第四章
過去の話はもういい――
そう言ってみたものの、退院し、家に帰ってからというもの、タクミの過去を知っていて話さなかった人たちのお詫び参りのような事が数日間続いた。
皆口々にあの時の事を口にする。
教師、向かいのおばさん、ミイナの両親、親戚――
治療が遅れた事に対する詫びなのだが、そんなのは仕方ない事だと思えた。
話し難い事であるし、自分が言わなくても、誰かが言うだろうと思うのもわかる。
こんな田舎で、そんな過去を知りながら、普通に接してくれていた事に感謝こそすれ、彼らを責める気持ちなどまったくなかった。
由紀とタクミが当事者でありながらそれを忘れているのだから、それに関わった人間としては祖母が言うべきだったのだろう。しかし、彼女も色んなことに傷ついて、蒸し返すのが怖かったのかもしれない。
病院の古い記録には、祖母に再三連絡したことが残されていた。
つまり祖母は知っていたことになる。
いずれにせよ、彼女たちはもういない。死んでしまったのだ。
そのことについてはタクミさえ納得すればそれでいい。気持ちの中での折り合いはついている。
「タクミ。朝からどうしたの? LAへはまだいかないのでしょう?」
リビングのソファーに寝そべって、忙しそうにタンスや押入れを整理するタクミに、アンは不思議そうに問う。
「渡米する用意じゃないよ。右手を探しているんだ――」
リビングの隣の祖母が使っていた和室の天袋から顔を出して溜息をつきながらタクミは振り返る。
うつ伏せてソファーの肘掛けに顎を乗せたままのアンは、大きな眼を見開いて、こちらを訝しんでいる。
右手を探していると言ったのだ。アンの反応は間違ってはいないだろう。タクミはクスリと笑って。
「ああ、ゴメン、説明不足だったな。人間のではないよ。アンドロイドのモノだよ」
そう言って脚立から降りると、腕時計に目をやり経った。時間の速さに驚く。
「……何か飲む? ほったらかしでゴメンな。ミイナは今日、来ないの?」
タクミが入院している期間は、ミイナが家事を全くできないアンの面倒をみてくれた。
「ミイナは……、大学の友達と、ランチ食べて映画だって……」
少し淋しそうなアンの頭にポンと手を乗せて、「じゃあ、俺とどこかへ行ってくれる?」とタクミが微笑む。
アンはそれには不満げにタクミを睨む。
「子供扱いは嫌!」
いやいやと子供が首を振る様な仕草で、頭に乗ったタクミの手を嫌がる。
ミイナが来ない話を悲しげにしたくせに、アンはそんな風に強がった。そんなところも、タクミにとってはとてもかわいいアンの一部だ。
ごめん、ごめんとタクミは慌てて謝りながらキッチンへ。
「それに、アンドロイドの手なんて、何故この家にあるの?」
そう続けたアンの眼は、キラキラとして新しいおもちゃでも見つけた子供のようだ。
どうやら、彼女の好奇心に火を着けてしまったらしい。タクミは手招きでアンをキッチンに呼ぶ。
「コーヒータイムをご一緒してもらえるかい?」
紳士よろしくタクミは胸に右手を当てて、アンに笑いかける。
アンドロイドの右手につられて、その誘いには素直に乗ったアンは、ソファーを立ちこちらに向かってくる。そんなアンに、タクミは心でこっそり微笑む。
「俺の取り戻した記憶の中に、彼女はいるんだ――」
「SF-07の事ね。話して。タクミ、コーヒーの前に髪もとかしてくれる?」
キッチンの椅子に座り、タクミを待つアン。
ミイナに世話してもらうにうちに、朝、髪の毛をとかしてもらう癖が付いたらしい。
「彼女、ルカっていうんだ」
アンの柔らかい金髪をブラシでとかしながらタクミがおずおずと口にする。
その言葉尻、アンが吹きだした。タクミには何が可笑しいか分からず、思わず首を傾げる。
「ゴメン、タクミ。だって、彼女なんて言うんだもん……」
