00『プロローグ』
――正直なことを言うと、僕は死後の世界を信じていた。
天国とか地獄とかそういうのではなくて、死んだ人間が集まる星のようなものがあるんだと思って欲しい。
少し前に読んだフリーのノベルゲーム――作者は確か寺山スピ……なんだっけ――に、そんな星があるという仮定の元に描かれた物語があった。
その星には、ありとあらゆる世界で死んだ者の魂が住んでおり、不死の肉体を与えられた彼らは寿命を迎えるまで第二の人生を歩むのだと。そして、安らかに死ぬのだと。
作者の死生観が込められたその作品を読み終えて、僕は死後の世界を信じることにした。天国と地獄のような死者を隔てるような世界じゃない。全ての死者が集結する世界をだ。
死後の世界が、生きている者たちの想像力の産物でしかないことはわかっている。僕はその世界を信じていた。諦観と確信を共に胸に秘めながら。
いつかまた彼女と再会できるんじゃないかって。
死後の世界で、またもう一度って。
そう思っていた。
思っていた――のだけれども。
「死後の世界にようこそ……という解釈で良かったんだろうか」
だからといって、いきなり死後の世界に放り出されても困る。
本当に、すごく困る。
何をするつもりだったのかを忘れてしまいそうになるし、何をすれば良いのかわからなくなってしまうので困る。親とはぐれた子供みたいに途方に暮れるしかなくなってしまうのだ。
そうだ。僕は困っていた。
どうしようにもなく途方に暮れているというか、目の前の光景を突き付けられて脳みそが停止しているというかそんな感じ。
とはいえ、このままじゃいられない。
どうにか頭の中を整理しようと思考を巡らせようとして――。
「痛ぇ」
――そこで、苦痛を思い出してしまった。
赤くなるまで熱せられた鉄の棒をねじ込まれたような気分だ。痛いというか熱くてたまらない。
ふと気が付けば、僕は地面に転がっていた。仰向けで空だけを見つめるような格好に。そこでようやく僕がさっきまで立ちっぱなしだったことに気付く。寝転がってしまった以上、もう終わってしまった話と言えばそれまでだが。
どうなっているんだろうか。
僕は死んだ。死んだはずだった。あいつに腹を刺されて致死量になるほどの血をアスファルトに流しながら、苦痛に悶えて頭が朦朧としている中で死んだはずだ。
なのに、僕はまだ生きているらしい。ひょっとすると本当は死んでいなかったのかもしれないけど、死んだという感覚があるような気はするので死んだはずだ。でも生きている。不思議だ。
――んなこと考えている間に、もう一度死にそうだけど。
腹部に触れようと右腕を動かす。
いつも以上に重く感じるそれは、僕の意志に従って動いてくれた。指先が皮膚に覆われているはずの場所に触れる。
そこに皮膚はなかった。というか皮膚のようなものは引き裂かれていて、代わりにというのも変だけど、なんだかブヨブヨのものが剥き出しになっていた。指先で弄んでるとうっかり潰してしまいそうなものが。
そのブヨブヨのものを触っていると、痛みと熱がますます強くなってきたように感じる。明らかにそのブヨブヨが原因だろう。一旦手を放して、落ち着くために深呼吸する。
逆流した血液が喉から迫り上がってきた。口の中が生臭いような鉄臭いような悪臭でいっぱいになる。そのまま窒息死しそうだ。
どうしよう。どうしたもんだろうか。痛いやら熱いのやらに加えて吐き気まで襲ってきた。
どうやら、僕の内臓は今も晒しものになっているらしかった。おいおい。どうしてこうなった。これは酷い。
「げほっ……ごほっ……」
目の前にある空に目掛けて、色々と文句を叫んでおきたかったけども、痛みやらその他諸々に蝕まれてそれどころじゃない。声とか出したいけど出せなさそうだし。
マズい。本気でマズいかもしれない。
死ぬ。死んじゃう。さっきも死にそうだったけど、今回ので本当におしまいかもしれないってくらいに死にそうだ。
だが、これでハッキリとわかったことがある。ここは死後の世界じゃない。実在している世界なんだ。
