柿木さんとあけおめことよろ
正月の、松が明けきらないうちじゃないとダメだよね、と書いてみました。
「…あ」
「おや。あけましておめでとうございます、柿木さん」
「庄野さんだ。おかえりー。うん。あけまして、おめでとうございます」
「本年もよろしくお願いいたします」
「丁寧だね! 恐ろしく棒読みだけどね!」
「んー。っていうか、会社のないときにまでこう偶然に遭うと驚きだな。そっちも、年末帰省してたんだろ?」
「そうねー。今日は本気で偶然だね。あ、そうだ、庄野さんったらいつもと同じあいさつした後でバッタリ会わなくなったでしょ。結局、何日に帰ったのよ?」
「31日。大掃除に間に合わないように毎年ギリギリで帰ってるんだ」
「おいおい親孝行しろよ! え、じゃあ今日が2日なのに手荷物持ってないって」
「実際には一泊二日だな。夕方に帰りおせちをつまんで翌日の夕方に出る。ははは夕方良子ちゃんとは」
「誰のことだよ! っつか聞いたことねぇヒロインだな?!」
「見たこともないな。ああ、ちなみに良子ちゃんは夕方にしか出ない。早く帰れと小学生を脅すためのアイテムだ」
「ちょっ!! アンタもっともらしく言ってるけど、たった今作ったでしょ、そのキャラ!?」
「なんだもうわかったのか。柿木さんは私のジョークをこの短期間で急激に理解したな。もはや相棒だな」
「なんのだよ!」
「さて。柿木さん、おせちは好きか?」
「っあぁっ?! す、すきだ、けど」
「おいおい成人男性が好きの単語でどもってんじゃないよ。こっちのケツの座りが悪くなるだろ? で? どれがどれだけ好き?」
「は? ケツ!!? いや、好き、好きって」
「んんんんん。あのな、柿木さん」
「はい」
「おでんに数の子、伊達巻にちくわぶ、牛のたたきに黒豆田作り、海老はないけど紅白なます、貝は煮物で餅は雑煮だ。食うか?」
「………食う」
「……なんだ、柿木さんも本当はくいしんぼか。珍しく二の句も無く素直だな」
「っあーー。ねぇ、そしたらアンタんちに酒は?」
「基本はヱビスと梅酒の二年物。乾杯用には十年物と、日本酒は五合瓶が二本だな。軽めの甘口、ワインはガッツリ貴腐をクラブソーダ割り」
「なんだその豪華ラインナップ!? って、貴腐? 貴腐を割っちゃうの?」
「アイスワインは等級にも寄るが甘すぎるだろう。私の好みなら氷とソーダで割るな。梅酒もその手の飲み方だ。ふふ、正月くらい好きな酒をゆっくり飲みたいだろう? だから帰って来たんだ」
「買い物とか。初売りは?」
「誰と行くんだよ。とっしーの彼女が良くできた子でなぁ。うちの母と意気投合してその手の、初売りだとか福袋だとかは一緒に買い物に行ってくれるんだ。頭が上がらん」
「へぇ? 弟さんには彼女が、っつかお義母さんと仲良くなっちゃうレベルの子がいるんだ」
「田舎だからその辺は大らかだよ。…な、寒いから私の部屋に移動しよう。飲むんだろ?まぁとっしーについてはそのうち、子供でもできたら式の準備に移るんじゃないか? それまではなんというか、お互いがキープで」
「義理の親と買い物に行ってるキープはいないっつーのね!? え、待って、その流れだとアンタにも、もしかして」
「いたらこっちで一人のわけないだろ? なんのためのキープだよ。…あぁいや、とっしーの友達とか同級生だとかはうるさいな。私が家にいると、どっからか帰省したこと嗅ぎつけやがって」
「……それって」
「そうだよ。一人が寂しいからってボーナス狙いで私にたかるんだ。あ、エレベーター来たな。直で私の部屋でいいか?」
「ソレぜってぇ違う…。う、あ、ちょいまち。じゃあ、じゃあせめてケーキか、アイスクリームか何か買わせて。あと、その荷物も持たせて? ……あぁ、これから始める予定だったの? 氷とソーダ」
「アイスクリーム? っつか柿木さんはほんとにマメだなぁ。荷物なんて持ちたがるし。…ん、うん。今から始める…んだけどな。アイスは入らないぞ? 冷凍庫が満杯だ」
「どんだけ実家から食べ物持って帰ったの!?」
「ああ、もうな。ばかげた量だからいっそ宅配便にしてやったんだ。柿木さん、鏡開きあたりに食いに来るか? グロウと後木も来るし。大体、最後には部長も来てるしな」
「なにそれ…。アンタん家にいっちまったら、入り浸って帰れなくなるかも、なんつー俺の自制心を返してよ…。っあー、そうね。そう、……うん? 部長も来るの?」
「来る。それこそアイスクリームかケーキ持って。毎年恒例の大人の鏡開きだ。基本的に、酒がグロウで菓子の類と追加のつまみが私と後木、デザートが部長担当ってなってるな。…あ、柿木さんの階だけど。どうする?」
