魔王
あまりに落ち込んでいるため歩みは止まらんばかりになっているが、ふらふらと一応は進んでいく。
中央広場に差し掛かったとき、大勢の人のざわめきが聞こえてきた。どうやら出征していた王国騎士団の凱旋のようで、それで大勢の人が集まっていたのだ。
「騎士団かぁ……そういえば魔王退治に行ってたなぁ」
旅の途中で小耳に挟んでいたのだが、先週魔王の城に向かって騎士団が出発したとのことだった。
何気なく近寄ってみると、凱旋にしてはどこかおかしい。人垣から見える騎士たちがみんなボロボロなのだ。鎧はところどころ砕け、剣は折れ、団旗は焦げ……といったありさまで、そして一様に顔を曇らせていた。
つまり……
敗れたのだ。魔王に。
魔王。人の住む地では最北のこのディフォレスト国の更に北、険しい山岳地帯に城をかまえ、魔族を統べる王。
魔族は便宜上人間が勝手に呼称しているだけで、実際は異世界アンダーゲイトよりやってきたその世界の人間であり、多くの魔族の姿は人間とさほど変わりない。はるか昔にこのオーバーゲイトにやって来て、この世界の人間との摩擦を避けるために世界中の僻地に入植したといわれ、また初代魔王自ら僻地中の僻地であるこの地を選んだともいわれる。
彼らは半人半霊で、また空気中の魔力を特殊な呼吸法により吸入し、精神力により練り上げ、魔法を行使できる。
それは人間から見れば恐怖の対象だった。その潜在的恐怖から、あるいは縄張り争いから、人間と魔族との小競り合いは昔からよくあった。
だがそれも他の国々での話。ディフォレスト周辺は魔王の直轄地、魔王の人魔分離政策が行き渡っているためこれまで衝突はなく、また魔王は座して動かなかった。
ところが前魔王が病死し現魔王に変わったためか、魔族の人口が増えてきたのか、近年北部で警備隊との衝突が相次いでいた。
そこで騎士団が遠征に行ったのだが、こてんぱんにやられたようだ。うつむきながら城へ戻っていく騎士団。その姿に騎士の勇壮さはもはやない。
その騎士たちと入れ替わるように別の騎士たちが城の方から現れた。ぴかぴかの鎧なのでおそらく首都防衛に残っていた駐屯組だろう。何やら木の板や棒のようなものを持っている。それをてきぱきと立て札に組み立てると、広場に突き立てた。
そこには「魔王を退治せし者、金5百万フォードと爵位を与える」と書かれていた。
「えぇー、我々は王立騎士団である。まことに情けない話であるが、魔王に敗れてしまった」
騎士の一人が広場に集まっている人々に向けて言った。
「そこで、魔王に懸賞金をかけ、国民より広く勇者を求めることになった。そういうわけでよろしく!」
ヤケクソだった。プライドもへったくれもなかった。遠征した騎士たちのボロボロな姿を見て、仇をうつという気すら起きなかったのだろう。
騎士たちはそのおふれを伝えると、何も言われないうちにとばかりにそさくさと城へ帰っていった。