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12、悠久の真実

天と地の間を漂い 万物を俯瞰せり


悠久変わらぬ 太陽と月と星の動き

目まぐるしく変わる 地上のあらゆるものたち


我らは 遠い場所から

大いなる時の流れを見つめている

大いなる時の旋律を聴いている


ただ ひたすら 俯瞰せり

ただ ひたすら 傾聴せり





「あのっ!」


 ダニエラはマルシアの手にあるノートを乱暴に奪い取った。マルシアは非常に気まずい顔になって言った。


「ごめんなさい。あなたが毎日とても熱心だから、私も少し見習おうかとつい……」


 ダニエラが席を外しているときに、マルシアはダニエラのノートを手に取って見ていたのだ。覗き見たのが悪いこととは思ったが、ダニエラの慌てようにマルシアも戸惑った。


「……でもそのレポートの内容はあまりにも難しくて私には理解できなかったわ! 流石ね」


「別にそういうんじゃないわ。走り書きのメモだから読みにくいだけよ。

悪いけど、これはまだ他人にお見せできるものじゃないの」


「いいえ。勝手に覗いた私が悪かったのよ。良いレポートに仕上がるように応援しているわ」


 エストレーヤの記憶は、ますます理解不能な世界観に成っていく。宗教的なものなのか、幻想なのか、普通の言語では表せない言葉がたくさん出てくるようになった。

 ダニエラはそれに独自の言葉を当てたり、音をそのまま表現したりと工夫を重ねて書き留めていたのだ。

 マルシアに限らず、他人には決して解読できないだろう。果たしてこれがレポートとして完成するのかどうか、ダニエラ当人も不安である。


 マルシアは話を変えた。


「そうそう、喜んで、ダニエラ! エストレーヤのカプセルを開く許可が下りたわよ。私ったらそれを知らせるつもりだったのに、ごめんなさいね!」


「本当?!」


「でもね、最終日までに一度だけという条件なの。ダニエラが居られるのはあと何日?」


「あと、五日だけど」


「そう。いつがいいかしら?」


「それなら、最終日がいいわ!」


 ダニエラは即答した。


「そう、それなら最終日にエストレーヤに会わせてあげるわね」


「幸運だわ! ありがとう、マルシア。それからミゲル」


 ダニエラは、向こうの席からこちらを見つめる研究員にもお礼を言った。ミゲルは片目をつぶって親指を立ててみせた。


 あと五日。五日目にエストレーヤに会える。それまで彼女の言いたいことを出来る限り受け取らなくてはならない。


 ダニエラは、今まで以上に真剣にエストレーヤに向き合った。





 ユタに心無い言葉を浴びせて逃げるように帰ってきてから、エストレーヤは宮殿に足を運ぶことができなくなってしまった。

 皮肉にもそれが、エストレーヤに大いなる力を蘇らせるきっかけとなったのだ。


 大神官の説教によって、歴史を辿るようにこの国で起きた様々な出来事を識っていった。すると大神官の話以上の事を、自分が識っていることに気付いたのだ。

 大神官の話が呼び水となり、エストレーヤの潜在意識にあった記憶がひとつひとつ蘇ってくる。


 いつの間にか大神官やパリャックやクワンチャイと、心で会話が出来るようになっていたエストレーヤは、パリャックやクワンチャイの中にも似たような記憶が存在していることを知った。


 やがて彼らは、自分たちの持つ知識が大神官でさえも足元に及ばないような膨大なものだということを自覚していった。

 そしてそれが、人の視点から得たものではないということにも気付き始めていた。


 人間がどのように生まれ、どのように暮らし、どのように老いて死んでいくのか。

 人が寄り、繋がりが生まれ、集団となり、やがて国を成す。

 その一方で、衝突し、時にお互いを傷つけ合う。繋がりは断たれ、国は崩壊を迎える。

 繁栄と衰退、融合と破綻、友愛と憎悪。

 それらの人の動きを。


 いやそれ以前に、大地が隆起し、変化するさまを。

 そこに無数の生命が生まれ、滅びるさまを。


 彼らは見守ってきた。

 太古の昔から……。


―― あたしが生まれた意味は、それを伝えるためだったの? ――




 大いなる力を呼び覚ます大神官のお説教は、終わりを迎えようとしていた。


 これまで長い長い歴史を丁寧に語ってきた大神官の説教が、現代へと近づいてくる。

 その夜は、現国王の偉業についての話だった。


―― 我らが王は、強大な力を持つ部族に、今まさに滅ぼされんとするこの国を、御身を省みずに護り通された。

 我らが王のもとに同志は集い、大地に生きる多くの部族が参集した。

 二つに引き裂かれたかに思われた大地は、王のもとでさらに広大で強固なひとつの大地へと変わりつつある ――


 大神官が王の功績を語るも、エストレーヤにも、パリャックやクワンチャイにも、前のような記憶が蘇って来ない。それらは三人がすでにこの世に生を受けたあとの話だからだ。

 しかし、三人は大神官の記憶を通して当時の様子を知ることが出来た。


 今の王は、強大な敵が国を滅ぼそうとしていたとき、自らの身を挺して国を護った人物だ。

 その壮絶な戦いのつぶさな記憶を、説教の内容と大神官の記憶の中で辿ることが出来た。


 そのとき、エストレーヤは気になる記憶の断片を見つけた。



 戦乱の最中、疲弊し尽くしたこの国の民に大きな希望を与える出来事が起きた。


 ひとりの王子の誕生だった。


 多くの仲間を失い、悲嘆に暮れる人々は、王子の誕生を知り、歓喜した。

 その出来事が人々に勇気を与え、この国をひとつに繋ぐ力となった……



 瞑想していたエストレーヤは、ぱっと目を開け、独り言を呟いた。


「ユタは、あの時の王子! 」


 訝しげに見ている大神官を無視して、エストレーヤは再び目を閉じた。


―― ユタの母さんは、どうしたのかしら ――


 エストレーヤは大神官の語りと記憶の隅々を探し回った。そしてようやく知りたいと思う記憶を探り当てたのだ。



 ひとりの女戦士が小さな赤ん坊を託して、戦地に赴いた。

 彼女は多くの戦士を率いて、先頭に立って戦った。最後のさいごまで勇猛果敢に戦い続けたが、やがて力尽き、その場に崩れ落ちた……。



 エストレーヤは心が沸き立った。


―― ユタに伝えなくちゃ!

 あんたは孤独なんかじゃない。みんなの希望だったのよ!

 あんたの母さんは、とても立派だったのよ! ――



 翌日、しばらく足が遠のいていた宮殿に再びエストレーヤは向かっていた。



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