視線
視線、だった。
痛いほどの視線。可視化したならば間違いなく俺を貫いているだろう、などと馬鹿げたことを考えてみる。
その視線に気付いたのは先週のことだ。席替えをしたのはそれよりも前だったが、俺は前から二列目に座っているのでそれより後ろに座っている彼女をわざわざ見ることはない。
最初に気付いたのはプリントを回そうと後ろを向いた時だった。視界の端に映った女の子がこちらを見ているような気がしたのだ。二度見しても怪しいやつになるだけなので、その日はそのまま放っておいた。
次の日また同じようにプリントを回しつつ後ろを見やったが、やはり彼女はこっちを見ているようだった。
彼女は俺の隣の列、その一番後ろに座っている。そしてノートを取りもせずじーっと俺を見つめているのだ。
これはもしかしてあれか?16年生きてきてとうとう俺にもモテ期がやってきたというのか!?
と、思いたくなる心を必死に抑える。いかんいかん、そういう勘違いが身を滅ぼすことになるんだ。ラブコメによくあるハーレムなんてのは実際には存在しないんだぞ。それは中学の時に学習したんだよ、ふっふっふ。
とはいえ、だったらこの状況は何なんだ?
今日もプリントを回す。おう、見てるよ・・・やっぱめっちゃ見てるよ・・・。頬杖なんかついちゃってぼーっと俺を眺めてるよ。傍から見たら完全に恋する乙女だよ。
「ねえ、早く回してよ」
へいへい、すいませんねー。
やばい。これは本当にやばい。
俺、あの子のこと好きになっちゃったかもしれない・・・。
いやだってさ、あんな風にじっと見つめられたら誰だって惚れちまうってもんだろ?結構可愛いし。
今日も彼女は絶賛俺を見ている。最近は後ろを向かなくても見られていると分かるようになってきた。
ああ、彼女の視線が俺を貫いているぜ・・・罪な男だな俺は。
てかこんなに見てるんだからやっぱ俺のこと好きなんだよな?これはもう勘違いとかじゃねえよな?だってどう見ても視線の先は俺だし、近くに別の男子がいるわけでもないし。今回ばかりはハーレム席(周り360°全員女子)に感謝だ。ブサイクばっかに囲まれたときはマジで自分のくじ運を呪ったけどな。
よし、決めた。今日あの子に告白する!!
待っててくれよ、今すぐキミの切ない想いに応えてやるからな!!
「――俺と付き合ってみるっていうのは、どうかな?」
考えに考え抜いた結果、告白の台詞はこうなった。
夕日に染まった屋上で二人・・・我ながら完璧なシチュエーションだ。
彼女は穴が開くかというほど俺の顔を見つめてくる。
「・・・えーと」
せっかくカッコ良く決めたのにどもってしまう。何か言ってくれないと困るんだけどな・・・。
「あの・・・」
「あ、うん、何かな?」
良かった、聞こえなかったわけじゃないんだな。きっとびっくりしていたんだろう。長年(?)の片想いが実るときがきたのだから当然だ。
「どうしてあなたと付き合うって話になっているのかな?」
「え?」
「いや、だって・・・まだ告白もされてないし」
ん、何かまずったか?ああなるほど、俺の気持ちを伝えていなかったな、俺としたことがいかんいかん。
「ずっと俺を見ていただろ?それで俺もキミが好きになってしまったんだ」
いやあ、なかなか恥ずかしいなこれは。この子がなかなか告白に踏み切れなかったのも頷ける。
「見てた・・・って何のこと?」
「・・・・・・え?」
おい、ちょっと待て。何か嫌な予感がするぞ。
「いや、授業中ずっと俺のほうを見てたじゃないか」
すると彼女はああ、と合点がいったように頷いた。
「最近目が悪くなっちゃって、ぼんやりとしか周りが見えないんだ~」
「・・・・・・見えない?」
「うん。黒板もほとんど見えなくて・・・だから授業中はとりあえず前の方を見ておいて、後からノートを見せてもらってるの」
「へ、へえ・・・」
いや、にこにこ笑ってるけどさ、正直可愛いけどさ、それってあんまりじゃないか!?
「あ、あのさ。一つだけ言わせて貰っていいかな?」
「なあに?」
俺は大きく息を吸い込んで、その台詞を叫んだ。
「――眼鏡買えよおおおおおぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおお!!!!!!!」
それは人生最大の叫びだった。
「はあ・・・はあ・・・」
俺は荒い息をつく。
「ありがとう、今週末眼科に行ってみるね」
「是非そうしてください・・・」
切実に願うよ、本当に。
「ねえ、それでさ」
「何だよ?」
「君も一緒に来てくれない?」
「・・・・・・は?」
顔を上げると、彼女は小首を傾げてみせる。
「私と付き合ってくれるんでしょ?」
えっと・・・どういう状況だ、これは。
“付き合ってくれ!”→“どうして?”→“君が好きだからさ!”→イマココ
あー、俺が告白したってことになってるのね。事実だけど。
「え・・・いいの?」
「うん、だって私彼氏とかいないもん。君面白いから付き合ったら楽しそうだなーって」
これはうん、あれだな。
「これがモテ期か・・・!!」
「違うと思うよー。おーい、聞いてる?」
「大好きです!!」
「あ、ありがと・・・」
かくして眼科デートの末、俺は可愛い眼鏡っ子の彼女を得たのだった。
END
久しぶりに眼鏡を外して歩いてみたら、視界の悪さにビビリました。そういや眼鏡買う直前はこの状態で頑張ってたっけなぁ・・・としみじみ考えてたら少年の叫びが聞こえてきた、という。まあ私の場合は「――眼鏡掛けろよおおおおおぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおお!!!!!!!」なんですが。