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最初話『魔法使いの処女作』  作者: 由条仁史
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第4章 世界は変わる

望まずして過剰な力を手に入れた『ACE』。壊れてしまった世界を変える。彼女は『A』として、全てを変えることにした。

 第4章 世界は変わる



 彼女は不運な人間だった。

 これから運命を変える彼女は、『最初』、とてつもなく不運だった。いくつもの偶然が重なり、それらが彼女を作り上げた。彼女の運命を作り上げた。彼女の力を作り上げた。

 とてつもなく幸運と言うこともできるだろう。

 もしも、もしもパラレルワールドのようなものが存在するとして、彼女についての運命をたどっていったとしたら――おそらく、このような事態に陥ることはそうそうないはずだ。

 『CPS』と知り合う。これはまあある種の必然だっただろう。

 児童養護施設に行く。これは偶然と言って差し支えあるまい。

 マリアに噛まれる。これは不運だ。

 東京に修学旅行に行き――そして、血まみれの男を発見する。

 もちろんこれは不運だ。

 それら不運が重なり合い、彼女は――『A』は、虚魔法戦線への切符を手にする。運命を変えるという役割、そして彼らを導くという役割を得る。

 そのための代償というには、彼女は不運すぎた。

 彼女は普通の少女だったが、その運命だけは――普通ではなかった。




「ぅ……あ……あ」

 現実、非現実。幻想。

 事件。

 目の前のその血と――月明かりが照らしやがる――負傷している男性。それを見て、そんな言葉が頭の中を駆け巡る。

 なんだこれ。

 これは現実なのか?

 この赤い血は、この臭いは、そして――

 この、破壊音は。

「ひっ!」

 『ACE』は再度聞こえたそれに、体をビクンと震わせて驚く。

 この家の中から、この世のものとは思えない音が聞こえる。爆弾を何発も爆発させるよう。中に本当にあるのだろうか? 生憎だがそうは思えなかった。日本に爆弾があるなんて。それもこんな市街地で、爆弾なんて相当の騒ぎになるはずだ。

 『ACE』は爆発音を、今ここで初めて聞く。

 『魔法行』で聞いたことは、ない。

 あるはずがないだろう。『ACE』はただの、普通の少女なのだから――

「う…………」

 だから、立ちすくむしかなかった。

 血まみれの男性を前にして、どうすればいいのかも分からず――逃げればいいというのは野暮でしかない――その場に立っていた。家の中から聞こえる恐怖を感じながら。

 恐怖。

 そして目の前の男性が、こちらを向いた。

「あ……き、みは……」

 そして口を開いた。

 『ACE』は驚いた――はずだ。はずだというのは『ACE』はそのことをひどく当然のように認識していた――行動上は――からだ。その言葉、うめき声に他ならないその言葉を聞いて、『ACE』は至極、この場にそぐわないようなまっとうさで答えたのだ。

「ど……どうしましたか」

 おおよそ血まみれで倒れている人間にかける言葉ではない。そういうときは電話で119。すぐに来て下さいと言うべきだ。

 しかし『ACE』は今現在、携帯電話を持っていない。

 そのこともまた、彼女を混乱させている要因の一つであった。

「たの……頼みが、ある」

 かすれた声。聞き取るのにも苦労する声。それを伝えようと精一杯な――表情。血まみれなのが余計ホラーだが、それでも『ACE』は。

「何ですか……?」

 と、応えた。しゃがんで、そのかすかな声を精一杯聞こうとしていた。

「家の中――入ってすぐ左がキッチンだ。扉のすぐそばの戸棚に……救急箱がある。そして隣にナイフがある……それを、取ってきてくれないか……?」

「わ……わかりました」

 この依頼。もちろん引き受ける必要など全くなく、むしろ正常な判断力のある人間ならば聴く耳すら持たないだろう。しかし『ACE』はその内容を把握し、そして家の中に――とても危険であることが伺える――這入ることへの恐怖を乗り越えるのに必死になっていた。必死になるのはそこではないのだが。今の彼女を止められるものは、彼女自身を含めてもその場にいなかった。

 家を見る。大きくも小さくもない、普通の一戸建ての家。ただほかの家と違うのは、玄関が木っ端微塵に破壊されているのと、内部で戦闘らしきものが起こっているということだ。

「……お、おじゃま、します」

 そろり、と彼女は家の中に足を踏み出した。中は電気がついていた――幸運なことに。血はついていないものの、床がえぐれており、右手の階段は壁紙が剥がれ、手すりは折れ、段の部分はほとんどなくなっていたというのに。

 床のえぐれ具合とささくれを考慮して、靴を履いたまま上がることにした。

 失礼だが。

 左手の扉を探す、というのも左手には扉なんてものはなく、ただ壁に長方形をベースとした穴が開いているというだけであったからだ。もちろんここで馬鹿正直に吹き飛ばされた扉を探す『ACE』ではない。必要なのはそれじゃない。