クックッと止まらない笑いを噛み殺しながら、タクミを見上げる。
笑われる意味が理解できないタクミは、黙り込んだままだ。
「前に、図書館でアンドロイドの話をした時は、『あれ』って言ったのよ。デイジーの事……。『あれはいつ買ったの?』って」
「そ…れは……、ゴメン、嫌な思いさせたね……」
「アンドロイドに対しての考えは、人それぞれだから仕方ないと思っていたけれど。タクミがそう思ってくれるのはすごく嬉しいわ。帰ったらデイジーに言わなきゃ」
アンはとても嬉しそうに微笑んだ。
タクミはルカにあった時の状況や、彼女と話したことをアンに話すうちに、自分の中のルカに対する気持ちが大きくなるのを感じた。
その思いがアンに分かってしまったのか――
「会いたい?」
「ああ。多分、彼女が俺の初恋なんだと思う――」
会いたい――
そう口にすることは避けた。
それは、そう本当に思うから。口にするのはとても苦しい事だった。
本当に会いたくて、会いたくて。ルカを忘れていた時間を後悔しても仕方ないのに悔しくてたまらないのだ。
「タクミには、辛い事かも知れないけど……。ルカが現状で作動している可能性はとても低いと言わなければならないわね。形さえ留めていないかもしれない……」
「分かっているよ。会った時にはすでにルカは旧式で、不法に投棄されていた存在なんだからね。それから、日本はアンドロイドが認められない国になってしまったから、回収されて解体されている可能性が高いよね……。それでも探したい」
十年経っているのだ。
あの夏から――
「ばあちゃん、捨てたのかな……」
アンの髪をとかした後、お湯を沸かしながらタクミはそう呟いた。
「バアチャンはアンドロイドと暮らしたことがある時代の人でしょう? そう簡単に捨てられるとは思わないわ。でも、タクミやユキの眼に届く場所には置けない――」
治療の事すら怖くて言い出せなかったような人だから、見られたくはないと考えるのは必然だと思った。
「アンドロイドの手って優しいのよ。本当に、悲しくなるほど。アンドロイドと暮らしたことがある人ならそれを簡単に捨てたりできないはずよ……。だとしたらタクミとユキが絶対触らない場所……って、どこ?」
タクミは俯き腕を組んで考える。祖母の部屋は死んだ後押入れも仏壇も片付けたし、キッチンはタクミも使っていたし。
ガレージの物置も、天井裏の物置スペースも、キッチンの床下収納庫も、タクミも利用していた。タクミは祖母の生活を思い出していた。
晩年は買い物もタクミがしていたし、彼女が出かけることは少なかった。
この家で由紀の介護に追われながら、彼女は小さな庭で家庭菜園をしていた。
色の濃い小ぶりの野菜を嬉しそうに収穫していた姿を思い出す。
「……っ!」タクミが顔を上げる。
「何か思い出した?」
「アン、こっち!」
アンの手を引いて縁側から庭に。
祖母が大切にしていた、家庭菜園はもうすでになく、芝が植えられている。
少し前にタカヤ達とバーベキューを楽しんだ場所だ。
縁側の下を覗くとプラスティックの道具箱がある。
祖母が庭いじりの道具を入れていた。
「アン、そっち引っ張って……」
アンと二人地べたに這いつくばって、大きな箱を引きずる。
一メートル程の幅に奥行きは五十センチくらい、深さが四十センチくらいはあるだろうか。
思いの外重い箱を引きずり出し、息をついてアンの顔を見る。
アンも不安げにタクミを見る。
「開けるよ……」
蓋の部分にかけたタクミの手が震える。
この箱の中にルカの右手があったところで、過去を取り戻せる訳ではないだろう。
ルカの手であってルカではないのだから。
それでもタクミは実感が欲しかった。再び巡り合った記憶に裏付けが必要だと思った。
しかし、見つけてしまえばもう引き返せない気がした。
何から?
