願い
「何だってー!?」
少女が叫んだ。金髪のショートカットから今にも帽子がずり落ちんばかりに、カウンターに身を乗り出しながらの叫びだった。
ここはディフォレスト国首都アーケイシティの都庁の戸籍課の受付である。その受付の女性に少女がくってかかっていたのだった。
少女は年の頃は16、7といったところで、受付の女性より10歳近く若かった。だが、受付の女性は少女に完全に呑まれていた。
少女の気迫は尋常ではなかった。目は口ほどにものを言う。少女の青い瞳には怨念にも似た熱き想いが込められていた。そうして目でものを語りつつも、しかしやはり口からも熱い想いが叫びとなってあふれ出していた。
「どういうことなの!?」
「で、ですからその特権を与えられているのは王侯貴族のみですので……」
少女に気圧されて受付の女性はおどおどと答えた。
「そ、そんなぁ……」
少女は崩れ落ち、カウンターに突っ伏す。
そのあまりの落胆に受付の女性もいたたまれなくなって必死に資料を探した。少女の目からコップ何杯分の涙が流れただろうか、ついに受付の女性は光明を見いだした。それは小さな小さな可能性。けれどこの子ならやれるかも、と彼女は切り出すことにした。
「あ、ありました! 特例があります!」
「ブラァボィィィィィィィィィヤハァァァァァフゥゥー!」
少女が目にも留まらぬ速さで跳ね起きた。突風と轟音が起こった。
「それでそれで? 特例って? わたしの願いがついに叶う時が?」
さっきまでの涙はどこへやら、少女は一気にまくし立てた。
「そ、それがですね……勇者、英雄と呼ばれるにふさわしい功績をもたらした者には特例として貴族と同等の権利を与える、とありまして……」
「実質不可能!?」
少女は再び崩れ落ちた。今度はカウンターの角で顔面を強打しもんどりうって転げまわった。かと思えば急に止まり、ぴくりとも動かなくなった。そして、ぼそりと呟いた。
「……名前を……変えたいだけなのに……」
少女は名をゼムギルガンといった。