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6、ユタ


 エストレーヤは、少年の後に続いて狭い路地に入っていった。

 四角い石造りの建物の間に出来た隙間は、子どもがやっと通れる幅だ。おそらく番人もこんな抜け道があることなど気付いていないのだろう。

 故郷を離れて数年、アクリャワシで暮らしてきたエストレーヤも、こんな抜け道があることなど全く気付かなかった。だからこそ、その日は未知の世界に飛び出す記念の日になるだろう。

 少年の背中を眺めながら、エストレーヤの心は躍っていた。


 一瞬やや開けた空間に出たが、再び狭い路地に入り込む。こんな迷路の中に迷い込んでも遠くへ来た覚えがないという目の前の少年は、よほど感覚が鈍いのだろうか? そう考えてエストレーヤは少し哀れな目で少年を見つめた。

 やがて視界が開け、目の前に広い草地が現れた。草地といっても、エメラルド色の草は綺麗に刈り込まれて織物の表面のようだ。そしてその草地の周囲には美しく磨かれた高い高い石の壁が聳えていた。いや、石の壁だと思ったのは、よく見れば大きな建物だ。


 アクリャワシを初めて見たとき大きな石をいくつも積み上げて造られた立派なその建物に驚いたものだが、そこで目にしたものは、その時の何倍も驚くべきものだった。


 『宮殿』と少年は言っていた。宮殿つまり『王さまの住むお屋敷』のことだ。

 さっきは少年をアクリャワシから追い出そうと必死だったので聞き流していたが、宮殿に住んでいるという少年の事情もかなり特別なものだろう。

 歩みを止めて周囲を見回しているエストレーヤを置いて、少年は向こうで彼を呼んでいる仲間の方へと走っていった。


 そこには、やはり『特別な』暮らしをしている多くの子どもたちがいた。

 数人の子どもたち(少年よりも幼く見える子どもも何人かいた)に囲まれて、少年は何やら話をしていたが、しばらくすると、エストレーヤを振り返って手招きをした。周囲の子どもたちは一斉に好奇の目をエストレーヤに向けた。


 エストレーヤが彼らの方に歩み寄っていくと、少年はエストレーヤを紹介しようと彼女の方に手を差し伸べたが、どう言っていいのか分からずに口を開いたまま黙ってしまった。


「あたしピウラよ。よろしくね」


 少年の迷いを察して、エストレーヤは自分から名前を告げた。安心して、少年はエストレーヤの言葉を繰り返した。


「そ、う……。ピウラなんだ。ここで暮らすことになった新しい友達だよ」


 すると好奇心旺盛な子どもたちがエストレーヤを囲んで、一斉に質問を投げかけた。


「誰に仕えているの?」


「住んでいるのは北の寮?」


「きょうだいはいるの?」


 一度にいろんなことを訊かれては答えようがないが、彼らは特にエストレーヤの答えを期待しているわけではなく、新しい友達に話しかけたくて仕方ないだけのようだ。そこでエストレーヤは適当に相槌を打ちながら、彼らの置かれた事情を何となく知った。

 どうやらその子どもたちは、王さまの宮殿に住み込みで仕えている召使いの家族のようだ。王さまの宮殿には、王さま以外にもその親族たちが住んでいて、誰に仕えているのかで、住む場所も生活の仕方も少し違うらしいのだ。

 もちろん幼い子どもたちにはそんな違いなど関係なく、宮殿の隅にこうして集まって遊ぶことが日課なのだろう。


 故郷とアクリャワシの生活しか知らないエストレーヤには、珍しいことばかりだった。


「ねえ、もう一度、かくれんぼをしようよ。今度は変なところに迷い込まないように、ぼくが探す役になるよ」


 少年がそう言って手で顔を覆って後ろを向いた。それを合図に子どもたちは黄色い声を上げながら四方に散らばっていった。

 一歩遅れてエストレーヤも彼らに従った。しかし、初めて来た場所ではどこに行っていいのか分からない。適当な子どもを見つけてその手を引いた。


「ねえ、あたし、ここはよく知らないから迷っちゃうわ。一緒に行っていい?」


「いいよ。ぼくオマって言うんだ」


 大人しそうなオマは、遠慮がちにエストレーヤの袖を持って早足で歩いていった。そして草地の隅に積まれた木の箱の陰に案内した。


「ここ、見つかりにくいんだよ」


 並んで腰を下ろし身を寄せ合うと、オマは小声でエストレーヤに話し掛けてきた。


「もしかして、ピウラは王女さまなの?」


「王女さまって?」


「だって、ユタは王子さまだから、ピウラもユタと同じ王さまのきょうだいなんじゃないかと思って」


「え? あの子、ユタっていうの? 王子さまなの?」


「知らなかったの?」


「だって、さっき会ったばかりだもの」


「それなら、ピウラもぼくたちと同じ召使いの子なんだね。ユタは王さまの弟だから、ユタを困らせたり泣かせたりしちゃいけないんだよ。一緒に遊んでもいいけど、気を付けなくちゃいけないんだ」


「どうして? どうしてそんなことしなくちゃいけないの?」


「だって、ユタを困らせたら、父さんも母さんもお仕事ができなくなって宮殿を追い出されてしまうから。ここではちゃんときまりを守って遊ばなくちゃいけないんだよ」


「…………」




 ダニエラはショックを受けた。それはエストレーヤの衝撃だったのかもしれない。

 エストレーヤの記憶をそこまで辿り、意識は研究室に戻っていた。そっと眼を開けカプセルを見つめると、心の中で呼びかけた。


「エストレーヤ、それがユタという少年との出会いだったのね」


―― あたしには、ユタが王子だなんて関係ないし、オマの言っていることがよくわからなかったわ。それにあたしは宮殿で暮らしているわけではないし、そんなきまりを守る必要も無かった。

 それよりも、友だちだと思っている子にそんな風に思われているなんて、ユタがかわいそうだと思ったの。だからあたし、ユタの友だちになりたいって、思ったのよ。みんなが遠慮して言わないことも、ユタには言ってやろうと思ったの。


 それからは、毎日抜け道を通って宮殿に行ったわ。


 でも、気の弱いユタったら、そういうあたしが怖かったみたいね。なんだかあたしの前だとビクビクしていたわ。そしたらあたし、それが面白くなくて、ユタについ、きついことばかり言うようになってしまったの。

 それがあるとき、我慢できなくなったユタがこう言ったのよ。


「ぼくがアクリャワシに迷い込んだことを言ったら、ピウラがアクリャワシから抜け出してくることも言ってやるぞ!」


 おかしいったらありゃしないわ! ユタったらずっとアクリャワシに行ったことをあたしに告げ口されるかもしれないって思ってたのよ。だからビクビクしてあたしの言いなりになってたの!

 でも今さら本当のことなんて言えないから、あたしも言ってやったわ。


「やっと気付いたの? そうね。お互い様ってことになるわね。解ったわ。これからあんたは同じ秘密を持つ仲間よ!」って。


 ユタが王子だなんて関係ない。本当の友だちになれたんだって、その時思ったわ! ――



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