柿木さんと夢と現実
ひ、久しぶり過ぎて忘れてるかも。
お前は誰だ、そんな喋り方じゃなかっただろ、という突っ込みは
大歓迎です。
『主任。待ってください。行かないで。主任はどうして知らないふりをするんですか。どうして聞かなかったことにされる? 好きです。好きなんです。とりあえず結婚してください』
『スタートっ直後っっからのトップスピーーーード!! とりあえずからの単語が重すぎ判定ぃィィ!! や、じゃなくてキミ、いやそのなんだ、あ、えっ? は?』
『いきなりなんかじゃないです。僕、いつも言ってます。主任が好きですって。朝昼晩に関係なく、好きだって熱に浮かされてるんだ』
『え、いや、待て、いくらなんでもそんな、私だって告白されて忘れるとか』
『トイレ、風呂、布団の中。声に出して、何度も伝えた』
『……現実には?』
『一度も』
『同居してない私がその状態で君の告白を受け取ってたら、むしろ私がストーカーだよ?! や、いや、っつーかアレだ、キミとは結婚できない。お付き合いもできない。だって』
『だって?』
『だってキミの名前も知らないんだもん。っつかキミ、誰だよマジで』
『っええ?! 京子さん僕のこといつも見て話をしてくれてるじゃないですか! 笑いかけたり!』
『おいおいおいおいストーカーが貴様かよ?! じゃない、そうじゃない、真面目に、だから』
『好きです、庄野京子さん』
「んーでさぁ、そういう風に夢の中の彼が情熱的っちゃぁ情熱的な感じでぐいぐい来るわけさ」
「あ、もういいわ、その話。っつか夢の話にしちゃアンタらしいね庄野さん。ところでメシね、うちで食べる? アンタん家?」
「柿木さんちでお願いしていい?」
「いい。……あ、うそ、ごめん。アンタん家がいい。誰か来てたりする?」
「真夏の夜の怪談か! 招待した覚えのない奴が我が家にいたら怖いな?!」
「そんときは俺を呼んでね。すぐに。躊躇なく。っあー、素で心配になってきた。ね、先にアンタん家に行っていい? 何事も無かったらいったん帰るから」
「めんどくさいよ。それなら先に柿木さんのところに着替えを取りに行きゃいいじゃないか。タイミングよくエレベーターもついたし、行こうぜ」
「躊躇しないね?」
「柿木さんと私の仲だろー? どうせ柿木さん家、汚れてないんだって。独身男性のくせに」
「……ん」
「はい、鍵あけてもらって、おじゃまします、とな。……っつか柿木さんのところってさ、やっぱり柿木さんって匂いがするよな」
「そぉ? ……まーぁサクサク男の家に上がっちゃってさぁ。警戒されるのも腹が立つけど、………いや、いいや。さ、俺の荷物持ったし。行こう」
「鍵かけてー着替えもってー彼氏のおうちー、なぁんて、ハハ」
「……庄野さん? エレベーター開いた。入って」
「…………柿木さん?」
「なに」
「なんか、さぁ……さっきからな? 機嫌悪い?」
「いや」
「…………い、いやってアンタ」
「ほら庄野さん家だよ。鍵開けて。着替え持って来た、彼氏の家なんでしょ?」
「…………うん?」
「玄関に誰もいない、良し。ベランダに何もいない、良し。冷蔵庫の中身は変わってない? 布団は俺、はぐってきていい?」
「……あ、真面目に怪談対策なのか! ん。うん、変わってない! ……風呂の中にも誰もいなかった!」
「そーれーをアンタが確認しちゃダメじゃん! どこぞの男が捕まえたらどうすんの?!」
「男?」
「っつーかさぁ! さっきから俺は不機嫌じゃなくて切れてんのよ! どうして庄野さんの夢に他の男が出てるわけ? アンタの夢に出てきていい男は俺だけだよ。なぁ、それこそ、どうして庄野さんは気が付かないふりすんの? 俺、…………聞いてる?」
「っ! ひぁっ?!」
「ちょっと?! ねぇ、ねぇ、待ってくれる?! ど う し て 男が潜んでるかもって言っただけでそんな挙動不審なの?! 心当たりでも?!」
「あ、あるわけねぇだろ柿木さん! 柿木さんこそさぁ、あんな、あんななな」
「なが多いよ?!」
「知らないうちに男が我が家に、とか! トラウマ抉りすぎだよ! どーーーすんだよ、怖くて着替えに行くのもイヤイヤ園だよ!」
「イヤイヤ園がなんなの!?」
「…………はぁ、はぁ、はぁ。とにもかくにも、だな。私の家に私の招いていない人物はいない。な? 上がり込めない。おーけー?」
「はぁ。……ハハ。そのとおりです庄野さん。アンタの家に不審者は入って来られない。イエス。……なんなのアンタ、実は怖がりなの? 想像だけでテンパりすぎて俺の言ってたこと、ぜーーんぶスルーするくらい?」
「あ? さっき、なんか言ってた? ごめん。ごめんなさい柿木さん。ちょっとさ、ガチでトラウマでさぁ」
「中身は聞かないけど。よくまぁそんなトラウマ持ちで一人暮らししようと思ったね?」
「んーんん。情けない話なんだけどな。……聞いてくれる?」