一瞬、『水槽の脳』って単語が横切ったけど、とにかくここは死後の世界じゃない。ないったらないのだ。そういうことにしておいてほしい。苦痛を妄想するほどのド変態のつもりはないのだ、僕は。
よくよく考えてみると、一度くらい死んでもなんとかなりそうな気がしてきた。そーだそーだ。多分なんとかなる。なんとかなるに決まっているはずなんだ。普通に死ぬかもしれないけど。
どうしてなんとかなると思ったんだっけ。このままだと普通に死んじゃうに決まっているはずなんだけど、大丈夫だよって根拠のない自信が脳裏を過ぎるからか、死んでも死なないような気がしている。でも、どうしてなんだっけ。どうして死なないんだっけ。
頭の中がまとまらない。バラバラに引き裂かれた言葉が頭蓋骨の中で暴れ回っているみたいだ。なにがどうなっているんだろう。死にそうになっている僕は死の間際で何を考えているんだろう。
ああ、そうだ。僕は死ぬんだった。
もうそろそろ。内臓を晒しものにしながら、脈絡のない思考で脳みそをパンクさせようとしている。このまま脳みそが焼き切れてしまいそうだ。
そういえば――やり残したことはあっただろうか。
「――あった、かなぁ?」
ボンヤリと空を眺めながら、僕は僕自身のことを考える。整った遺言を用意する時間も、遺言を届けたい相手を呼び出す気力や労力もなくなってしまったから。
だから、僕は僕のことを思う。
僕が後悔していることだけを思い出す。
――そして、それはあった。
後悔していることが。
遠い昔に置き去りにしてしまったことが。
いつまで経っても大人になれないと思い始めた、あの頃から。
「――あったんだ」
僕がまだ幼かった頃を覚えている。子供も子供。胸の内側から溢れ出てくる感情を止めることが出来なくて、両手の指で攻撃という形にしてしまうのに抵抗がなかった頃のことだ。
人形が好きだった。
小学校からの帰り道に、ゴミ捨て場を漁り、そこに捨ててある人形をこっそり持ち帰るのが。
本物に近付けたようなものじゃなくて、どこにでもありそうな量産品のようなものばかりを。
プラスティックやビニールで作られたオモチャみたいな人形を。
こっそりと誰にも見られないようにゴミ袋から探り当てて、生ゴミとかで汚くなったそれを近くの公園の水飲み場で洗って、赤ん坊やお姫様を扱うみたいに持ち帰った。
今でも、しっかりと覚えている。
持ち帰った人形を壊して遊ぶのが楽しかったことも。
ソフトビニール人形の皮膚を鋏で切るのが楽しくて、子供の小さな指で傷口を広げて、中身が空っぽだと確認するのが好きだった。
プラスティックの人形の関節を破壊して、首や手足をへし折るのが、コインと同じか小さいくらいの頭部を指先で弄ぶのが好きだったんだ。
人形に顔として刻まれたデコボコを触り続けるのが楽しかった。
いつまでも弄っていたくなるくらいに、楽しくて。
ニヤニヤと笑ってしまうくらいで。
そんな人形の頭部が、握り締めていた手の中からどこかへと消えてしまった時でも、胸の中に小さな穴が開いたみたいになって、それも楽しいと感じていたように思う。
――今は、もう楽しいと思えない。
「殺しても――良いよ」
あの時、彼女は僕にこう言った。
幼かった頃の僕に。
何も知らなかった頃の僕に。
――彼女の首をへし折ろうとしている僕に。
「私には、もう何も無いもの」
願いごとが、一つ。
「空っぽになっちゃったから」
呪いのような祈りのような。
「抜け殻な私は、もういらないの」
小さな彼女の首は、人形みたいで。
「ねぇ、殺して」
そして、僕は人形の首を折るのが好きだったから。
「私を。ここにいる私を」
結局、僕は殺してしまった。
子供だった僕は、彼女を殺してしまったんだ。
僕がまだ幼い子供だったから、彼女を殺してしまう以外にどうしようにもなくて。
楽しくて、楽だと感じる方法しか選ぶことが出来なくて。
「ありがとう」
ありきたりな言葉を聞きながら。
僕は、自分自身を嫌いになっていく。
攻撃で感情をコントロールしていた自分を。
