就くこととなった。時々トイレを借りたりもしつつ。必要最低限な会話ばかりだった気がする。

 おかわりを食うのに必死だった、と言い訳しておきたい。

 まぁ、実際のところは「詳しい話は明日聞きましょう」という流れになったからだが。


「おやすみなさい、静麻さん」


 眠りに就く前にそう言って、部屋を出て行ったスフィアさんの顔が脳裏によぎる。穏やかな微笑み。まるで寂しさを忘れたみたいな。

 今着ている服の胸元を、感情の赴くままに握り締める。彼女から借りた服だ。ゲームにおける村人が来てそうなこの服は、ブリオーと呼ばれているものらしい。

 話を聞く限りだと、僕が着ていた服は汚れきっていたそうだ。一応修復を済ませ、洗濯しているところらしい。

 僕は、その服から漂ってくる石けんの匂いを感じながら、ベッドに横になって考えごとに耽っていた。考えごとというか、思考の整理といった方が良いかもしれない。

 ちなみに、この部屋はスフィアさん曰く使っていなかった部屋らしい。


「こういう、使わなさそうな部屋がある家しかなかったんですよ」


 そう言って、困ったように笑う彼女を、僕は可愛らしいと思ったりしたがそれはさておき。

 断片的な情報は、少しずつ手元に集まってきた。あまりにも小さな情報ばかりだけど、ないよりはマシだし、真実にはほど遠くても自分自身を納得させる妄想の種にはなる。

 僕は僕自身のために考えなくてはならない。

 そうしなければ、目の前の景色どころか、視線を下げれば見えるはずの足元すら見えなくなるだろうから。

 ――現状を整理しよう。


(僕は本当に異世界にやってきた……それは間違いない、と思う)


 転移や転生だとは言わない。どちらとも言えないからだ。神様は現れなかったし、一度死んだという実感もない。ただなんらかの要因によって、この世界にやって来たというのはわかる。

 なぜ異世界だと断言できるのか。それに関しては割と単純な証拠がある。


(この世界にはあるんだなぁ。魔法、って)


 そう、魔法だ。

 睡眠や食事などによって体内に蓄積された魔力と呼ばれるエネルギーを消費し、呪文などによって別の形へと変換させる。

 身の丈に合った奇跡を生み出す技術。

 それが魔法だ。


(『ライトファイア』だっけ。ライターみたいな火を出してたなぁ)


 スフィアさんは、先ほどそれを形にして見せた。夜が部屋を闇に呑み込んでしまう前に、キャンドルランタンの蝋燭に火を灯して見せたのだ。

 手も触れずに、視線と言葉だけで。


(ファンタジーだなぁ)


 ぼんやりとランタンを見つめる。ベッドと隣り合わせな机の上に置かれたそれは、ガラス越しに柔らかな光を放っている。

 中に火を入れるという動作はなかった。

 視線でランタンを見つめたと思ったら、詠唱らしきものを口ずさみ、次の瞬間には蝋燭に灯が点っていた。これが映像ならカット編集を疑っていたかもしれない。


(トリックじゃなさそうだし……トリックだったとしても、それを仕掛ける理由がないし)


 というわけで、僕はこれを魔法だと判断した。

 結論を急ぎすぎている気はするけど、魔法じゃないと否定する根拠はない。魔法である根拠もないような気はするけども。

 スフィアさんは素だった。感覚的にそう思う。なんとなくそう信じたい。信じる以外に何もやれることがないからこそ。


(うん、ここは異世界なんだろうな。家を持ち運び可能――なんて話は、僕のいた世界では聞いたことがないし)


 僕の世界には、某猫型ロボットのガジェットを再現しようとしている人はいるだろう。実現はともかくとして一般的に普及するまでに至れるかどうかは怪しいが。

 ――そんな技術が、この世界にはある。


(で、僕はそんな世界に転生……じゃなくて、転移……でもなくて、迷い込んだわけで)


 スフィアさんに助けられた。

 それも、死にかけのところを。

 内臓剥き出しで、虫の息状態で、とにかく死ぬ一歩手前だった僕を。魔法か何かを使って。

 正直なところ、転移する前のことはあんまり覚えていない。

 変なことを言ってた男に刺されたことは覚えているし、どうしようにもなく嫌なことを思い出してしまったのも覚えている。

 ついでに言えば、テンションがおかしくなって大爆笑してしまったことも。ちょっと恥ずかしい。

 でも、あの瞬間を思い出せない。

 世界が変わる瞬間を。

 世界と世界が切り替わってしまう瞬間を。

 僕が死んでしまったかもしれない瞬間を。

 ――最後に聞こえた声はハッキリ覚えているのに。


(あなたは死にました……ねぇ。信じて良いのやら、疑えば良いのやら)


