柿木さんと夜のおつかい
これで重複はおしまいです。
「こんばんは、庄野さん」
「あ、柿木さんだ。こんばんは。今が帰りか?」
「んー。…そうねぇ、そんなもんかな。そういうアンタはどうしてそんなにインスタントラーメンを買い込んでんの?っつか、その袋の中身、全部?」
「ん?ああ、まぁな。……あ、柿木さんか。私には柿木さんがいたんじゃないか!そうだよ!!なぁ!?」
「なんなのその右肩上がりのテンション…。どうしたの?何か俺にして欲しいの?」
「頼むよ柿木さん。私と一緒に行ってくれよ!」
「………まさかと思うけどタイムセール?それとも、個数制限?」
「あれ?良くわかったな。そうなんだよ、スーパーがさぁ、五袋入りなら一人につき一個までってさぁ!!」
「…俺としちゃ、一人暮らしなのにそんなに買い込んでどーすんだって疑問もあるけどね。いーよ?どっちにしろアンタを待ってたんだし。とりあえずこのまま行っとく?」
「ん、んん。待って、この荷物を置いてきたい。すまないが、待っててもらってもいいか?」
「待たれてたことはスルーかぁ。っああ、いいともさ。…ん、や、待って。俺も一緒に行くわ。袋貸して」
「は?その手は何……って、かかか柿木さん?!これは重量物じゃないし、私はまだ寝ぼけてもないし、中身も取り扱い注意じゃないぞ?!」
「……ねぇ、一回アンタの職場についてイロイロと俺に教えてくれる?いつか。じっくりと」
「んーう?そりゃ、いつでもいいが」
「うんうんうん。あ、ボタン押して。あとほら、こっちの重そうなのも、俺が持ちたい」
「……柿木さん?」
「あー、なんなの?なんできょとん顔?あ、鞄が大事とか?」
「どうしてそんなに親切にしてくれるんだ?親御さんの躾?でも、私には返せるものが……あ、」
「ラーメンじゃないから。コーヒーでもないから。ふっつーのことだからねー」
「しかも今日は、やけにテンションが低い…この間、街でバッタリ会ったときみたいだ」
「あの時ね。そうね。…って、言ってる間に着いたよ、アンタの部屋。ほら、開けて?」
「ははは。開けて?なんて言われると、違うところが開きそうだな」
「…」
「柿木さん?大丈夫だ、フラグなんて立ってない。な?ほら、いつもの私の部屋だ」
「…フラグ」
「それにしてもイイ年をして、……いや、年は関係ないか。ナルニア国か?新井素子か?ちょいと違うが、意外なところで眉村卓か」
「…うん?」
「ん?扉をあければ異次元だった、を、期待したんじゃないのか?知識量が少ないせいで今言った作家以外はとっさには出てこんが。あ、ラーメンはテーブルの上でいい。ありがとう」
「お邪魔しますよ、っと。…っあー。なるほど。ひらく。開く、ね」
「ん?あく、んだから、扉か、それに類するものだろう?」
「そぅ、ねぇ。そーかも」
「ふふん、異次元トリップへの期待ではないとすればさてはそのぼんやり、独身女性の一人部屋なのに片付いてるとか思ったことに由来するものか?」
「………アンタのこの部屋はさぁ、綺麗とか片付いてるっていうより、何もない、のが正しいんじゃないの?」
「…なぁ柿木さん、やっぱり今夜はテンションが低いぞ?体調は大丈夫なのか?」
「や、大丈夫だから。ほんとは俺も、テンション高めで行きたいんだけどね。……ねぇ庄野さん、アンタ今日さぁ」
「あ?ほら、今度はスーパーに行こう。靴履いて」
「ん。や、そうじゃなくてね。アンタ今日、こないだの同僚の人とはまた違う子とメシ食ってなかった?」
「おぉぉぉ?あれ、どこかで見られてた?」
「見てた。ね、出かけるんなら鍵はキッチリかけて?きちんとしないなら、今度、二個目を俺が買ってくるよ?」
「脅し文句か?!やめろよ、鍵なんて二個も私が管理できるはず、ないだろ?!」
「はは、俺がいないと入れないアンタの部屋か」
「うーわ、ガチでえげつねぇな?!」
「そーねぇ。で?」
「あ?」
「メシ食ってた子」
「あぁ。…いや、子って言っても私の二つ下だから。二十四歳くらいじゃなかったか?…アレはグロウと私の…なんというか、隣の島の子だな。後輩にあたるんだろうけどよく懐いてきてるんだ。子犬みたいに。グロウに」
「アンタに」
「?んん?まぁ、確かに私にも来る、か?」
「隣の島の子かぁ。なら、所属の係とかは違うの?」
「いや。うーん、なんて言えばいいのか、後木は、私とはメインの研究対象が違うから、隣の島にいるわけだ。いくつかは担当のチームがかぶってるから、その時は話す…意味が通じるか?」
「……ん、大体ね。理解した。っと、建物の外は寒いな。スーパーどっち?」
「カツラギだよ。こっち。柿木さんは知らない?」