――その日、僕は人形を壊すのを嫌いになった。
「殺してくれて――ありがとう」
そんな感謝の言葉を、当時のことを覚えている。
それ以前の幼い頃の記憶も一緒に。
僕が僕自身に戒めとして脳に刻み込んだみたいに。
――だから、僕はいつまで経っても大人になれないと思っていた。
僕は僕を許せないままで。
いつまでも子供のままなんだろうと。
思っていた。
それは正しかったんだろうと思う。
そして、僕の脳は正気を取り戻した。
幼い頃の記憶を焦点にした走馬燈が途切れるように終わる。悪夢ほどじゃない嫌な夢を見た気分だ。僕の人生が不完全燃焼であるという事実を突き付けられたようなものかもしれない。
そうだ。僕は死ぬ。
不完全燃焼のまま死んでしまう。
大人になれずに、子供のまま死んでしまうんだ。
そして、ほんの少し前のことを思い出す。
僕がここにいる前の話。
別の世界に飛ばされる前のことを。
――あの時もやっぱり、とても腹部が熱かった。
ほんの少し前のことだったから、今ほどじゃないけど苦しかったのを覚えている。
熱いというよりは痛いし、痛いというよりは熱かったけども。結局どっちが正しいのかわからない。
僕は混乱していた。頭の中で感情がワーッと叫んでいる。赤ん坊が泣き叫んでいるみたいだ。苦しいやら悲しいやら怒りたいやらで飽和してしまいそうだ。
水風船だったら、とっくに破裂している。
なのに、身体は感情の暴れるままに動いてくれない。絶叫しても良いんだろうけど、叫ぼうという気力がどこにもなかった。精神はともかくとして身体はとっくに諦めてしまったのかもしれない。
死ぬことを受け入れつつある。
正直、信じたくないけども。
「――痛いんだよ」
呟き声が誰にも届かず消えていく。
僕はお腹の痛みに耐えながら、空を見上げていた。
身体は仰向けになっていて、首が上手く曲がらなくてまっすぐに前を見据えることしか出来ない。というかそれ以外に何もしたくない。もうどうでもいいんだ。
「よこせ、よこせ、よこせ」
僕以外の何者かの声が聞こえてくる。
切羽詰まった男の声。
自分の感情をコントロールできない人みたいだ。吐息は荒くて興奮している。人でも殺したんだろうか。
あ、そうか。
僕か。僕を殺したから興奮しているんだね。
それにしても、どうしてこうなってしまったんだろう。
「お前が持っているんだろう、よこせ!」
犯人らしき人物が何かを言っている。
僕が何を持っていると言うんだろう。意味不明で脈絡がないような気がする。何を欲しがっているんだろうか。
――その何かのために僕は殺されたんだろうか。
本当に何がどうなっているんだろう。何もわからないし、どうしようにもない。登校中に刺されたことは覚えているんだ。それ以外にはわからない。理解できない。
「お前が――を!」
都合良く特定の単語がノイズでかき消える。
耳鳴りがしてきた。ずっと痛みを耐え続けていたのがマズかったんだろうか。身体が限界を迎えたのかもしれない。
ひょっとすると、彼が言っているのは僕が殺した彼女のことだろうか。根拠はないけど。上手くは言えないけど。知ったところで、子供な僕にはどうにも出来ない。
僕は、夢を見るために目を閉じる。
けれども、どう頑張っても夢は見られそうになくて。
逃げ場はどこにもないとわかってしまった。
だから、僕は目を開いた。
――そして、酷い夢を見ている、と思った。
死んだと思ったら異世界に飛ばされるという夢だ。どっかのライトノベルに出てきそうなシチュエーションである。
王道も王道。若干テンプレじみているのは否めない。
とにかく、僕は異世界転生する夢を見ていた。
現実世界で腹を刺されて内臓と血を撒き散らしながら、アスファルトに転がって血の海に沈んだと思ったら、幻聴っぽい何かに誘われるようにして異世界で目覚めるなんて夢だ。
何せ異世界である。
夢の中で見た景色には、アスファルトやコンクリートで作られた人工的な建築物は欠片も見当たらなかった。視界に入ってくるのは草木が生い茂る森のようなものだけ。
