柿木さんと寝不足の庄野さん
久しぶりの柿木さんは、急展開、かな?
なんとなくですけど。
「っあー。柿木さんだー」
「おっとお帰り、庄野さん。なんなのお疲れ? 甘いもの食べに行く?」
「んー、や…………いい。この時間から甘いもの食べたら、逆に疲れそうで怖い」
「はぁ? ……ちょ、アンタ目の下にはっきりくっきりしたクマができてるよ?! 真面目に疲れてるってこと? なんなの年度末で?」
「……んー惜しい。年度末じゃなくて、論文の締め切りがいくつか重なってて笑えるのー。っつかさぁ、今夜のこの時間もさぁ、心持ちだけど無理気味で上がったからさぁ」
「はぁ。だから一昨日と昨日は見なかったのね。……でもそれなら、またなんで今日はそんなことしてんのよ。あ、ほらエレベーター呼んであげるから。っ、うわ、ちょい」
「柿木さんのー。顔が見たくてさー。風呂入ったらまた会社行くー」
「っうわっ、ちょい、ちょい待って?! 庄野さん壊れてる!? こ、ぅね、待って、待って待って!」
「ぐりぐりするー。っははー。うーわ、おっさんの匂いだー。好きー」
「……」
「スーツ、男衆の匂いだぁ。んーぅ」
「…………庄野さん。アンタもしかして、寝てないでしょ。昨日から? この週ずっと遅くなってて夕べから完徹で、しかもこの時間まで休憩なしで仕事してた?」
「……ん、仕事? ……っあー? もうたたき台は出た? グロウ」
「…………あのね庄野さん。聞いてくれる? 俺は木本だよ。まだ会社にいるつもりなの? それとも、匂いが男で同じだからわかんなくなった? 柿木だよ?」
「連続36時間勤務がさぁ、どうして法律でダメって言われてるのか、ようやくわかった気がするよ、かき……はぁっ?! あ、か、柿木さんっ?!」
「おぉ? 素で驚いてる顔ってそんなんなのね、庄野さん。かわいいね。あ、部屋に着いたよ」
「あぁ?! ちょ、意味が分かんない。いつ会社出たの? 私。あれ? 鍵は?」
「や、それは自分で出して。混乱してるみたいだから説明するとね、ここはアンタの部屋の前なのね。で、庄野さんは今からすぐに着替えを持って出てくるの。着替えだけでいいから」
「はぁっ?!」
「はいはい、いい子だから聞き分けよく持っておいで? さもないと俺が取りに入るよ? 恥ずかしいでしょ?」
「恥ずかしいっていうか、ありえない。え? なに? マジで?!」
「マージでーす。ガーチでーす。ほーらカウントアップするよ? はい、いーち、にーぃ」
「あ、待った、待って。すぐ来る。来るから!!」
「……ところで、真面目になんなんだよ柿木さん。驚きすぎて意味が分からないままだぞ?」
「はっはぁ。あのね、今日はこのまま俺の部屋で寝るからね、庄野さん。ほっとくとアンタ、ガチで風呂入ったあと会社に行きそうだから軟禁するー。気持ちよーく俺に管理されてね? あ、それと、ごめん。悪いけど庄野さんの携帯、貸して? グロウさんの番号ってどれ?」
「な、なんきん? ……まめ? あ、玉すだれだ! ……っつか、え? は? 私がこれから柿木さんの部屋に行くの? け、いたい? グロウ? 番号は……えっと、これ」
「…………アンタ、真面目にいつか悪い男に騙されそうで怖いわ。ほい、こっちが俺の部屋の鍵ね。あけてくれる? 俺は今からグロウさんに連絡取って、ついでに飯でも買ってくるから。そのあいだに風呂は終わらせてねー。そうそう、アンタ今、どんなメニューなら食える?」
「はぁぁっ? 他人様の家でいきなり一人で風呂?! ちょ、ハードル高くねぇ?」
「高くねぇ。っつか、一人じゃない場合はさぁ、俺が風呂の外で待ってんだよ? どっちがハードル高いのよ」
「っえーーー。もうさぁ、柿木さんさぁ、さっきから真面目になんなんだよぅ。眠くてよく頭が回ってないんだよぅ、私な? かわいそうじゃない?」
「うんうんうん。だから、かわいそうだから面倒見てあげるって言ってんじゃないのよ。ほら、いーからアンタはここで靴脱いであがって。はい、さくさく服を脱ぐ! とっとと風呂入る! ほっかほかになれるよ? すっきりさっぱりして布団に入れるよ?」
「……布団…………」
「そ。洗ってある下着と、自分の匂いのパジャマと、肌触りのいい布団ね。どう?」
「………………でも、会社には行かないと」
「そーねぇ。もちろん、……もちろん会社にはいかなきゃね? んーでも、その前にね? 聞いて? ……ちこーっとだけ眠って、しっかりした頭で行こう? そのほうが、きっと、いいと思うよ?」
「……眠ったほうが、いいのかな」
「ご飯食べてからね。ほら、選んじゃおう? あったかいごはんにする? お茶漬け?」
「…………柿木さんがゆったりしゃべると、眠くなるなぁ。……んんぅ。お茶漬け。甘い紅茶」
「そぅお? じゃあそのまま聞いててくれる? お茶漬けの具はなんにしようか。……しゃけ? 梅? こんぶ?」
「……しゃけ。で、おにぎりお椀に入れて、にマツタケのお吸い物、入れるの」
「ん、おっけーわかった。じゃあ、それ食べたら俺が眠らせてあげるから。甘いのは、起きたら飲もうな? 紅茶は、ミルクたっぷり入ったのがいい?」
「うん。……なぁ、もっくん」
「…………」
「もっくん?」
「……は、破壊力あるな……。んん? 先に眠くなったか。しまった、ゆったり声で誘導しすぎたわ。ちょいと庄野さん? ごはん食べるまで寝ちゃダメよ?」
「でも眠いよ。もっくん、すぐ帰る? 眠っても、いる?」
「っあー? んー。……そうねぇ。アンタが風呂から上がるころには部屋にいるし、アンタが寝ちゃっても、やっぱりずっといるから。大丈夫。そばにいる」
「じゃぁ……風呂入る」
「いい子ね。そしたら俺、お使いに行ってくるわ」
…………っあーもー。あーもーあーもーあーもー。
庄野さん、つまり酔うとあんな感じになるわけか。そりゃ簡単に酔いつぶれねぇわな。
このあいだもその前も、確かに鬼のように強かったもんな、アルコール。
っつか、酔ったらアレになんのなら自己保身も働くわな?
なんなんなんなんなの、あのかわいさ。俺が困る。どストライクすぎて困るわー庄野さん。
「……あ、グロウさんですか? 俺、木本ですけど。ええ、庄野さんの下に住んでる」
だからね、庄野さん。もう俺、突っ走ることにしたわ。ごめんけどもう無理。
手の中に入れる一択しかねぇでしょコレ。
目が覚めたらイロイロ話は聞いたげる。仮眠取らせたら会社にも行かせてあげるし、アンタ限定で優しい男にもなる。だから。
悪いけど。真面目に口説かせて。
まぁね、そりゃ違う男の名前を呼ばれりゃキレますよねぇ、柿木さんでもね。
えっとですね、柿木さんはこう見えてきちんとした会社員なので。
きっちりと仮眠を庄野さんに取らせた後は起こしてあげました。
ちょー混乱してる庄野さんを言いくるめて、会社にも行かせてあげました。
うん、けど、もう合コンの話はなくすと思う。きっと。