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芋虫は私の救世主だったらしい

 感動に咽び泣いているような芋虫をぼんやり眺めながら、私は溜息を吐いた。


「お菓子、そんなに美味しいの?」


 もしゃもしゃとクッキーを食べていた芋虫は、ぶんぶんと頷いてから珍妙な動きをした。きっとお礼を言っているのだろう。どういたしまして、と軽く手をあげておく。

 最後の一欠片を飲み込んだ芋虫は、どうかしたの?とでも言うように首を傾げた。私の溜息の理由を知りたいのだろうか。ちょっと愚痴らせて貰おう。


「……この世界がゲームの世界だって言ったら、どう思う?」


 芋虫は目を見開いた(多分)。そして、ぴょんぴょん飛び跳ねた。いやだからわかんないよ、芋虫語。しばらく頑張っていたが全然伝わってないのがわかったのか、ショボンと肩を落とした。何だか申し訳ない。


「私、脇役なんだよね?死ぬとかじゃないよね?」


 再び跳ねる芋虫。それってもしかして技なの?戦闘中も跳ね続けるの?進化して龍みたいになるの?


「慰めてくれてるの?それとも食後の運動?」


 自分の分のクッキーに齧り付く。サクサクとしていて歯触りが軽い。うん、これは美味しい。そして真夜中に食べる背徳感で美味しさは三割増しだ。厨房のおじさんにまた作ってもらおう。今度は別の味も食べてみたい。

 私のクッキーをじっと見つめている芋虫に気付いた。まさか、食べ足りないとでも言うのか?私がオヤツを我慢して包んできたというのに、何て奴だ。しかし私がやらなければ、芋虫は一生クッキーなんてものは食べられないかもしれない。少し考えてから、私は食べかけのクッキーを手渡してやる。芋虫は遠慮の欠片もなく受け取り、跳ねた。全く、跳ねるのが好きな芋虫だ。


「この雑木林の向こうって、何があるの?」


 ふと思ったことを聞いてみる。芋虫は、じっくり味わうようにクッキーを食べてから脚をバタつかせた。うん、この子はきっと知っているのだろう。街があるのかな。川があるのかな。本はたくさん読んだし、地図も見たけど、そういえば知らない。特に何の記述もなかった気がする。知らないことだらけだ。あのゲーム、やっておけば良かった。ゲームなんて全然やったことないけど。しかも存在を知った直後に死んだんだろうけど、もしやっていたらもっと楽しく生きられたと思う。悔やんでも悔やみきれない。まさかこんな転生があるなんて想定外過ぎる。非常に残念だ。

 切り株の上から飛び降りた芋虫が、もぞもぞと動き出した。少し進んでは振り返って私を見つめてくる。


「何、ついてこいって言ってる?」


 こくんと頷いた芋虫は、早く早くと言うように跳ねた。どこの筋肉を使っているのだろう。何度見ても器用な芋虫である。

 月の位置を確かめる。まだ時間はある。立ち上がった私は、真珠のような芋虫の背中を追いかけ始めた。


「そういえば、名前ってあるの?」


 振り返った芋虫は、きょとんとした顔(多分)をしていた。そして、何度か首を傾げてから、ぴょんと跳ねた。いや、だから芋虫語難しすぎるってば。


「シロちゃん?おいもちゃん?むっしー?」


 芋虫はぶんぶんと頭を振っていた。どれも違うらしい。しかし、ヒントもなく当てるなんて芸当はできそうにない。そこで私はピンとひらめいた。文字を書かせれば良い。こんなに賢い芋虫なんだから、文字くらい書けるだろう。私はその辺に落ちている枝を、芋虫に持たせた。落ち葉を手でどかして地面を指差す。


「名前、書いて」


 芋虫は雷に打たれたような衝撃を受けていたように思う。まるでその手があったか!と言っているようだ。早速芋虫は、小枝を地面に刺し、がりがりと線を書いていく。こいつ、天才か。いや、もしかしてこの世界の生き物は皆こんな感じなのだろうか。今度、家の馬に話しかけてみよう。