ひょっとすると、睡眠薬を嗅がされて田舎とか山奥に連れてこられただけなのかもしれないけれど、それにしては一瞬過ぎる変化だった。過程が飛ばされた感じ。カット編集みたいなもんだろうか。カットされたシーンがあるのなら、何がどうなったのかを確認したいところである。
ともかく、判断基準が曖昧だけれども、僕は異世界に飛ばされたのだと思った。ネット小説やライトノベルなどではよくある話なので、こういうこともあるんだなと。本当に異世界があるとは思っちゃいなかったけども。
でも、それならそれで、わざわざ死にかけの状態で転移させることはなかろうに。せめて転移者の肉体を修復したりとか、新しく作ったクローンみたいなヤツに人格をインストールしたりだとか、そういうフォローがあっても良いはずだ。手抜きしやがって。
――正直、勘弁してほしい。
現実世界での生活があるのに異世界に飛ばすなとか、飛ばすだけ飛ばして放置かよとか、準備する時間くらいくれよとか、とにかく色々と言ってやりたいことがある。転移させた元凶がいるのなら。
けど、一番文句を言いたいのはそういうことじゃない。
「死にそう……」
呟くように、答えを吐き出す。
今の僕は本当に死にそうな状態だった。
ようするに、転移前と変わらずに腹が裂かれたままになっているのである。死にそうなくらい痛いのだ。出血死する前に痛みで死ぬかもしれない。
「あー、死にそう……痛ぇ、マジ痛ぇ、死にそうなくらいに痛ぇ」
痛みを誤魔化すように独り言を繰り返す。
僕は夢を見ているはずだった。異世界転生をしている夢だ。神様とやらがやって来て、異世界に転生して第二の人生を歩み、ついでにチートでハーレムで万々歳とかそういう感じの。
けれども、現実はどうやら厳しいらしい。ようやく僕は現実を受止められるようになってきた。これは夢じゃない。現実の続きであり、この場合は異世界転生ではなくて、異世界転移の可能性であると言うことも。
とどのつまり、僕はまだ死んでいないわけである。腹が割けた状態で、異世界にアイキャンフライ。そして、今に至るというわけだ。
ようするに、僕は生きているのである。死なずに済んで良かったよ。あっはっはっは。
――笑ってる場合じゃねぇ。
今の僕は、いつ死んでもおかしくない状況だ。というかとっくに死んでてもおかしくない。なのに余裕があるように振る舞っているみたいだ。テンションがラリってる。
だからだろうか。
まだ死んでないことを良いことに、頭の中の妄想というか想像力が暴走しているのは。しかも楽天的になってる気がする。死にそうなくせに。
やっぱり僕は失血しすぎて頭がおかしくなっているのかもしれない。痛い。超痛い。でも気分は最高でハッピーでアッパーだ。
「あははははははははは――!!」
笑う。笑ってしまう。
もう痛みがあるかどうかすらもわからなくなってきた。人生何度目かの臨死体験を体感中である。これまではどうにかこうにか死なずに済んだけど、今回は駄目かもしれない。
その証拠にほら、頭の中が真っ白に染まっていく感じがする。視界も徐々に真っ白にフェードアウトしているっぽい。
やっぱり異世界転生じゃなかった。異世界転移だったよ。僕の身体はズタボロの死に体だ。異世界転生に付き物な神様は仕事をしていなかったらしい。なんとも手抜きな転移である。まぁ神様とやらが関わっているとは思わないけど。出てこなかったし。どうやら神様は引きこもりニートだったようだ。
それにしても、死にそうだ。
ホントに死ぬ。
死んじゃう。
でも、笑いたくなってきたから笑ってしまう。
「はははははははははは――げほっ、げほっ」
咽せた。
口の中に錆の味が拡がる。肺にでも血が流れ込んできたんだろうか。やっぱり確実に致命傷らしい。トドメを刺された上に駄目押しされた気分だ。もうすぐ死にそう。
これで僕の遺言はおしまいらしい。意識が閉じていく。真っ白な世界に放り捨てられる。何も無い空っぽなどこかへと、誰かが手を引いて連れて行こうとしているんだ。
