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4、アクリャ


 それからエストレーヤは、またしばらく沈黙していた。

 その間、ダニエラは彼女の語ったことを忘れないうちにレポート用紙に書き留めようと必死にペンを走らせた。

 メモを取りながら、広大な草原を駆け回る活き活きとした少女の姿が思い浮かんだ。初日にダニエラが目にした、黒く艶のある長いおさげ髪を背中で弾ませながら、はち切れるような笑顔を青空に向けて駆け抜けていく女の子が……。


 だいぶ時間が経って、エストレーヤは再び語り始めたが、さっきとは打って変わって沈んだ調子だった。沈黙している間に違うエピソードを思い出したのだろうか。



―― ……あたしはどこにいても目立つということが、悪いことだなんて思ってもいなかったわ。あとになって考えたら、父さんも母さんも、それで苦労したこともあったのかもしれないと分かったけど、そのときは、父さんも母さんも、きょうだいの中であたしをいちばん大事にしてくれているって信じてた。


 でも、あのときは、この性格を少しうらんだわ。


 村でいちばん目立つあたしは、役人に目を付けられて、家族と引き離されることになってしまったの。

 ある日、王さまの住む都から役人がやってきて言ったわ。

『この村から、チャスカという娘が”神さまに仕える巫女アクリャ”に選ばれた。チャスカを都に連れていくことになった』って。


 あたしが村で一番元気が良くて目立っていたから、目を付けられたのよ。そのせいであたしは、父さんとも母さんとも、きょうだいたちとも、二度と会えなくなってしまったの ――


 ダニエラはすぐさま反論した。


「それは違うわ。太陽に仕える巫女、アクリャは、その地域で一番美しい娘が選ばれるのよ。元気が良くてもおとなしくても、誰よりも美しいことが条件なの」


―― まあ、あたしの国のことなのに、よく識っているのね、ダニエラ! ――


「そうよ。私はあなたの国のことも勉強しているんですもの」


―― それなら、ダニエラのほうが詳しいかもしれないわ。あなたの言うことが本当のことだったのかもしれないわね。でもあたしはまだほんの子どもだったし、そんな理由があったなんて思いもしなかった。とにかく、この性格のせいでアクリャに選ばれて、家族と離れなくてはならなくなったんだって、ずっと思ってたわ ――


「それは気の毒だったわ」



 太陽の巫女、アクリャ。

 インカの国では各地域から顔立ちの良い少女が『太陽神に仕える巫女』として選ばれ、首都の神殿や各地域の主要な神殿に仕えることが義務付けられた。

 選ばれた少女たちは、神殿に隣接する『アクリャワシ』という館に集められ生活する。一生そこから出ることは許されず、外の人間と接触することもできなかった。

 ひたすら神に仕え、太陽神と、太陽神の息子とされる王のために織物やとうもろこし酒アハを作ることを生業とした。


 アクリャを出すことは、その家にとっても共同体にとっても、大変名誉なことだ。エストレーヤの家族と彼女の育った村の人々は、どれほど誇らしかったことだろう。実際には彼女がその運命を嘆き、陰で家族が嘆き悲しんでいたとしても……。


 ダニエラは、幼いながらも家族との別れに理由を見つけ出そうとしたエストレーヤの健気な気持ちに胸が痛んだ。


―― でも、だからって、この性格がそうそう変わるわけがなかったわ! ――


 ダニエラが同情を覚えたのも束の間、エストレーヤは楽しげに、いや少し腹立たし気に、また語り出した。


―― あたしは都に来て、たくさんのアクリャと一緒に暮らすことになった。そこではママコーナという女の人たちが都での暮らし方やお仕事のやり方を教えているんだけど、あたしにはどうしてそんなことをしなくてはいけないのか、さっぱり分からなかったし、第一、なんでアクリャにならなくちゃいけないのか理解できなかったの。

 だからママコーナの言うことにいつも『なんで?』『どうして?』と訊いたわ。するとママコーナは『そういう決まりです』としか言わないのよ。あたしはいっつも面白くなかったわ。

 ほかのアクリャはみんな物静かで聞き分けがいいの。ママコーナの言うことに『なんで?』なんて聞き返す子はひとりもいないのよ。それこそおかしいと、あたしは思ったわ。


 だからやっぱり、アクリャの中でも、あたしはいちばん目立ってた。

 目立つんなら、”チャスカ”って、あの素敵な名前で呼んでくれればいいじゃない?

 それなのに、ママコーナは『あなたのことは、ここでは”ピウラ”と呼びます。自分でも名前を訊かれたら”ピウラ”と言うように』なんて命令したのよ。

 ピウラってあたしの生まれた村の名前なの。それならあたしの家族も、村にいる人たちもみんな”ピウラ”になっちゃうわよね。本当、おかしなきまりばっかりだったわ! ――

 

 再び饒舌になったエストレーヤに、ダニエラは安心した。


「確かにそうね。私が生まれたのは、リマっていうとってもたくさんの人が暮らす大きな街だけど、そこに暮らす人がみんな『リマ』って呼ばれていたら、ややこしくて仕方ないわ」


―― そうでしょう? そんな風に、ママコーナの言うことはおかしなことばかりだったわ。

 けれどおかしいなんて言うのはあたしくらいしかいなかったの。だから仕方なく従わなくちゃいけないこともたくさんあって、悔しかったわ   ――


 故郷から引き離されて知らない人の中で暮らすことになっても、彼女の芯の強さが、きっと都の孤独な生活にも耐えられる力を与えていたのだろう。

 むしろ、古い慣習に縛られたアクリャワシに、新鮮な風を吹き込もうとする存在だったのかもしれない。 


「素敵な性格ね。私、そういうの好きだわ」


―― そう、ありがとう。ダニエラはそう言ってくれるけど、あたしはとにかくアクリャワシの中では問題児だったのよ。アクリャの仕事なんて、ちっともやる気は起きなかったわ。さぼってばかりいた ――


 ダニエラは思わず噴き出しそうになった。エストレーヤの話を書き留めていたペンを置いて慌てて口を押さえ、なんとか俯いて少し肩を震わせる程度に抑える。

 

―― でも ――


 エストレーヤの口調がまた変わったのを感じて、ダニエラは顔を上げた。


―― ……そのおかげでユタと会えたんだわ ――


 新しい登場人物の名に、ダニエラは姿勢を正し少し身を乗り出す。エストレーヤの話の続きにおおいに期待を寄せたとき、背後から肩を叩かれた。

 振り返るとミゲルが申し訳なさそうに立っていた。


「勉強に夢中になっているところ、すまないが。そろそろここを閉める時間なんだ」



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