運命――
彼女の手が握っているタクミの逃れない運命から。
「タクミ」
動けないタクミをアンは呼ぶ。
「ダイジョーブ。何も心配要らないわ」
アンは微笑んだ。
その言葉に妙に安心させられて、タクミは蓋にかけた指先に力を込める。
本当にアンには驚かされる。日に日に魅力的な女性へと成長する青い目の妹。
アンの眼の合図で一気に蓋を上げる。まるでパンドラの箱を開けるエピメテウスみたいなシチューエーションだ。エピメテウスと違うのは、妹に唆されたわけではなく、タクミは、妹に勇気づけられて箱を開けた事だろう。
その時はもう、右手がその箱に入っていて欲しいのか欲しくないのか、タクミの気持ちはグチャグチャで、自分でもどうなのか解からない位だった。
箱の中身は少しカビと錆びの匂いがした。
「随分原始的な方法で庭を造っていたのね……」
アンは中を覗き込んで見回す。
錆びの付いた、道具達をアンは一つずつ箱から取り出してゆく。
「こういうの、流行ったんだよ。日本は元々農耕民族だから。今は、野菜は安全な水栽培が主流だろ? だけど、昔の作り方が体にもいいって、こんな道具もレトロで可愛いってさ。年配の夫婦がこぞって庭を菜園にしてさ」
そう言ってタクミも箱に手を入れる。
半分ほど取り出した時、青いナイロン袋に入ったものをタクミが見つけて取り出す。
確信があった。袋から出すと何重にも布地がまいてあり、それを剥がしていくと、肌色が見えた。あの時タクミ温めてくれた優しい手は、今は冷え冷えとして、それを持っているだけで胸が切り裂かれるようだった。
「あったね……」
アンが小さな声で言う。
タクミは細い腕を眺めながら頷いた。
掌は力なく開いたまま。その掌に触れる。あの時は温かかった掌を頬に当ててみる。
この柔らかい感触は知っている。
キメの細かい柔らかい肌が触れる記憶。あの時は、この手が生きる力をくれた。
帰りたくなかった、息の詰まる母との家に帰る力をくれた。
「アン、俺、泣いている?」
不意にタクミがそう言ったので、アンはタクミの顔に目をやる。
「泣いているわ。涙は流れていないけど……。タクミはずっと、こうやって…泣いていた?」
アンは言った。
「うん……」
頷いたタクミはアンには少し子供っぽく見えた。見えない涙は流れている。
とめどなく――
「わかった――。今度はアタシが、タクミを助けるの。ねぇ、それでいいでしょう? タクミ、ルカを探そう……」
そう言ってアンはタクミを強く抱きしめた。
「うん……」
だって、言葉が出てこない。
だけど一つだけ確実なことは、ルカという存在にこんなに心を動かされていること。
多分これから色んなことが動き出す。そんな予感がした。
「喉が渇いたわ」
朝ごはんを食べた後、何も口にしないまま、時計は午後四時を回った。
「わかったから! レンタカーの手続きはもう終わったし。東京に入ればきっと色々あるはずだからさぁ……」
もう何も言うなと言わんばかりに両手を前に突き出すようにして言う。
「……とにかく、車に乗ろう」
タクミはため息交じりにそう呟いた。
東京――
今は特別地区。入るだけで大変なのだ。
比較的安全だった昔とは違い、大きな都市はテロなどの標的にされることも多く、政府の機関が点在する首都はどの国でも警備が過剰で、どこに行くのもそれに時間が割かれる。
それにしても、今日はタカヤの段取りが悪すぎた。
東京の道は東京で登録した自動車しか走れない。東京に出入りする車体は、それ専用の車検を半年に一度受けなくてはならない。テロなどを防ぐためだ。
タクミもタカヤの車もそんな車検は受けてはいなくて、多くの人がそうするように、専用のレンタカーを借りる事になったのだが、書類の提出や荷物の検査、個別の面談と手続きだけで一日かかった。
書類は前もってネットで提出できるので、「俺に任せろ」というタカヤに任せたのだが、忘れていたらしく、全てその日にすることになった。