「知らない、かな?ね、手ぇ…」
「ヨーク?!へぇ、珍しい。帰宅後の外出?」
「……来るか。出るか?ココで」
「グロウ?お前こそどうした。帰宅路だったか?」
「ヨークの家がこのあたりって聞いてからね。で、彼はえーと」
「柿木さんだよ。一度、昼に会っただろう?」
「俺は覚えてますよ。グロウさんですよね。庄野さんの同僚の」
「はい。僕も覚えてますよ、木本さん」
「グロウは物覚えがいいよなぁ。私なんて柿木さんの名前、とっさには出ないぞ?」
「この人が覚えてるのは多分、アンタの周りの男限定だよ」
「ヨークは放っとくとどこまでも変なのを引っ掛けるから、仕方ない」
「変なの?いるか?…そうか?あ、……あ、いや、なんでもない。じゃあ、また明日、グロウ」
「はぁ?せっかく会えたのにもうサヨナラとか、冷たくない?ヨーク。これからどこに行くのさ?」
「柿木さんとスーパーだよ。いや、お前も誘おうかと思ったけど、そんなに個数買っても仕方ないしな。とっしーも喰いきれないだろうし」
「とっしー?」
「…ああ、弟さんだっけ?ヨークの実家にいるんだよね」
「ん。実は頼まれもんなんだよ。コレから買う分」
「…アンタんとこは弟もインスタントラーメン好きなの?」
「そう。あ、待った、母親は料理が上手いからな!そこは誤解しないで欲しい!」
「ヨークの作る料理が上手だから。ボクは誤解したことはないよ?」
「っつか、あんだけ食べることに情熱かけてるし、アンタ。お母さんがよっぽど食に熱心だったんじゃないの?」
「あ、そ、そう。そうなんだ。ありがとう、考え方が優しいな二人とも。…って、ん?グロウは私の作ったものを食べたことがあったか?」
「あるよー。なんだ、忘れてるの?」
「悪いが、真面目に記憶にない。ついでにもう一つ、悪い。スーパーがここだ。じゃ、また明日なグロウ」
「……ん。じゃあねヨーク。おやすみなさい」
「おやすみ」
「庄野さん、これ?アンタの買いたいラーメンの銘柄」
「ああ。当たりだ。柿木さんと、私とで、一袋ずつな。あ、もし良かったら、お礼に柿木さんの今夜の惣菜でも買おうか?」
「ん?や、……そうね。でもって、一緒に食べてくれる?俺、一人でメシ食うの、嫌いなんだよ」
「いいぞ。お、それなら私の分も買うか………柿木さん、なんか食べれるもの、あるか?」
「…なんでそんな困った顔してんの?あー、俺おにぎりと切り干し大根にするわ。庄野さんは?何が好き?」
「う、ん。…私は、家にあるもので食べるからいいや。ラーメン食べるし」
「は?夕飯がラーメンなの?!」
「うん。…なんだよ、仕方ないだろ?」
「………まさかと思うけど、アンタ、きっちり調理したものじゃないと食べれないとか?」
「う。…か、柿木さんがさぁ、どたばた料理の大丈夫な人か知らないし」
「ん?どういう意味?」
「あー、そのまま、だよ。帰ってきてばたばた忙しなくされると、嫌じゃないか?うちの父がそのタイプでさぁ」
「で、キッチリ料理できないならインスタントラーメンでいい、と。ついでに、売ってるおにぎりも好きじゃないと」
「好きなんだけど!今は好きなのがないの!れ、冷凍しょ…、冷食でもイケるぞ?!」
「はぁ。冷食の言葉も噛んじゃう人がイケるってどんなレベルなのよ…俺はね、待てるし、ぱたぱた走り回られても平気な人だから。……なんならアンタ、一緒に料理する?」
「一緒に料理ぃ?!よせよせ、そこまで仲良くないだろ、私と柿木さん。それはもうちょっと、仲良くなってからだな」
「ふーん?そしたら俺、レジで清算してくるわ……っていうかさ、アンタほんと、いなし方が上手だよね。天然って怖いよね」
「天然がなに?あ、惣菜は私のカゴに入れてろって。お礼にならないだろ?…つーかあのさぁ柿木さんもさぁ、どいつもこいつもどうして私が天然なんだよ。肉食女子の計算か、小悪魔の可能性はねぇのかよ?」
「………驚いた。アンタ肉食とか小悪魔とかそんな言葉、知ってたの?誰かに、何か、言われた?」
「私だって現代女子なんですー。小説も読んでますー。っと、ラーメンの清算は店の外でな。さて帰るか」
「ん。じゃあ帰ろうか。ほら庄野さん、手ぇつないで」
「っえーーー。手はいいよ。さすがにさぁ、迷子にはならないぞ?いつもと違って」
「…………ふぅん。荷物についてはあれだけ戸惑うのに手はソッコーで断るのね。いつもは、じゃあ、手をつないでるってこと?迷子防止で?」
「ああ。誰か彼かが繋ぎに来るな。まぁ仕方ないけど。実績から考えると」
「…どんな実績なの。それ」
だからね庄野さん。アンタが天然じゃなかったら、俺が驚きよ。
ありとあらゆる意味で。