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閑話・柿木さんと本物の肉食小悪魔

ここからは連載です。今まで通り、いつ更新されるかは全くの未定。そして閑話と名のつく通り、庄野さんは出てきません。

「西木ぃ」

木本はぎしぎしと自分の椅子を鳴らした。手に持ったシャーペンをくるくると回しつつ、適当にも見える速さで四色ボールペンと蛍光色を使いわけ、提案書の草稿に朱を入れていく。

「はい」

「なぁ、コーヒー淹れてくんない?野郎の淹れたのより、絶対に美味しいから」

書類から目を離すことなく、しかし丁寧に頼めば斜め後ろからは鼻を鳴らす音が聞こえる。すぐに簡易給湯スペースからいい匂いが漂ってきたところを見ると、あらかじめ淹れる準備をしておいたらしい。


つくづくと、出来る部下だ。


「係長と、はい、高木君にも」

「お?マジっすか!ありがとうございますっっ!」

西木が残業中にもかかわらず手ずから淹れて手渡されたコーヒーは文句なく美味しく、木本が二口飲んだあたりで差し出されるミルクのポーションと砂糖が憎らしいほどだ。変わった飲み方をする自覚があるだけに、ここまで把握されているといっそ空恐ろしい。

「あ、じゃあ俺のとっておき、お茶うけにどうですか?」

「高木」

あっけらかんとした気楽な高木の提案に内心での焦りを隠して、木本は警告交じりで名前を呼ぶ。プライベートで食べてくれ、と言っていた庄野の言葉は、裏を返せば『誰にでもあげられるものじゃない』という意味だろうに。

だがそれは逆に彼女の好奇心をあおっただけのようだった。木本の顔を覗き込んで不思議そうな顔をした西木がにっこりと高木の方へ向き直る。

「高木君、なに?」

「何って…いや、今日もらったお菓子なんですよ」

「わけあり?」

「や、その…」

木本の忠告を今頃理解したのか、西木が食いついた後で『しまった』という顔をした高木が、戸惑いつつもごそごそと鞄を探り、異常にそっけないパッケージを差し出す。店頭ではまだ見たことのない商品だ。

「…あら、企画段階なの?」

「あ、よくわかりましたねぇ。はい。なんで、今、係長から止められたんすけどね」

西木が高木の手元の菓子と木本の顔を見比べる。ややしてから、にんまりと何かを得た笑みを浮かべられた。

「それだけ、じゃないでしょう?高木君。これもしかして、係長のわずらいの元なんじゃない?」

「は?ワズライ?」

「西木ぃ」

今度は呆れた風を装って出した声は、またもや西木を止めるには至らなかったようだ。彼女は個包装された銀色のフィルムを破り、しげしげと菓子をひっくり返して観察してから、ためらいなくチョコレートコーティングされたパイを噛み砕いた。

「ん。おいし。紅茶風味と、…オレンジ?」

「はい。ミスマッチなようなのにちゃんと合わせてあるのが美味しいですよね」

「…『オレンジペコーにオレンジは含まれない』って商品名にするそうだ」

ここまで来たら西木も巻き込むか、と木本は吐息交じりに追加の説明を出す。企画段階だとあっさり見破ったところ、詳細もなしに味の構成を断言したところ。

女性の意見は、本当を言うと庄野の欲しがるところでもあるだろうと、木本は推測している。


庄野は相変わらず言葉が足りない。


けれども、どうしても、もう、あの子がいい。


いつからか無駄に大きくなってしまった恋心を持て余して、元木は西木に視線を投げた。西木は製品名予定の言葉に首をかしげ、どうでしょうか、とジャッジを下す。

「……20代から30代の女性をターゲットと踏みますが……その名前ですと、売れますかね?」

「無理だな」

「…でも、庄野さんが言いそうですよね」

「庄野さん?」

片方の眉だけを上げた西木が、すぐに視線を書類に戻した木本を見る。トラの尻尾を踏んだかのように上機嫌に笑って見せた。…いや、表現がおかしいのはわかってる。だが一番適切な表現だろう。

