11、晩餐
ーー そうはいっても、あたしもどこかでまだ、自分の思い過ごしではないかと思っていたわ。それを確かめるには、他の二人に訊いてみるのが一番早いと思ったわ ーー
お説教、二日目の晩、三人は大神官の館の晩餐に招かれた。
いや、実際には大神官は同席せず、館の一室で三人にご馳走が振る舞われただけだったが。
これまで三人には馴染みのない豪華な夕餉だったが、給仕をする者以外大人は誰も同席せず、子どもたちだけの寂しい宴席だった。
しかしエストレーヤには、気になっていることをほかの二人に確かめるチャンスだった。
隣の席に居るパリャックに、エストレーヤは思い切って訊いてみた。
「パリャック、あたしたちはどうして選ばれたのかしら? あたしたちが忘れている何か大切なことを、大神官さまは思い出させようとしているのかしら?」
けれど、パリャックはエストレーヤの問い掛けを無視して黙々と食事を続けている。
質問をはぐらかされて、良い気がしないエストレーヤは、少し大きな声で呼びかけた。
「ちょっと! 訊きたいことがあるんだけど!」
すると、正面に座っていたクワンチャイが語りかけてきた。
「パリャックは耳が聞こえないのよ。あなたの声は届いていないわ」
そう言われて、エストレーヤは再びパリャックを見た。彼は我関せずといった様子で静かに食事をしていた。
「あなたの質問には、私が答えてあげるわね」
クワンチャイは、その容姿に似つかわしい、柔らかく澄んだ声でそう言った。
「あなたが思った通りよ。
私たちは他の人間とは違うわ。大きな力と使命があるのよ。けれど、それがどれほどのものかは、私たちにも分からないの。おそらく大神官さまにも分からないでしょうね。
ただ、今、その力が必要とされているの。わたしたちは、その力を取り戻さなくてはならないの。
取り戻す方法は、大神官さまだけがご存知なのよ」
「どうして、その力が必要なの?」
「それも私には分からないわ。きっと時が来れば、大神官さまが教えてくださるわ。私たちに出来るのは、少しでも早くその力を取り戻すことなのよ」
クワンチャイの話は肝心なところが曖昧で、エストレーヤにはうまく理解できなかったが、今は神殿に通う事がとても大切で、自分の都合だけで決めてはいけないものなのだということは分かった。
さらにもう一つ、エストレーヤには気になっていることがあった。
「大神官さまは、あたしの心に呼び掛けることができると言っていたけれど、あたしにも、誰かの心に呼び掛ける力があるのかしら?
クワンチャイも、パリャックも、それが出来るの?」
それを聞いて、クワンチャイはにっこりと微笑んだ。同時に、エストレーヤの頭の中にクワンチャイの柔らかい声が響いてきた。
ーー ええ、受け取ることが出来る人には、こうして話すことが出来るわ。
パリャック、あなたにも出来るのよね ーー
はっと横を振り向くと、さっきまで黙々と食事をしていたパリャックが、こちらを向いて微笑んでいた。
そして、パリャックのものと思われる"声"も頭に響いてきた。
ーー はじめまして、ピウラ。
ぼくと話せる方法はこれしかないんだ。ピウラも早く出来るようになって、たくさんお話したいな ーー
パリャックの言葉に、クワンチャイも相槌を打つ。
ーー そうね。でも、慌てなくても大丈夫よ。あなたにも大いなる力があるのだから、必ず思い出すことができるわ ーー
ーー あたしの勘は当たっていたわ。でも本当は当たって欲しくなかった。
大いなる力を思い出した時、あたしは今の生活を続けることは出来ないんじゃないかと、どこかで分かってた。
ピウラという少女ではいられない。
もちろん、チャスカと呼ばれていたあの頃に戻ることも叶わなければ、今のまま、ユタや宮殿の友だちたちと無邪気に遊ぶことさえ、出来なくなる。
いつか、何もかもを手放さなければならない日がやってくることを、覚悟しなくてはならないのだと、分かったわ ーー
自分の使命を自覚し始めてから、エストレーヤは宮殿に行く足取りが重くなっていった。
一方で、何も囚われずに無邪気な仲間と遊ぶ時間がとても貴重なものに思えた。
そして、仲良しのユタと過ごす時間もかけがえのないものになっていった。
そんなある日、ユタがエストレーヤに何か言いたげにしているのが分かった。
これまでユタはママコーナの愚痴をいつも黙って聞いていてくれた。
そのユタが自分の話をするのは珍しい。
たまには聞き役になってあげようと、エストレーヤはユタが話し出すのを待った。
「ぼくは、ひとりで暮らしているんだ。お父さまもお母さまもいない。
それに、本当のお母さまが誰だか分からないんだ」
ユタは王子なのに、そんなことがあるのだろうか。しかもユタのお兄さまは、国中の誰もが知っている王さまではないか。
そんな疑問を持ったが、それをそのままユタに言うわけにはいかなかった。
すると、ユタの方から告白した。
「ぼくには年の離れたお兄さまがいるけど、お兄さまはこの国でいちばんえらい人なんだ。だからいつでも会えるわけじゃない。
誰もぼくの家族のことを、お母さまのことを教えてくれない。
だから、本当のお母さまのことを知りたいと思ってるんだ」
ユタは王子だというが、だから恵まれた生活を送っているとは限らない。
ユタは友達からも距離を置かれ、親や兄弟とも離れて暮らしている、さびしい子どもだった。
「ユタには兄さんがいるんでしょう? 兄さんに訊けばいいじゃないの? 兄さんなんだから、同じ父さんと母さんの子でしょ?」
「それが、お兄さまとはお母さまが違うんだって。お母さまが違っても兄弟なんだって」
「ふうん。よく分からないわ。あたしには、兄さんも姉さんも、弟も妹も、たくさんのきょうだいがいるけど、みんな同じ父さんと母さんの子よ」
「へえ、いいなぁ。ピウラはそんなにたくさんのきょうだいがいるの? いつもみんな一緒でしょ? うらやましいな」
誰にも打ち明けられないからこそ、気の置けないエストレーヤに本音をもらしたくなったのだろう。
しかしその気持ちを察しながらも、自分の大きな運命と向き合わなくてはいけない緊張と苛立ちから、エストレーヤはユタに思わず心無い言葉を吐き出してしまった。
「軽々しくそんなふうに思うもんじゃないわよ。あんたって、本当にシアワセな子ね! お母さまお母さまなんて泣いてないで、自分がシアワセだってことに気づきなさいよ!」
自分が吐き出した言葉にいたたまれなくなり、エストレーヤはそのままユタの顔も見ずに彼の前から走り去った。
ーー ごめんね! ユタ ーー