そんな事なら公共の乗り物をと思うだろうが、外国人のアンが東京の電車やバスを使うのには専用のパスがいる。そのパスを貰うのには領事館の許可をもらわなくてはならず、何日もかかる上に、審査もレンタカーの手続きなどより厳しいものになるのだ。
公共の乗り物は大勢が利用するもので、一度テロが起きればたくさんの人間が巻き込まれるわけだから、それも仕方ないのかもしれない。
そんなわけで、今やっと全てが終わって指定された車体の車庫に向っている。
「ちょっと! 君たち。これ、忘れ物……」
若い係員が走ってきた。何やら書類を手渡される。
「橋本教授の委任状。これが無いと、面倒な事になるからね」
彼は少し笑ってそれをタクミに渡す。タクミは軽く頭を下げて礼を言った。
これは『ルカの右手』を持って歩くための通行書のようなモノだ。
東京では、あらゆるところで持ち物がスキャンされ、危険物などの検査が行われる。
ビルの入り口のカメラや、大通りなどにもカメラが備え付けられて、許可書があるかどうか瞬時に確認され、なければ警備員が飛んでくるわけだ。
橋本教授とは、アンドロイドの回収に協力している大学教授だ。
ルカの事で連絡を取り、色々情報も貰えた上で、名目として他の人に届ける為この腕を持って東京に入ることを委任してくれたことになっている。
話は、三日前にさかのぼる。
ルカの右手を見つけた後、アンの大学の伝手で橋本教授に連絡を取ることが出来た。
橋本教授は、右手のないスマイルカンパニー社のSF-07には心当たりはないようだが、同じようにアンドロイドに組み込まれたIAの処分にも携わった研究者を紹介してくれた。
その男は『神谷 類』という。スマイルカンパニー社のSFシリーズを数体所有しているらしく、現存しているSFシリーズは日本ではおそらく彼の所以外にはないという事だった。
彼は研究用としての個体を所有する許可をもっているというだけで、橋本教授も彼の所有するアンドロイドを見た事が無く、作動しているものなのか、解体されているのか知らないという事だった。
しかし、AIが禁止されているこの国でAIの研究をしている事にタクミは疑問を持った。
「不思議な事じゃないわ。一般に使用が認められていないだけで、軍にはウジャウジャいるかもしれないでしょう?」
アンが言う。
「もし、政府の方針が代わってAIが許可されたとして、これから研究を始めます…じゃあ何十年かかるか分からないじゃない。それに敵対する国がアンドロイドの兵隊を使っていたら? AIに対する技術や知識は、ただ使う為だけに必要だとは限らないものよ……」
橋本教授と何度かメールやビデオ通話でアンドロイドの腕を所有している事や、その腕の持ち主を探している事を話すうちに、教授がAI使用禁止に反対している理由が、知恵を授けられたモノに対して人間が余りにも誠意を払わない為だという事も理解した。
そして、タクミが神谷に会いたい旨を伝えてもらったところ、右手のないアンドロイドについて処分した記憶も心当たりもないが、右手には興味があるらしく、右手の引き渡しを条件に合う事を承諾してくれた。
引き渡すことには迷いもあった。
せっかく出会えたルカの一部だから――
しかしながら、神谷が言った右手のないアンドロイドに心当たりがないという言葉に、タクミは思いの外打ちのめされていたらしく、会えないならそれも仕方ないかとも思った。
政策として徹底的にアンドロイド排除したこの国で、ルカはもう別の機械の一部になり果てているのだろうと。
そう思えば、後はSF-07が動いている姿でも見ることが出来たなら――
いや、動いていなくてもいい。ルカによく似たアンドロイドに会えば、この頭に残る彼女の記憶をもう少し掘り返すことが出来るかもしれないと。
彼女の腕を手放して、忘れる事にしようと思った。かなわない初恋を。
思い出すのが遅すぎたのだ。
そして東京へ。
タカヤは、退院間もないタクミの事を思ってついてきてくれることになったのだ。
それは、アンの強い希望でもあった。
タクミを心配しての事だとは言っていたが、タクミはそれ以外の意味にも気付いていた。