 機械音声のような言葉の繰り返し。

 宣告と祝福。

 超常的存在を匂わせる現象。


(あれは神だったのか……はたして、ただのシステムのようなものだったのか。異世界転生システムとか)


 それにしては、なんらかの意志のようなものがあるような気がしないでもない。あの声を言葉を使っていると認識しているからこそ、そう感じるだけなのかもしれないが。

 誰の言葉だったっけ。人間は人間じゃない存在に、人間との共通点を見つけると感情移入するようになるってのは。


(何者かが作り上げた異世界転生システムだったりして。とにかく転生の可能性がある、と。転移の可能性もあるだろうけど)


 どちらにせよ、現時点でそれは想像――ヘタをすれば妄想の範疇でしかない。判断するには、もっと情報が集まってからだ。

 ――集まらない可能性の方が高そうだけども。


(語り得ぬものについては後回しってことで。となると、問題は……明日のことかな)


 正確に言えば、明日以降のことが当面の課題だろう。

 というか、どうすりゃいいんだ。いきなり前途多難というか盛大に躓いたという感じである。

 一応、目標地点は定まっている。元いた世界に戻るかコンタクトを取るかだ。

 正直な話、異世界に飛ばされたからと言って、はいそうですかじゃあ順応しますねってわけにはいかない。これが何者かの意志によるものならと考えたら、なおさらである。ふざけんなと。

 僕は、異世界に転生した瞬間に元の世界への未練を断ち切れるような主人公気質じゃない。学校や家族や友達のこととか、アニメの最新話とかソシャゲのログインボーナスとか、とにかく山ほど気になって仕方がない。元の世界ではどうなっているんだ。

 そんでもって、元の世界に帰してくれと。


(この世界でアニメとかは観れるだろうか……)


 ふとポケットの中にスマホを入れたままだったのを思い出す。飯とか会話でうっかり忘れていた。

 テンプレな展開だと画面に圏外って出るんだろうなぁ、と思いながら、スマホを取り出す。


「げっ……あー、うわぁ……」


 圏外以前の問題だった。

 僕のスマホは、画面に罅が入っていた。そこそこ頑丈で防水対策もしていたが、強すぎる衝撃には耐えられなかったらしい。

 電源スイッチを押しても、スリープモードは解除されずに沈黙したままだ。数秒長めに押しても再起動は起きず。どうやらご臨終なされたらしい。

 原因はどう考えてもアレである。クソッタレの通り魔殺人鬼。切られた拍子に盛大に転んだからだろうか。

 ちょっとムカついてきた。スマホが使えないという事実が、不安と怒りを湧き上がらせてくる。

 どうせ充電が出来ずに使い物にならなくなるだろうけど、壊れたまま失ってしまうよりはマシなのだから。

 ソシャゲへの復帰は可能だろうけど、それまでのログインボーナスとか期間限定のガチャがパーだ。

 犯人よ、首を洗って待っていろ。


(そういや、あの男……どうなったんだろうか)


 僕の内臓を晒し者にした人物について思考が移る。

 奇妙な男。

 アレは本当に奇妙な男だったとしか言いようがなかった。

 どんな外見だったのかは覚えていない。男だったという曖昧な記憶は覚えている。

 声が男のものだったとか、体格がどうのとか、そういった根拠があるわけじゃない。ただアレは男だったと確信を持って思える。

 なぜかは上手く言えないけど。


(大胆な犯行だったし)


 なにせ、街の中での犯行だ。

 学校が終わり、放課後を迎えてからのことだったと思う。

 友達の一人――というよりは戦友――の月城塩理つきしろしおりと一緒にゲームセンターに行こうと約束をしていて、一旦家に帰ろうとしていたところで、真横から襲われたという感じだった。細い道に隠れていたのかもしれない。

 それで僕から見て、右から左へと刃物が通り過ぎていき、内臓がご開帳となったと。

 くぱぁ、とエロ漫画みたいな音を聞こえたのを何となく覚えている。幻聴であって欲しかった。

 その後は、アスファルトに寝転がって、犯人が切羽詰まった声で何かを叫んだり罵倒してきた。怨みが込められていたような気がする。


(やっぱり怨恨だったんだろうか)


 正直な話、刺されたことにあんまり心当たりは無い。

 そんなに憎悪を向けられるような生き方はしてこなかったつもりだ。

 自分が善人であるとは思わないけど、誰かが傷付いているのが嫌いな人間でいたいと思って生きてきたつもりだ。

 つまり、あんまり思い付かないわけで。

 無意識的に誰かを傷付けていたかもと考えてみたけど、そっちでも心当たりは無く。

 となると、残るは――でも、あれは昔の話だ。

 当事者たちの手によって、終わってしまった話でもある。

 今でも、頻繁に思い出す。

 終わってしまったことなのに。


(この話は止めとこう、うん。際限がつかなくなる)


