春の始まりに振る雪に
今年は桜が咲くのが早いと言われていた。
つぼみも膨らみ開花するまで秒読みのはずだったのに。
満開の桜の中、君を見送るはずだったのに。
それなのに・・・。
ヒラヒラと舞うのは雪だった。
思わず手の平を出して雪を受けてみた。雪は手のひらに触れるとすぐに溶けてしまった。
君の横で僕は所在なげに立っていた。
君が乗る予定の電車はまだこない。
これで最後なのに言葉が出て来ない。
それは彼女も同じだろう。
さっきから僕と目を合わそうとしない。
僕は溜め息を吐きかけてグッと堪えた。
その時、電車が来るアナウンスが聞こえた。
「荷物、ありがとう」
彼女が手を出した。
僕はその手に持っていたバックを渡した。
「忘れ物はないんだよな」
「うん。他の荷物は送っちゃったから」
そこでまた会話は途切れた。
電車がきて、君は乗り込んだ。
電車の中と外で向かい合う。
「今までありがとう」
(そんな言葉を聞きたい訳じゃない)
「ああ、お前も元気でな」
「父さん、母さんによろしく伝えてね」
(伝えたってよろこばねえよ)
「ああ。伝えておく」
沈黙が落ちた。
その時ホームにベルの音が鳴り響いた。
「本当にありがとう、お義兄ちゃん」
(・・・ばっかやろう)
「幸せになれよ」
扉がシュッという音と共にしまった。
「元気でね」
その言葉と共に彼女の瞳から涙がこぼれた。
「・・・嫌になったら戻ってきていいんだぞ~」
電車が動き出した。僕の言葉が聞こえたようで、微かに彼女は笑った。
電車が見えなくなるまで、僕はホームに立ちつくしていた。
「あーあ、行っちゃったね」
明るい声が背中からした。
僕はゆっくりと振り向いた。
「付き合わせて悪かったな」
「別に~、いいわよ。でも、ご両親も勘当することないじゃない。ねえ」
「そうしなければ顔向けできない所があるんだってさ」
「ふう~ん。でも、これで最後じゃないでしょ。会うのは」
「そうかな」
「うふふっ。だって私達の結婚式にはきてくれるのでしょう」
「・・・おっま、ここで言うなよ」
「え~。じゃあ、私のことは遊びなんだ~」
本当にこの女は~。義妹との別れの感傷に浸らしてくれない気だな。
僕は溜め息を吐くを彼女に向き合った。
「もう少しいいシチュエーションを考えていたんだけどな」
「なんのこと」
とぼけた顔をした彼女が笑う。
「一生俺の隣にいてほしい。ノーは聞かないからな」
「いいわよ。ただ我儘を言わせてもらうなら結婚は1年後がいいな」
「どうして?」
「こんな花冷えの日もいいかなって思ったの」
「花冷えっていうより・・・なごり雪だろ、これは。僕は満開の桜の下で式を挙げたいかな」
「どちらにしても来年にならないとわからないわよね」
「ああ」
彼女の気遣いに口元に笑みが浮かぶ。
「行こうか」
「そうね」
僕と彼女は手を繋いで歩き出した。