 棚。扉近くの棚。すぐそばにあるというので、探してみた――それに時間は余りかからなかった。

「救急箱……」

 どこだろう。何も考えず闇雲に開けてまわる。攻撃の死角だったからだろうか、あまり棚自体に損傷は見受けられなかった。だから探すことにあまり苦労はなかった。

 ――そこで、かなり大きな爆音が聞こえた。

「ひぃィッ……!」

 外で聞いていたのよりもぜんぜん違う。何が違うかって迫力。そして音自体が持つ破壊力が尋常ではなかった。精神への破壊力。とんでもない威力を持ったその音は『ACE』をしゃがませるのには十分だった。

 そしてそのおかげかはともかく――一番下の棚に救急箱は見つかった。半透明なプラスチックのケースに、赤十字が描かれている。どこにでもありそうなものだ。

「あ、あった……」

 『ACE』は救急箱と、そしてその隣に置いてあったナイフを手に取る。さて、これを急いで彼の元まで運ばなければならない。中腰になり、キッチンを出る。えぐれた廊下。できる限り丈夫そうな床を踏む。

 そして玄関にたどり着く。

 もう一度轟音が聞こえる。しかし出口が近いためさっきよりも恐怖は少なかった。すこし進む速度が落ちただけだ。

 玄関を抜ける。

「も、持ってきましたよ……!」

 彼の目の前にそれを置く。救急箱と、ナイフ。

「ああ……」

 彼はかすれた意識の中で、そう応える。震えた左手を伸ばす。

「ナイフを……とってくれ」

「はいっ」

 思考を放棄している『ACE』に、その真意は分かるわけがなく、危険性も分からなかった。

 ナイフの柄を持ち拾い上げ、刃を持つように持ちかえる。そして伸ばされた手にそのナイフを、置くように手渡す――


 そのとき、彼はナイフではなく『ACE』の腕を掴んだ。


「え」

 驚いてナイフを落とす。彼はそれを右手で拾い、そして、

 『ACE』の腕に傷をつけた。

 ぷくぅ、と綺麗な液体が現れる。

 そして彼の手のひらについていた血を――もちろん彼の血を――塗りこんだ。


「――! ……――!! ――っ!」

 犯されている。

 その表現が最も適当だろう。

 『ACE』はその血を――犯された。

 彼の血が、死にかけている彼の血が、這入ってくる。他人の血液が、這入ってくる。

「あ、ぁ……!」

 まずは突然のことで全く反応できなかったということ。

 次に自分のやってしまった愚考を省みたということ。

 そして、この現在の――気持ち悪さ。

 ……そこまでの不憫も相当のものだが、それだけではすまない。15歳の少女『ACE』に降りかかる災難は、そこで終わらなかった。

「――――――――ッ! ――ァ、――――――!!?」

 体が。


 脳が。


 融けそうだ――


 彼女は手を振りほどき、一心不乱に――否、無我夢中で走った。

 走っている間のことを、彼女は覚えていない。




 そのとき、彼女は全てを理解した。

 二つの大きな家系が交わるとき、そこには超人的な才能が生まれるということが。そしてその交わりは、きわめて表面的なものでもかまわないということ。例えば唾液と、血液でも。

 遺伝子の問題だ。肉体の形質とは違う、異質な――根源的な。人間の根源的な部分の遺伝子と、それは反応する。2つの家系の、人間の根幹をを占拠しようとする力は、桁違いに――というよりも、その能力を有している時点で既に異常なのだが――強かった。

 一つでは意味を成さない。二つ交わることで生み出される力。

 ……厳密には少し違う。

 先にその基盤が出来上がって――超人的なそれはその上に這入ってきたのだ。順番の問題でもあった。

 彼女は、彼女の体内で、もともと体外にあった二つを――交わらせた。

 そして彼女は手に入れる。

 知ってもほとんどの人間には意味を成さないことを――知る。

 この世界の外側、その一部で起こった全てを――知る。

 その現象に理論はない。なぜならそれは、外側の力だから。内側では観測しえないことだ。しかし彼女は、その結果は知ることができた。

 神が魔神を生み出し、世界を互いに比べあい、それをリンクさせたというお話を。物理学とは別のシステムが、この世界に入ってきた理由を。超人的な理解を、『ACE』はすることになった。