 感傷的になってきたので、思考を切り換えることにした。

 ついには、あの殺人鬼が僕を転移させた人物なのでは無いかという想像が脳裏を過ぎるようになってきたので、思考の沼にハマってしまうところだったかもしれない。


(……あり得そうなのが嫌だなぁ)


 物語だと、後々伏線として回収されるような気がする。

 自分を不安にさせるだけの想像は止めておこう。うん。行動するために考えることの方が先決だ。いくら考えたところで、ドンピシャな答えなんて浮かんでこないだろうし。

 閑話休題。会話と思考のループ駄目絶対。


(とにかく、帰れるかどうかはわからない以上、しばらくはこの世界に厄介になるしかない。問題はどうやって、この世界に順応するか……だよなぁ)


 順応するか、というよりは生活するか、だ。


(スフィアさんには助けられた……けど、あくまでも患者と医者の関係みたいなもんだよなぁ)


 スフィアさん。

 僕を助けてくれた女の子。


(優しい人、だとは思う。客観的に見て、超怪しいし、僕。しかも、内臓剥き出しで死にそうになっていたっぽいし。普通なら死ぬまでスルーされるのが関の山だろうに)


 ここは日本じゃないんだ。死に損ないは無視するに限るみたいな価値観が普通でもおかしくない。

 なのに、彼女は僕を助けてくれたわけで。


(打算はあるかもしれないけど、ただでさえ胡散臭い僕を助ける理由が見つからないしなぁ。僕の持ってるものに興味があるんなら、死体から剥ぎ取れば良いだけだし)


 救って貰ってそんなことを考えるのもアレだが。

 だんだん、疑うのがキツくなってきた。


(まぁ、うん……本当に、優しい人、なんだろうな。多分)


 スフィアさんへの評価はそれで決定ということにする。思考の泥沼化がエンドレスになりそうだし。


(で、そんな優しい人になんて言えと)


 おやすみの挨拶をする前に、彼女に言われたことを思い出す。


「詳しい話は明日にしましょう」


 なんでも、疲れ切っている身体で物事を決めるのは良くないことだとか。たしかに判断力は低下しているだろうし。

 そうだ。全ては明日。明日に一通り決まる。


(結局……こうなるか)


 僕は布団の中で、今までの思考がほとんど空回りに終わったことに溜め息をつく。僕一人で考え込んでも、結局は何も進まないんだって事実を改めて突き付けられたみたいだ。

 それでも、とりあえず頭に留めておくことを再確認できた。

 ――僕の存在そのものになんらかの意味があるからこそ、この世界へと飛ばされた可能性があるのだと。


(僕にそんな意味……そんな価値があると思うほど自惚れちゃいないけど、あり得ないと言い切れない)


 そして、僕をこの世界に転移させた何者かがいるのなら、元の世界に帰還する方法についても知っているはずだ。

 知らないかもしれないけど、その時はその時だ。どうにもできなそうでも、どうにかしてみるしかない。


(情報がいる。そして、その情報を得るにも、まずは生活基盤が必要だ)


 生きる。

 生きなければいけない。

 そして何よりも、僕はまだ生きていたい。

 となると、一番現実的な答えは決まっている。


(……まだ子供のようにしか振る舞えないな、僕は)


 情けない、と僕は僕自身を思う。

 孤立して生きていけない大人未満の子供。誰かの力を借りないと生きることさえ難しい。

 だから、スフィアさんに頼むという選択肢しか浮かんでこない。


(甘えたがっているみたいだ)


 やがて、僕の意識は眠りへと沈んでいく。

 情報を整理しきれず、物事を深刻化させる脳が疲労を訴えている。現実が溶けていき、夢へと意識が溶けていくようだ。そのまま感情が退行化していく。

 夢の世界では、子供な自分を許すことが出来るから。

 そうして僕は、明日のことよりもスフィアさんのことを考えながら眠りの中へと沈んでいった。

またまた一週間が経って、ようやく第三話を更新です。

書いたり消したりを繰り返しているうちにこんな感じに……。

次回も一週間後くらいになりそうです。


さて、今回の話では、物事は何も進んでいません。

主人公の静麻君が考えるだけ。

考えるだけではありますが、少しは整理できたかもしれないというお話です。

次回辺りで物事が進む……かも。



ではまた次回。



冬野氷夜より。

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