「えーと?こんな文字あったっけ……」


 ミミズが這ったような線が不揃いに書かれていく。象形文字なのか?芋虫文字なのか?一生懸命書く芋虫には悪いが、ちょっと私が知っている文字ではない。この国の文字は知らないのだろうか。

 小枝が折れた。力を入れ過ぎだ。


「……あれ?」


 私は芋虫の後ろに回り込み、文字らしきものを見つめた。読めそうな気がする。これ、『金』だ。漢字だ。


「カネ?キン?キム?」


 芋虫が振り返った。口をパクパクさせている。


「日本人?中国人?とりあえずアジア圏の人だよね?」


 芋虫は、短くなった小枝を放り出して踊り出した。今までで一番キレッキレな踊りだった。これはわかる。興奮しているんだろう。きっと前世はダンサーだったのだ。可哀想に。ダンスの幅が狭まって……いや、種族を越えたことで新しいダンスを習得したのかもしれないな。この芋虫ダンスみたいに。


「ね、とりあえずこの世界の言葉はわかるんだよね?元々は日本人だった?」


 芋虫は大きく頷いた。


「何それ奇跡じゃん。私も前世日本人みたいなんだけど。え、でも……人間から虫に転生したってこと?それって……どんだけ前世で酷いことしたわけ?」


 芋虫が、そんなことはしていないと怒った(多分)ので、私は素直に謝った。もしかしたら私も人外だった可能性もあるわけだし。たまたますごい芋虫に生まれ変わってしまっただけかもしれない。


(きん)さんって呼んでいい?名前がないと不便だし」


 芋虫改め、金さんが少し間をあけてから頷いた。 

 なるほど、前世の記憶があるからこんなに賢いのか。それにしても芋虫だなんて……災難だな。早く成虫になれるといいねと生温かい目で見ていたら、金さんが地面の上を転がり出した。ごろごろごろごろ……と転がり回って、何事もなかったかのように私を見た。恥じらった?何で?と思ったら、また枝を持っている。落ち葉をどかしただけのようだ。

 がりがりと何かを書き始めた金さん。しかし字が汚過ぎてさっぱり解読できない。脚が短いから、仕方がない。せっかく頑張っているのに、何だか申し訳ないな。金さんは期待に満ちた目で私を見上げてきたが、私が難しい顔をしているのに気付いたのか、しょんぼりしている。


「あー……金さんって、ルーディリア王国っていうゲーム知ってる?」


 金さんは目をぱちぱちさせてから頷いた。結構有名なゲームだったのだろうか。


「前世で広告しか見たことないんだけど、何かよく似てるんだよね」


 金さんは首を傾げた。


「ここ、ルーディリア王国ね。で、広告に私っぽい女の子がいたんだよ。ねえ、ここってゲームの世界なのかな?金さんどう思う?」


 金さんは考え込んでいる(多分)。そんなこと急に言われても困るよね、普通は。電波かこの女って思われてなきゃいいけど。

 金さんは全身を使って、何かを表現しだした。が、わからない。


「……私たちに会話はまだ難しいと思う。とりあえず、頷くか首振るかで答えて。金さんは、ここがゲームの世界だと思っている?」


 金さんは、頭を抱えるような仕草をみせた。何とも言えないのだろう。まあ確かに判断材料が少なすぎる。芋虫では情報収集もままならなかっただろう。


「わからないならそれで良いよ。なら、エリス・アイゼンリードのことを教えてほしいんだけど。私に死亡フラグってあるの?」


 金さんは、えー!お前アイゼンリードだったのかぁ!?みたいな顔をした(多分)。そうか。名前しか言ってなかったか。うーん、この反応……金さんは私の未来を知っているような感じだ。つまり、金さんは私の救世主なわけだ。召喚されてきた勇者みたいな存在に違いない。


「で、どうなの?私ってゲーム開始時には死んでるの?」


 金さんは、さっくり頷いた。もう一度言う。金さんは、さっくり頷いたのだ。 

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