プロローグ
私は今、非常に困惑している。
とりあえず、私の名前はエリス。偉大なる風竜の祝福を授かったアイゼンリード侯爵の一人娘で、何不自由なく暮らしている美幼女(笑)である。自分で言うのもなんだけどぼちぼち可愛らしい5歳児だ。が、両親がとてつもなく美しい人達で、ぼちぼちな顔に生まれてしまって大変申し訳なく思っている。
先日お父様の同僚の方に挨拶をした時のことだ。奴は「可愛らしいお嬢様ですね」と言いつつ、私と両親を三回くらい見比べていた。真に受けてアハハウフフと喜ぶ両親の姿は、まるで女神が戯れているかのようで、つい指を組み膝を着きそうになった。そんな神々しい両親の間にいる微妙な私。微妙に美しい幼女。略して美幼女(笑)。これから先「あのアイゼンリード侯爵家の娘なら女神の如く美しいに違いない」と思っている人ばかりの前に、美幼児(笑)の私が登場するわけで。あー……考えただけで視線が痛い。
まぁ、私の容姿のことは置いといて、本題に入りたいと思う。
一週間前のことだ。
新しく買ってもらったドレスがとってもいい感じで、屋敷中の使用人に自慢して回っていた時の事。調子に乗って二階から一階の玄関ホールへ続く階段で、ツンと澄まして妄想の中のエスコート役と降りていたら見事にスッ転んだのだ。いや、あれは素晴らしいコケッぷりだったと思う。「お嬢様ーーっ!?誰かお医者様をっ!」って世話係のメイドちゃんが叫んでいた。「キャーッ!?」って執事も叫んでいた。冷静に言う事逆じゃね?と思ったけど、ツッコむ間もなく、私はサスペンス劇場の被害者役と化したのだ。ゴンゴン頭を打って痛かった。
そして今朝。
私はようやく意識を取り戻した。控えていたメイドちゃんがお水を差しだしながら「旦那様と奥様に知らせてきますね」と微笑み、様子を見に来ていた執事は「良かったです、本当に良かったです!」と号泣した。いや、だから逆じゃね?と思った。
それからお父様とお母様の女神コンビがひとしきり騒いでいった。心配かけてごめんなさい、と素直に謝った。「もう馬鹿な事しちゃだめですからね」と迫力美女なお母様に叱られたが、そもそも私が馬鹿だからきっと無理だろうなと思った。そう思っているのがバレたのか、美少女なお父様が苦笑していた。
で、だ。
寝込んでいる間、私は長い夢を見ていた。夢と言ってしまうには、とてもリアルだった。この世界にはないものがたくさんあって、それを私は当然のものとして受け止めていた。私は、その中で別世界の人間として生きていたのだ。
その人の名前までは分からなかったし、ぶつ切れのシーンをドバーッとみていたのでそこまで感情移入することもなかった。強いて感想をあげるなら、その人もその人の家族も地味顔だった。あと、お兄さんがいて、一緒に雑木林で虫取りをしていた。成る程、私が雑木林を見るとムズムズする理由が判明した。
一番最後のシーンで、その人は電車に乗っていて、ぼんやり車内の広告を眺めていた。物凄い音と振動を感じて、そこで映像は終わった。まあ、つまりそこで死んだのだろう。
その広告が私を困惑させているのだ。
ここは、ルーディリア王国という。その広告には、『ルーディリア王国 乙女ゲーム版』と書いてあった。
あの夢は、私の前世なのだと、私は思う。つまり、私は転生して新しい人生を歩んでいるのだが、それは『ルーディリア王国 乙女ゲーム版』の世界の中で、ということか?そうだとしても、全く内容を知らないのだけど。私は一体どうしたらいいのだろう。