 だから彼女は力を得たのだ。

 運命を、変える力を。

 『ACE』を、『A』にする力を。




【『A』の認知する、虚線になる線】

 彼女は小学生に運命を戻した。この力を失うために。

 しかしそんな事をしても、その力はなくならなかった。


 過去に飛んだ。

「な、あ、あなた……」

 彼女はゴシックなロリータファッションを身にまとい、うさ耳のついた帽子をかぶっていた。目つきは鋭く、つり目である。

「ちょっと、いいかな?」

 『魔法行』はここで『A』のものとなった。




【『A』の認知する、虚線】

「『CPS』……」

 ニュートンの家。その寮。『CPS』はまったく部屋から出なくなった。あの事件があり、そこからまったく、だ……。こうして私が食事と、そして本を運んでくる以外には――外界との接触を、完全に絶っている。

「ねぇ……」

 呼びかける言葉がない。どうすれば良いか? そんなの分かるわけないだろう。効果的な方法があるならば、それで変えてしまいたかった。

 運命を変える力を有してはいるが――それで私の友達の心を変えてしまって――私が正常でいられる自信はない。

「学校……行こう?」

 気の長い説得の末……なんとか、『CPS』は学校に行けるようになった。

 小学校卒業以降、二人は別の学校――どちらも全寮制――に進学し、そこから交流はぱったりと途絶えた。




【『A』の認知する、虚線になる線】

「う、そ……」

 『A』19歳、『魔法行』から脱走した『寺』メンバー4人、そして砂衣誠が。

 トラックの中で死んでいた。

 絶望の蔓延。死ぬより辛い目に遭うのだったら死んだほうがましだという考え方。『魔法行』というものへの恐怖心だろうか。それとも人間の感情はそんなに時間をかけずとも変わって、堕ちてしまうということだろうか。

「あ……あ……」

 彼女は運命を変えた。

 彼らに希望を伝えるため、自らトラック内にテレポートする事にした。




【虚線ではない線】

「……あ」

 一歩遅かった。

 轆轤の手はそのまま『A』にの額に触れ、そこで――戦闘は終了した。

「運命を操る――だとしても、迷うことはある。一瞬の判断で、命取りになることがある。パラレルワールドなんてものがあるとするなら――話はまた変わってくるけどな」

「……なるほど。結局――人間ってこんなものなのね」

 へたりこむ『A』。それを見下ろす轆轤。

「友人の思いに応えきれずに、そして自らの願いも果たされない……この程度なのよ――」

 ああ、自分はなんて弱いんだろう。運命を変えるような力を手に入れても、友人一人、自分ひとり守ることも出来やしないなんて……。

 その後『A』は、世界から出るという発想をすることができなかった。自分の血を、活かせるなんて思えなかった。




 最終的なあの結論は、とてつもなく小さい可能性の元でしか成り立たない世界線だ。それを『A』がすべて意図的にやったかどうかは定かではない。いいや、きっとこのような結論を導くことは彼女の目的ではなかったはずだ。

 世界の気まぐれ。いやむしろ、本来想定されていない世界線。

 彼女がその力を手に入れるという可能性はそもそも低く。それからの事が起こる可能性もまた低い。

 0に近い――虚ろなまでの可能性。

 その虚ろの中で、彼女は自らの血を使い――世界を超えた。その事象については、この虚ろな世界以外では、ほとんどありえないといえるだろう。これほどまでの快挙をなし得た世界は――快挙というのがどこを指すのかは解釈しだいだが――ないだろう。

 これが彼女のお話である。

 不運と、魔法の――お話であった。




                   第4章・終

                   最初話・完

 あとがき


 よほどの幸運で、よほどの観念を持っていない限り、人間はどこかで、自分が持っている以上の幸福を諦めるようになるはずです。それは例えば、遊びであったり、金銭的なものであったり、はたまたとても下らないようなことであったりもします。まあ、そこでより幸せになるのを諦めるというわけです。ただそれが悪いことなのかといえばもちろんそんなはずないわけでそんなことをやっていかないとストレスでもれなくうつ病になってしまいます。そんないつでも幸せな人が、まあいないのではないのかもしれませんが大抵はそんなわけないのです。かくいう自分だって、クラスでぼっちだし万年金欠だしと、とてつもなく中途半端な不幸せな感じですもん。そんななかでもっと幸せになるために悠々と生きていくのは、矛盾しているのかしていないのか。まあ、そこで良い決断ができる人が幸せな人なんでしょうけれど。

 最初話『魔法使いの処女作』いかがだったでしょうか。……とは言っても、ほのめかしすぎて逆に目立たなくなってしまった『A』については「え?」というのが正直でしょう。まあ彼女についてはとても中途半端なキャラクターにしようと決めていました。人の上に立ちながら、それができているとはとても言い難い。その点で言えば虚魔法戦線で一番苦労した人でもあります。長く規範化されて、信頼されているシステムを使わないと、不安定でとても苦労するわけです。運命を変える魔法を使う人って、なんだか、苦労人が多いですね。まあ、裏主人公ということで、どうでしょうか。

 さて、次回こそ原点。メインキャラクターの彼女についての話です。あともう少しだけ、おつきあいくださいませ。

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