それにしても、なぜだろう。
なぜ僕は、わざわざ死ぬ手前に異世界に転移させられたんだろうか? ――誰も答えちゃくれないとわかっちゃいるけど。
そして、僕は死ぬ。
割かしあっさりと。
死ぬ準備は出来なかった。遺言は誰にも届かなかった。異世界らしき場所に転移されたは良いものの、直後に死ぬ。死なない手はあったかもしれないけど無理っぽかった。ついでに言えば、頭の中は色んな情報でグチャグチャどころかデリート寸前である。
本当は死なないかもしれない。でも、それは望み薄なような気がする。なんとなく曖昧ではあるけども。
とにかく、僕は死ぬのであった。死ぬくせに思考は止まりそうになかった。まるで死ぬのを身体が拒んでいるみたいに。
けれども、死ぬ時はやっぱり死ぬわけで、身体がどれだけ死に抗おうと頑張ってもどうしようにもないわけで、全ては真っ白に染まって塗り潰されて最後にはなくなってしまうんだ。
そして、唐突に終わる。
僕を騙し騙し生かし続けていた、死んでいないという魔法が解ける。スイッチが切れるかのように頭の中に残っていた熱がどこかへと逃げていく。
そうして、僕の意識は真っ白な何かに溶け込んでいった。
――けれども。
「大丈夫、ですか――」
死の間際に、誰かの声が聞こえて。
もうちょっと早く来てくれませんかね、と僕は意識を落としながら思う。
――そして、認識できないはずの幻覚を見る。
彼女。
僕が好きだった少女のこと。
プラスティックみたいな彼女のこと。
「――静麻」
僕――楠田静麻の名前を呼んだ時の、彼女の声を。
都合の良い夢だとはわかっていた。彼女の関する記憶の一部が脳裏を過ぎっただけなんだって。ただの走馬燈の残滓。
でも、けれども。
僕はそんな幻聴に救いを求めてしまっているみたいで、口を開いて声を出そうとしている。もう何も見えないし聞こえない。頭の中は朦朧としていて、いつ途切れてしまうかもわからない。
それでも僕は。
彼女の名前を呼びたくて仕方がなかったから。
「――」
そして、やっぱり声は声にならなくて。
僕の全てが暗闇の中へと沈んでいく。海や沼の底へと向かおうとするみたいに。もう二度と水面に顔を出すことは出来ない。
「あ――は――――た」
最後の最後、また幻聴が聞こえてきた。
彼女の声じゃない。
僕を殺した犯人らしき声でもない。
死の間際に声をかけてくれた人のものでもない。
「――たは――ま――」
幻聴が、少しずつ鮮明になって聞こえる。
どことなく機械を連想させるような声が。
「あなたは死にました」
気持ち悪い宣告。
そんなの、とっくにわかり切ってるって言うのに。
「あなたは死にました」
言葉がリピートする。
そういう設定がされている音楽プレイヤーみたいに。
「あなたは死にました」
「あなたは死にました」
「あなたは死にました」
頭の中で、呪いみたいな言葉が反響している。
だから、僕はそれを意識からシャットアウトしようとして。
――違和感に気が付く。
最初からあったものに、ようやく。
僕の意識は、なぜ今も継続しているのだろうか、と。
もう僕は死んでいるのに。
「――どうか、良い旅を」
そして、僕は異世界へと放り捨てられる夢を見た。
夢。そうだ。
本当に夢なんだろう、きっと。
――そして、また幻聴が聞こえる。
「静麻」
死者の声だ。
死んだはずの彼女の。
「死なないで――静麻」
彼女の声が聞こえるだなんて、やっぱり夢に決まっている。
僕はそう思いながら、優しい眠りへと変わりつつある闇の中へと沈んでいく。津波のような眠気に呑み込まれながら。
まるで昼寝する子供のように。
――それは、今から死ぬとは思えないほど、生々しくも穏やかな眠りだった。
お読みいただきありがとうございます。
冬野と申します。
ここしばらく長編の執筆をせずにいたので、リハビリをかねて、本作の執筆を開始致しました。
割とスローペースな更新になるとは思いますが、程良くお付き合い願えると幸いです。
今後ともよろしくお願い致します。
冬野氷夜より。