だけど、もう一つの意味については気付いていないふりをした。
現代の東京は、世界から注目される都市だ。面積の狭さをカバーするため、地下や空中の可能性を余すことなく利用する未来都市としては世界無二と言えよう。
地震の多いこの国でそれを実現するのには高い化学水準が必要である。
走り出した自動車は、地下の車庫から出ると、銀色の重厚な門が開けられ、ゆっくりと敷地外へと――
景色は徐々に空を遠ざけ、人工物を増やしてゆく。
透明のチューブ状の道路に合流すると景色はさらに近未来化する。
ホログラムの広告が頭の上をすり抜ける。タカヤが「おっ」と声を上げて仰け反る。
ステアリングから手を離してもそう危なくはない。この道路を走る車は速度も進行方向も、事故を起こさないよう管理されていて、世界一安全な道路と言われている。
基本、歩行者進入禁止で一方通行の専用車用道路なので車が故障でもしない限り事故は起こりえないのだ。
タクミ達の住んでいる地域は東京近郊で唯一、景観保護が義務づけられていた。
そのため五十年前から景観が変わっていない。付近の町はタクミの住む町よりは、もう少し近代的だった。もう日本には、義務的に保存しない場所に、日本の風景などありはしない。
それはどの国も同じようなモノで、発展と保存はセットで行われている。
なので、ほとんどの国のほとんどの地域であまり国の違いは見られない。何処も似たような近代的な機械仕掛けの景色が広がっている。
「タクミ、ドクター神谷の住所のデータは?」
「このタブに入ってるよ」
タブレットを渡す。
「直行するの?」
車のナビに住所のデータを入力しているアンに聞く。
「食事の時間は終わったわ……もう食べない。タクミも早くドクターに会いたいでしょ?」
「さっきまで腹減ったって言っていたじゃないか」
タカヤがチラリとアンを見やる。
「いらない! 時間がもうダメ! お昼ではなさすぎるもの」と、ピシャリ。
「だけど……、何も食べてないのに……」
「タカヤ、アンはもう晩飯まで何も食わないよ。一度決めたら。そういう奴なんだ……」
タクミは言葉足らずのアンの為に、後部座席からそう付け足す。
助手席のアンは「そう言う事!」と言って頷く。
「何分かかるって?」
タクミがアンにそう聞く。先ほどの話題を引きずっても、アンをイライラさせるだけだと思ったから。多くの人には理解出来なくてもアンには当たり前の事なのだ。それを突っ込まれるとアンは混乱しやすい。アンを知ったからよく見えるようになった、自分を含め普通と称される人の傲慢。日々アンは普通ではない理由の説明を強要される。
「三十分って出ているけど?」
「じゃあ向こうで、教授にあった後、晩飯を食えばいい」
少し疲れもあった。
どうせ、ルカの腕を渡せばすぐに返されるに決まっている。そう思った。
神谷という男との出会いを前に、怖くて仕方なかった。
橋本教授は「悪い奴ではない、ただ少し変わっているだけだ」と言っていたが、ネット上の情報は、彼が愛想なしで人付き合いが嫌いな人だと限定する。
写真には黒縁メガネの華奢で神経質そうな男が、仏頂面で映っている。
それを見たミイナは「笑えばとてもきれいな人」だと言った。
確かに最初、集合写真で見た彼をタクミは女性だと見誤ってしまった。大学の研究チームだと思われるその集合写真は六人の白衣を着た学者が並んでいて、神谷は左端でまるでわざと眼を逸らす様に映っていた。肩まで伸びた髪を耳にかけたその風貌は中性的だったが。だか、それ以上に人を拒絶するような表情が強烈で印象的過ぎた。彼の写真を数枚見たところで、彼の人嫌いは確信に変わった。
どの写真も、一緒に映っている人と間隔を開けて、ニコリともしない彼しかいない。
ちゃんと話せるだろうか。
そう考えてしまう。
タクミを受け入れるのも、アンドロイドの右手に興味があるだけなのだろうし。
慣れない匂いのする車の後部座席で、目を伏せたタクミは、記憶の中のルカを探していた。
幼い日に会った、たった数時間の彼女を――
想うだけで何故こんなに苦しいのか――