「……恋愛系じゃないように祈りながら聞くわ。ちょい待ち、先に椅子に座ろうぜ。ビールあったよな? っあー、なんか無駄な汗かいた気がするわ。っつか、これ。この間、俺が買ってきた分じゃん。急冷したらとろみがつく日本酒って触れ込みだったやつでしょ?」
「ん」
「飲んでみた?」
「柿木さんが用意してくれた奴だから一緒に飲みたくて、うん、まだあけてない。な、私さぁ、着替えてきたいんだけどさぁ」
「はぁ? あ、あぁ、どうぞ?」
「……」
「……ん?」
「……知らない男がさぁ、子供を連れてくんだよ。助かりたいから。楽になりたいから」
「…………もしかして、トラウマの話?」
「そう。小さい時に見た夢な」
「夢二回目な」
「夢大事な」
「確かに重要だけれども」
「それで、……だから、クローゼットなんだよ。ドアがバーンって開いて知らないおじいさんが黒ずくめでニターって笑ってガッて二の腕掴んで『みーつーけーたー』って」
「マジで怖い奴だった?!」
「『つーれーてーけー』って」
「いやだ素で怖ぇ?!」
「……な?」
「トラウマだよ。一回でも無理だよ。っつか……あ? それ、今にかかってくる?」
「くる」
「…………あぁ。アンタ、着替えに行くのが怖いのか。そっか。お化けのトラウマって根が深いよね」
「イエス」
「すげぇ素直な。……よし柿木さん、こうしよう。アンタの寝室に着替えに行く。俺と手をつないどく。部屋に入る。一緒に。で、部屋の中に不審者がいないか点検したら俺は廊下で待つ」
「待たない」
「…………背中を向ける。同じ部屋にいる」
「そこな」
「それな」
「さぁ着替えようぜ! おれたちの酒盛りはこれからだ!」
「始まってもいねぇよ!」
「……はぁぁぁぁ。アンタがさぁ」
「うん?」
「俺の家に来てね、俺の匂いがするって言ったじゃない?」
「言った」
「あれねぇ、本当なのね。庄野さんの部屋だったわ。あそこ。カルチャーショック」
「異文化の差があったか! にゃーははー、どーーこにあったのか教えろよ?」
「……うっそだろアンタ。酔ってんの?」
「よってなぁい!」
「アンタが酔うって珍しいね。ピッチ早かった? あ、……恐怖か。そこまで引きずるか。そっか」
「かーきのーきさーーん! 私の日本酒お代わり!」
「はいはい。クラッシュアイス多めでいい?」
「キンキンだと、とろってするな。あれ好き」
「…………ねぇ庄野さん。ちょっと遊ぼうか。言葉遊びをしよう?」
「いーよ?」
「アンタこれからさぁ、うん、と、好き、しか言えない人ね。俺が質問するから、答えてくの」
「いーよー」
「じゃなくて?」
「ん。うん」
「ふふふ。アンタかわいいねぇ。はい、日本酒。冷やすととろみを増すなんて面白い銘柄」
「うん」
「日本酒、好き?」
「すき」
「今日のつまみに出してくれた牡蠣の燻製は?」
「すきー」
「遊ぶこと」
「すきー」
「買い物に行く?」
「うん」
「あとで?」
「うん!」
「俺と一緒がいい?」
「うん!!」
「じゃあねぇ、…………アンタ、俺が好き?」
「うん!」
「男って意味でよ? 彼氏にしてもいい意味で俺が好き?」
「すき!」
「…………たいがい、俺も卑怯で安い男だと思う。はぁ。はは」
「すき!」
「……」
「うん!」
「…………うん?」
「すき! すき! すき!」
「よーしストップ! 俺の心臓を壊す気なの? しょうの」
「すき! すき! すき!」
「……え? あれ? マジで?」
「うん!」
「ちょい。ちょい、待った。待って。言葉遊び、止めよう。おっけー?」
「オッケー。あのね柿木さん。私、柿木さんが」
「待って?!」
「うん?」
「好きだ。好きです、庄野さん。お願いです、俺と結婚してください」
「スタートダッシュからのトップスピーーーード?!」
「そこで夢引っ張ってくる?! や、じゃなくてさぁ」
「……」
「あのね。徐々に回転上げていってたからダッシュなんてしてないよ。俺は、もうずっとアンタが好きなんだ。アンタの彼氏になりたい。いや、俺が帰ってきたときにアンタにいてほしい。アンタが帰ってくる家に俺も帰りたいんだ。アンタが遅い時には俺がメシを作る。一緒に食べよう。駅まで迎えに行く。いつかみたいに、頭が半分以下しか起きてない状態で通勤しちゃう人だから」
「え? は? あぁぁ?」
「言葉にするのはコレが初めてだ。だから聞いて。照れるけど。俺は庄野京子さんが好きです。惚れてる。結婚してください。木本基樹の嫁になってください」
「と、とりあえず?」
「とりあえずで告白するようなうっかりさんになった覚えはないよ。俺はどこまでも本気で庄野さんを木本さんにしようとしてる。考えて」
「って、いや、でも、だってアレだ、つまりその」
「庄野さん?」
「夢の中で部下の彼からの告白を断ったの、柿木さんがいるからだよ」
……ねぇ。ねぇねぇねぇ庄野さん。
それはどういう意味なの? あとごめん、ついで過ぎるかもしれないけど言わせて?
アンタ、今、酔ってるけど。
どこまでが本音なのよ。
いぇーー。次話だ。次こそ終わらせてやる!