「アンタん家で。や、今日のデザートぐらい俺が用意したいって思ってたけどさ、冷凍庫がそれなら後で一緒に買いに行こっか」
「……おぉ?」
「何その微妙な顔。はい、ついたよ。開けてくれる? っつか相変わらず庄野さんのところって片付いてるよね。急に俺が来ても慌てもしないもんね」
「散らかさないから。……や、柿木さん、泊まるつもりなら着替えも持ってきとけよ?」
「着替え!? はぁっ?! 今の会話のどこからそんな単語ぶっこんできたのアンタっ!!」
「あぁ? 柿木さんが言ったんじゃないか。『後でアイス一緒に買いに行こう』って」
「言ったけど?!」
「私と飲んでつぶれずにいるつもりなのか? 言っとくけど飲み比べで私に勝てた男衆はいないぞ? ガチ飲みの予定だから」
「な ん で 飲み比べになってんの?!」
「まぁそれでなくともさぁ、店が開いてるような時間には私は終わらないよ? ……ん? 柿木さん、私ときゃっきゃっうふふってしたいのか?」
「………ん?」
「女の子相手の飲み会みたいにしたかったら、ちょっとそれは諦めた方が…。どっちかっていうと、男同士の飲み会に近いと思うぞ?」
「今どき、アンタよりもそこらあたりの男の方が女子力高そうだよね。や、家事能力って意味じゃなくて」
「んー。そうだな。私は全てのことについてあまりにも小奇麗なものにできないから。ほい。お重は三個とも広げといてくれ。おでんは今から温める。小鉢は出すからエアコンをつけてくれるか?」
「いつ来ても埃もなくて水屋の中も綺麗だし。そうだよねぇ、アンタ、なぞの華麗ないなしさえなけりゃ今頃さぁ」
「? 何ブツブツ言ってる? さて、おでんが暖まるまでとりあえず飲むか。梅酒はキリッキリのアイスクーラー。糖度が高いから凍らないんだ。怖いだろ? カロリー」
「っつか、ずっと言いたかったんだけど、おでんとかちくわぶとかってガチだったんだ…。おでんがおせちに並ぶの? アンタん家」
「最初はポトフだったんだけどな…。おせちを作るための合間用まかない、というか」
「それでスペアリブとウィンナーね…。っあーーー。まかないまで登場するのか。おせちに全力投球だなぁ。すっげぇ楽しみ」
「今は大体買ってくるけどな。それでも。…さ、冷えたところでガツッと一杯」
「ん。…ぁ、ああ、本当に美味しい。すげぇ」
「目が覚めるようだろう? 冷たさと甘さで。うん。私のところさ、美味しいものがみんな大好きで」
「アンタも」
「ああ、好きだ。だからだな。幸せに食べる人が好きなんだ。綺麗に、マナーを守るのは必要最低限。その上で、美味しいものを一緒に食べて、同じ顔してくれる人がいい」
「そうね。庄野さん、本当に旨そうに食うもんね。……いやぁ、俺も、そうね。決めたわ」
「うん? あ、乾杯用はこれだけだから。あとは…甘いの? ビール?」
「アンタがいい。アンタの幸せな顔が見たい」
「……んぅ? チョイスに困るな。熱燗ってことか?」
「…………そうね。そう、ねぇ」
「熱燗さぁ、幸せになれるよな。鍋とビールが私的には正義なんだけど、おでんには熱燗かな!」
「そう? ああ俺、きっと今年もこんなんだろうなぁ。アンタに振り回されて、無駄にドキドキして、でも幸せなんだよ」
「はい。酒は自分で燗をつけろよ? 私は最初はアルコールが飛ぶくらいあっっいのが好きー」
「うんうんうん。とりあえず、今年もよろしく。庄野さん」
「よろしくー。…って、っあぁぁ?! ちょ、どうしよう柿木さんっっ!! 私、ついうっかりして冷たい用の日本酒を熱燗にっっ?!」
「…………あのね。俺の部屋に熱燗が旨いポン酒があるから。取ってくるから。そんな情けない顔したら駄目だってば」
「うーわ風味も何もないよ!? でも美味しいよ! 自分で自分がびっくり、なんでもいいのかよ!」
「…テンションが高いのはもう酔ってるからなの? ね、大人しくしててね。下手に誰にも報告しないで? 帰ってきたらアンタのハーレム要因が増えてたとか、そんな展開だと俺、切れるよ?」
「行ってらっしゃい柿木さん! そして早く私に飲ませてくれよ!」
「…………美味しい熱燗を、ね。…うん。そうね。そりゃ、そうよね。この期に及んでアンタがかわいいとか。俺、ちょっと………行ってくるわ」
「はーい! もう一回いうけど、今年もよろしく!」
………ねぇ。なんなのこの子は。アレだろ、飲み比べで負けたことないって…この笑顔で飲まされりゃ、そりゃ勝つわ。飲むわ。倒れるまで。
しかも地元にもハーレムがありそうだし。うぅぅ、すげぇ力はいるよね…正月からね…。
いやだから、君たちの合コン話はどうなってるんだよ…。
いうか庄野さん、一口でも飲むとハイテンションです。あと、美味しいものを食べたときにも。