第3章 幸せは過去のものとなる
修学旅行。とても楽しく、これ以上無いほど幸福に思われる時間。そこから、何かが始まっていく。
第3章 幸せは過去のものとなる
「「すげー!!」」
「「ぱねぇぇぇぇ!!」」
「いやー、すごかったねー科学館!」
「『CPS』相変わらず理系だね……前から思ってたけど」
中学3年生。『魔法行』の学校から、『ACE』と『CPS』は修学旅行で、東京に来ていた。
「いやいや、あれは興奮しないわけには行かないって! あのジオラマ! 半端じゃないでしょ! それにあのカ・ミ・オ・カ・ン・デ! はっきり言うわ、あれは――濡れるッ!」
「濡れんでよろしい!」
渋谷のファーストフード店、ペア用の席に向かい合って座る二人。制服に身を包み、手提げバッグにはお土産と思われるものが大量にある。
「ねぇ『CPS』、あんた中学になってから性格変わってない? そんなこと言うような奴じゃなかったでしょ?」
「そうだっけ? 仮にそうなんだとしたら、きっと『ACE』のせいだよ……もう、責任取ってよね」
「意味不明……はやくなんとかしないと……」
『ACE』は頭を抱える。中学時代でも彼女らは仲良しだった。そう、彼女ら自身はどう思っているかははっきりとしないが、傍目から見れば本当に仲良しとしか言えないほどの仲良しだった。
「ってか責任って、何の責任よ……あああ、私何かしたかなぁ……?」
と言って、『ACE』はアイスカフェラテのストローを咥える。『ACE』は『CPS』の最近の様子を本気で憂い始めていた。ある種の世話係だよなぁと感じていた。
もちろん愛のある憂いだが。
もう、しょうがないなぁ。
「それで? その手提げ袋にこれ見よがしに見せているそのオレンジ色の買い物袋は何? 見てもらいたそうにちらちらと」
「あははー、気づいた? 精神を読む魔法使った?」
「ちょ、ちょ、ちょ。ちょっと声大きい!」
ぐいっと『CPS』の肩を掴み、耳の近くでささやくように言う。
東京は『魔法行』じゃないのだ。魔法のことは門外不出。そういう決まりだ。
「だぁい丈夫だって。どうせ大したことないんだから」
「そうかもしれないけど……」
「そ・れ・よ・り・も!」
「あんたその言い方ハマった?」
『CPS』はオレンジの袋からいろいろなものを出す。
「Tシャツでしょー宇宙食でしょーあとビーカー」
「ビーカーなんてあったんだ……」
あるんです。
「あとポスターにーTシャツにー。あとUMAとか魔法・怪奇系の本!」
「かなりお金使ったわね……」
呆れるばかりだと『ACE』は思う。
「こういうのって何に使うの?」
「んー? 別に、読んでぬふふと思うだけだよー実際とは違うから面白いよ。なんでもかんでも魔法のせいにしてって感じで」
「そう……あんた、テンション上げすぎじゃない?」
「あーん? 『ACE』だってぇー……」
ほっぺをぷにぷにぷにっとつつく『CPS』。手で払う。
「動物園であんなにはしゃいでいたのはどこのだれだっけ!?」
「ああんもうあれは仕方ないでしょ! だって可愛いんだから! パンダだよパンダ!」
『ACE』は柄にもなく取り乱す。
柄にもない、と思っているのは実際『ACE』だけで、ほかの人はこれもまた『ACE』らしいと思っている。『CPS』はこういう『ACE』も可愛いと思っている。
「あの白と黒の! あの目の周りの! あの動きの! ああん今思い出しただけでももう一度行きたくなってきた! ねぇ、また行かない!?」
「ねえ『ACE』、テンション上げすぎじゃない?」
「うっ……」
自分が言ったことを改めて自分に言われて、『ACE』は赤面する。腕時計を見て、荷物をまとめるふりをする。
「……も、もう電車に乗らないと」
「んー? まだ自由行動には時間があるよ? 照れ隠しだねー可愛い!」
「うぅぅ……」
『ACE』はアイスカフェオレの残りを一気飲みした。
「……いかん。はぐれた」
帰宅ラッシュに巻き込まれ、『CPS』の姿を見失った。もう暗い。しかも慣れない場所だから辺りがまるで分からない。
「うーん、しまったな」
携帯電話は……しまった。『CPS』に預けたままだった。あのバックを「持ってやるよーぱんださんめー!」と言って(意・味・不・明・!)、その中に携帯を入れているので電話ができない。財布しかない。
「公衆電話ァ……なんでないのよ……」
都会ってのはそういうもんだ。
「はぁ……」
遭難したときはその場を動かないことが大事、なんて言ってもそんなわけには行くまい。とりあえずなんとか駅にたどり着けばいいのだが……。
「……うっ」
いかん。
やばい。
不安になってきた。
見知らぬ場所で、ただ一人。
制服を着た、女子中学生……。
「あは……」
でも、歩かなくちゃだよなぁ……。
その偶然が、『ACE』の物語を変える。
気がついたら、住宅街にいた。
「駅から、これどう考えても遠ざかってるよね……?」
おかしいな。自分はそんなに方向音痴ではないと思うんだけれど……。
そう言ってる人が良く方向音痴になるって話だけど。
「はぁ……こりゃあ、本当に動かないほうがいいねぇ」
認めよう。自分には方向音痴のきらいがある。
ようだ。
……認めたくないなぁ。
ふるふる、と頭を振る。
気を取り直して。
こういうときはとにかく電話だ。公衆電話があたりに見つからない以上……どこかのお家にお邪魔して、電話を借りるしかない。
魔法電話を使えるほど、私は魔力が強くはない。飛行? ムリムリ。
「うぅ……緊張するなぁ」
他人の家にお邪魔するなんてこれまでしたことがない。緊張せずにはいられなかった。
だってほら。私とりあえず中学生だよ。女子中学生だよ。もしも万が一のことがあったらどうしようもないよ。
……どこかに、アットホームそうな家はないだろうか。
アットホームそうな家ってそもそもなんだろう。
笑い声あふれる家とか?
女性の声が聞こえる家とかかな。それなら普通によさそうだ。
あーでも最近は男性より女性のほうが怖いとか聞いたり聞かなかったり?
――そんなとき、唐突にやってくる。偶然。
「うーん……あ、あ……ッ!?」
どうしようか、と考えながら歩いているときに。
そこに、血まみれに倒れている男性がいた。
第3章・終
第4章へ続く