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 コロニー上には天蓋スクリーンと呼ばれる幕が張られている。昼間には雲や青空が、夜には星空がそこに投影される。そして、その過程である夕日も投影される。

 地球の空を完全に模するのは高度な技術だった。コロニー建設直後は青い空に赤を加えた空は、かなりの頻度で紫色になってしまっていた。初めはミスだったこの紫色の空も、技術が進歩して完全な夕日が造れるようになった今では、好んで投影されるまでになった。

 今日はちょうど、そんな紫の夕日の日だった。住宅集合コロニーペリステラー内のある緑地帯に、コロニーの半分を一望できる小高い丘があった。

 丘の上には、キャンバスに向かう一人の青年と、彼に寄り添う少女がいた。

「おひさしぶり」

「ごぶさたでした」

 そんなやりとりを一度交わしたきり、二人は黙って紫の空に見入っていた。次第に紺の色合いが増し、残照は夜と呼ばれる暗いビロードに飲み込まれていく。

 唐突に少女が口を開いた。

「ジュンヤ、あたしヴァンプだったのよ。知ってた?」

 精一杯おどけようとする口調とは裏腹に、少女の声は不安に震えている。青年は少女を抱き寄せたい衝動に駆られたが、ぎりぎりのところで抑制した。今はまだその時ではない、と自分に言いきかせて。代わりに肯定とも否定ともつかない相槌を打つ。

「ん……」

 青年は、少女の手に円筒形のものを握らせた。彼女は一度その筒を見たことがあったので、一目見ただけでメディスンだと判った。

「これ、俺の血から作ったものだから」

 息を飲む少女の肩に手をかけ、青年はなだめるようにささやく。

「アオイがヴァンプでちょうど良かった。俺、ドナーなんだ。だから、アオイの前から姿を消した。アオイが入院したのは、M.Cウイルスの発作のせい。記憶を失ったのは心が事実に耐えられなかったから。手術で消えたわけじゃあない」

 なだめられても、少女の顔から不安は消えない。

「メディスンってとても高いんでしょ。あたしみたいな何の取り柄もない人間には、買えない」

「これは俺からのプレゼント。これだけあれば半年はもつ。その間に自分が誇れるものを見つけることだよ。まずは、ギフトがあるかどうかの検査を受けてみる。いいね」

 少女は頷かずに、さらなるに不安を口にした。

「ギフトがなかったら? あったとしても、あたしにそうやってまで生きる資格なんて」

 青年は静かに少女の言葉を遮った。

「いや。生きる資格、あるよ。ギフトがなくたって、アオイには生きる資格がある。俺はそう信じている」

 少女の顔が青年の胸に押し当てられる。青年は腕を伸ばして少女の肩をそっと抱いた。


「彼女にはギフトがある」

 二人から少し離れた建物の中で、白衣を着た医師らしい壮年の男と、連盟の一機関に身を置くレシピエントの男が対話していた。

金属探査メタルダウズ能力のことか、ドクター」

「知っていたのか」

 ドクターと呼ばれた男は意表を突かれたというように、声をうわずらせた。

「ああ、ちょっとね」

 答えるレシピエントの男の頭には、銀のティースプーンが思い浮かんでいた。

 ドクターと呼ばれた男は、相手を驚かしてやろうと会話の口火を切ったのだ。それがこともなげに返されてしまいいささか残念そうではあったが、語ることはやめなかった。

「昨年亡くなった金属探査能力者メタルダウザー、エイダ女史の後を継いでくれるだろう彼女のお陰で、多くの未知資源が太陽系の惑星から発見される、という筋書きだよ」

「それを知っていて、彼女にありもしない甘い思い出を植えつけたのか」

 職業柄得意とする詰問口調を、レシピエントの男はドクターにぶつけた。が、ドクターは場慣れしているのだろう、少しも堪えた様子は見せない。

「最初、彼女にレシピエントであることを告げた時、自殺を図ったんだ。回復した時には、自分で記憶を消してしまっていた。あまりにも潔癖すぎたんだ。しかしな、彼女の持つ稀有な能力は、我々に必要だ。その彼女に生きる力がなくては、せっかくのギフトも弱ってしまう。それは君の件で実証されている」

 自嘲気味に、レシピエントの男は笑う。

「『期待や悲しみに押しつぶされないで生きていける程度の自信』だったかな。あの頃、あんたがよく俺に言っていたのは。それにしても、もう少し待ってやれなかったのか。彼女が自分の力で立ち上がるのを」

「時がそれを許してくれない。エイダ女史の後継者はすぐ欲しかったし、それに、彼もそれで救われた。ドナーになるのを拒否して絵にかじりついていた彼が、街角でふと会った少女がレシピエント、しかもギフトがあるのに自分の命を絶とうとしていると聞き、彼女のためならドナーとしての生活も耐えられると言ってな。

 その彼の一方的な思いを人工的に成就させた。あまり良い手でないのは、君に指摘されるまでもない。彼女の心を無視しているからな。

 だが、結果的に多くの人が救われるのなら? もちろん自分を正当化しようとは思っていない。だからと言って、その罪を背負おうなんて大それたことも思っちゃいない」

 悪びれもせずに言うドクターに、クロードは怒りと奇妙な安心感を同時に覚えていたが、安心感はそっくり包み隠して、怒りだけをドクターに投げつけた。

「こんなことをして良かったのか? あんたは神さまじゃないだろう」

「絶対的な善悪の審判こそ、神への冒濱というものさ。それに、邪魔が入らなかったということは、良いにしろ悪いにしろ、神が許したもうた必然なんだろうよ」

 クロードは深いため息をつき、窓の外の、紫というよりは紺色になった空に目をやる。

「あんたと話しているのも、もう飽きた。俺には山積みの仕事があるんでね」

 一端うそぶき、真顔になって続ける。

「最後にひとつだけ答えてくれ。彼女がもしギフトを持っていなかったら、ここまでやったか?」

「記憶操作まではやらなかったろう。だが、メディスンの投与はやめなかった。それを条件に佐倉氏がドナーになってくれたからな」

「偽悪者ぶるな。そうでなくともあんたは彼女にメディスンをやっていたろうさ。ただ、彼女が拒否するなら、さすがのあんたにも手の尽くしようはないだろうが」

 ドクターは声を立てずに笑う。

「それでは、最後に格好をつけさせてもらうとするか。操作した二人の記憶の中に、紫の夕日は入っていない。つじつま合わせのために消去した筈の記憶の中の、たった一度の二人の本当の思い出だ。さすがの記憶操作も深い想いにはかなわない、というわけさ。どうだ、いい話だろう?」

「ああ、美しいじゃないか。そういうことだったら、記憶操作なしに二人がもう幾許かの時間をともに過ごしたとしても、恋愛感情は生まれていたんだろうな」


 夜になれば、もう今までの生活には戻れない。どれほど強く願ったとしても、夜が来るのは止められない。二人が永遠の黄昏を願ってしまったとしても、誰も責められないだろう。

 が、たとえ夜が訪れても、二人は以前のように生きるのをあきらめたりすることだけは、決してしないにちがいなかった。


――了

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