どれだけ凶悪か、それは見なくてもわかる。

木本はうんざりとした顔を書類に向けた。こうなったら毒だって皿だって食べればいいじゃないか。

半分はヤケになりつつ、意地でも手に持ったペン類を手放さない。

「西木さぁ、ガチの肉食小悪魔系、だよね?」

「断言されると複雑ですけど…はい」

「じゃあさぁ、天然の見分け、付く?」

口にした瞬間に、高木までがにんまりと笑う気配がした。ああ、くそ。そうだろうとも。

俺だってこれが他人事なら笑うともさ。

「つかない女子はいませんでしょう。天然か偽装か見抜けなかったら、見抜けなかった方が本物ですね」

「あぁそう。ね、教えてくれる?あの子の周りに、どう考えても自分に好意を持ってる男が何人もいたとして、それぞれとの距離をつかず離さずキープ」

「やり手の小悪魔ですね」

「家には上がらせてくれるけど、兄妹みたいな感覚」

「むしろ、近所のおばさんと兄さんなのでは」

「あぁん?ちょっと、黙っててくれる?高木君。うーん、羊を気取った不思議ちゃん?」

「たぶん、滅多にほかの男には笑いかけないんだけど、俺にだけは笑ってくれてる」

「…と、全員が思い込まされている、と。…係長?」

「うん?」

「もしかして、一人の方の印象ですか?それ」

「そう」

木本がけろりとうなずくと、西木の頬が引きつった。ちょっと待ってください、と片手をあげてから高木に向き直り、君はどう思うのよ?と意見を求める。

俺ですか?と首をかしげ、高木が説明した。

「俺が思うに、あの人は天然かつ鈍い人で斜め上です」

「…どう違うの?」

「たとえば、『好きだ』って言ったとします。天然は何も聞かずに、『私もー』って言うとしましょう」

「鈍い人は?」

「『うん?何が?』って聞く」

「斜め上は?」

「多分、自分が持ってる荷物の中から勝手に該当品を探し出してですね、尚且つ気前よくそれを差し出してですね、『あ、君も好きか?これ。私のおすすめなんだ。やるよ』って、言うと思います」

「………高木君さぁ、どっかで俺らの話、聞いてたりする?」

暗く地を這い、まるで迷子のような声を出す木本に我慢できず、西木は吹き出した。もー、笑いごとじゃなくってー、と女子高生のように続けられる文句に、今度は高木が吹き出す。まるでドミノのように順番を守って。

「決定的なのはアレね。あの人このあいだ、俺に向かって自分は計算だ、小悪魔系だって力説してたのね」

ぶふぅーと珍妙な音を立て、せっかく収まりかけていた笑いのツボを再び刺激された西木が鳩尾を抑えた。声も出さずに笑い転げる。

「手をつなごうとしても不思議がらない子なのに、よ?荷物は持たせたがらないから不審に思って確かめたら、手は、誰か彼がが繋ぎに来るから、って言うのよ。西木ぃ、誰か彼かって一人二人に使う?」

「つ、つかい、ません…っ、最低でも三人…っはは、係長、ハードル高くないですか?」

「ガチで高いのよ。会社で名前呼びする上司、おっそろしく美形の金髪碧眼同僚、年下わんこ系後輩。ん、もう、よりどりみどりじゃない?あの人」

「しかも全員がさりげなく手をつなげる仲で、昼食も誰かと必ず取ってるんですよね?」

「…え?た、たかぎくん?その情報はどこで」

というか、すでに手はつなごうとしたんですね係長。

笑いながら突っ込む高木とは対照的に、一気に真顔になったのは西木だ。なにやら聞き捨てならない単語ではないか。本人から確認しただけならただの世間話だが。

「そうなんだよー。俺が必死であの子の来そうなところをリサーチしてよ?毎晩、帰ってくるタイミングを合わせてまで夕飯を一緒に食おうとしてる、この努力をさぁ、あいつら会社が同じってだけでさぁ」

「……待ち伏せ?」

「……そこまでしてたんですか?係長」

さらりさらりと暴露される係長の日常に、真顔を通り越して西木はリアルに一歩を退いた。いや引く。


これは、一般女子全員が引いていい話だ。


「あーもー、どうしてあの子、電車通勤じゃないんだろ。ってあの子、ラッシュに揉まれるくらいならそもそも、通勤しなさそうだけどねー。不器用だから仕方ないか」

「か、係長、係長」

いつの間にか冷めていたコーヒーを片手に二度呼びされて、木本ははっと独り言から我に返った。目の前には冷たい目をした西木がいて、呼んだはずなのにどこか気まずそうな高木がぐびりとコーヒーをあおる。

「……係長。ちょいとお聞きしますがね」

「……はい」

「係長の言葉からは私、ストーカーという単語しか、思い浮かばないんですけど」

ぐっと組んだ腕を強調するように上からねめつけられて、木本はあわてて両手を振った。勢い余ってシャーペンがどこかに飛んでいくが、それどころではない。

「ち、違う違う、俺のは、恋心!乙女心!男心なのーー!」

「下心をお忘れですが」

「というか、ストーカーはみんな、恋心を言いますが」

「うーわ、待て!ちょ、待って?!や、ガチでストーク呼ばわりはキツいわ!」

いつもの飄々とした態度はどこへやらの風情だ。手からペン類が飛んだことにも気が付かないくらいに必死になって言い訳する木本が憐れになり、高木と西木が黙り込む。

「いや、うん、俺だってちょっとはヤバいかな?って思ったことはあるけど?!乙女心とか、そのあたりをね、加味してくれるとね」

「………係長は、実は私よりも乙女だって言う話ですか?」

西木が、勢いよく鼻から息を出した。呆れ果てた、そう呟いてひらひらと手のひらを振る。

「係長?近いうちに私も一度、庄野さんにお会いしたいです」

「…………あぁ。言うと思ったよ」

「え?!高木さん、庄野さんが本物か、見極めるんですか!?」

楽しそうだ、見逃せない。あからさまにそういう表情をして見せる高木。

仕方がない、堂々と大きく顔一面にそう書いて見せた西木。


うーえ面倒なことになった、でも、少なくともこれで、好意の真偽に…近いところがわかるかも。


三者三様の内心が表にはっきりと出た深夜一歩手前の残業中オフィスの島の中。



コーヒー豆の始末を自動で終えたコーヒーメーカーの音だけが、響く。

ところで本物も何も、肉食小悪魔系の意味が私に不明です。日本語すらも不明か。

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