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FILE 3

 アオイの反応はごく一般的であり、責められるものではない。『ヴァンプの力は借りたくない』と彼女は何気なく口にしたのだろう。しかし、その言葉がどれほど深くレシピエントの心を傷つけるかを最近知ったばかりのユイリには、自分の過剰ともいえる反応を隠すことができなかったのだ。

 むしろ当事者であるクロードの方がはたから見て落ち着いているので、滑稽ですらある。

「しかしね、日向さん」

 と、クロードは落ち着いたトーンの声でアオイに話しかける。

「彼らには彼らなりの事情があるんじゃないかな。一概に嫌うのは良くないと思う。それに誰しも……ドナーにしろ、レシピエントにしろ、望んだ運命ではないんだし」

 言っている内容や言い方そのものはありがちだったが、その奥には何かひそんでいるものがあった。それを感じとったのだろう。アオイはゆっくりうなずいて、首からペンダントを外し、テーブルの上に置いた。

 しゃら……と涼やかな音を立てたそれは、銀製に見えた。派手ではなく鈍く白っぽい輝きから、銀の純度が高いのは素人目にも判る。広葉樹を象った飾りの上には、ラピスラズリだろうか、不透明の、鮮やかな青い小さな玉が載っている。

「協力、ありがとう」

 と、クロードはペンダントに触れた。が、それは結果的に迂闊な行為だった。途端に、クロードの目が遠くを見るように細められる。顔からは表情が消え、惚けたように口がわずかに開かれる。

「……ラファイト?」

 異常に気づいたユイリが慌ててクロードに声をかける。

「クロード・ラファイト捜査官!」

 肩を揺すって呼びかけるが、もう遅い。メモリーシークエント能力発動のトランス状態に入ってしまったのだ。もちろん、クロードもある程度の能力制御をしていたに違いないのだが、それを突破してひきずってしまうほどに、ペンダントに込められた思いは深かった。

「アオイ……」

 語尾を少し伸ばすように、甘やかなささやき声で親しげに少女の名を口にするクロードは、もはやクロードでは無い。最初は何が起こったかつかみかねていたアオイも、クロードにしっかと腕をつかまれて初めて合点が行ったようである。

「もしかして、彼、が?」

「ええ。彼がメモリーシークエンサーです。トランス状態に入った今、彼の体はペンダントに込められた佐倉氏の思いが支配しています。どうか、お願いですから、抗わないで下さい。そうでないと……ラファイト捜査官は自分に戻れなくなるかもしれないのです」

 ユイリの声を抑えた静かで熱い願いはアオイの心に届いてはいたが、即答はできなかった。嫌悪感を持っていたヴァンプが目の前にいて、自分に触れている。こんな事情でなければすぐこの手を振り切って、この場から逃げ去りたい。しかし、彼は自分のためにこうなったのだし、何よりも、彼は今、自分が恋しく想う人と同化しているのだ。

 それでも決断を迷う気持ちがアオイにはあった。

「アオイ」

 再びクロードに名前を呼ばれる。その声に反応して、音叉のように美しく響くものを内に感じたアオイは、心を決めた。

「わかりました」

 ユイリの顔から険しさが消える。それを見て、アオイまでなんだか嬉しくなってしまう。二人の関係は自分と彼のように恋人同志かもしれないし、そうでないかもしれない。が、どちらにしろ、その間に強い絆があるのは疑いようもない。

「済まない、アオイ」

「ジュンヤ?」

 名前が自然にすべり出た。確かに声も姿形も違う。が、目の前にいるのは間違いなく。

「ジュンヤ、会いたかった」

 腕をつかむクロードの手の甲の上に、アオイはためらうことなく自分の手を重ねる。

「本当に、ごめんな」

「何を謝っているの? きちんと言ってよ。あたし、判らないのが嫌。あの時みたいに」

 途端に、何の前触れもなくアオイの目から涙が零れた。

 日向さん、と呼びかけてユイリは踏みとどまる。確認するまでもない。アオイの記憶は甦ったのだ。

 涙をぬぐうこともせずに、アオイはさらに問いを重ねる。

「ねえ、なんて言いたかったの? 紫の空を見に行った時、『もう一度見に来よう』の次。あの時、笑って教えてくれなかったじゃない。ねえ、なんて言いたかったのよっ!?」

「謝りたかったんだ。ごめんって」

「どうして謝りたかったの?」

「もう、会えないと判っていたから……」

 アオイの腕を握る手から、すっと力が抜けた。くずおれるクロードをユイリが支える。前にもこんなことがあったのだろうか、ユイリは手慣れたようにクロードの体をソファに横たえる。そして彼のジャケットの内ポケットを探ると筒上のものを取り出し、彼の首筋に押し当てた。クロードの体が大きく痙攣する。

 メディスンだ、と、今までそれにつきまとっていた負の感情を思い出すことなく、アオイはただ、そう思った。

「大丈夫、こうすれば落ち着くから。ありがとう」

 ユイリの声が遠くから響いてきて、アオイは我に返った。素直な感謝の言葉が口をついて出る。

「あたしの方こそ、ありがとうございました。思い出せたんです、彼のこと。それに聞きたかったことも聞けたから。……本当にありがとうございました」

「居場所も判った」

 呻くような声とともにクロードが、起き上がった。頭の中のもやを払うように、頭を振っている。

「ええっ、本当ですか!」

 声を荒げて驚くアオイに、クロードは表情を消して答える。

「ああ、だが今はまだ言えない。一週間後にもう一度来て下さい。その時、彼に会わせられると思う」

 ユイリは知っていた。彼が無表情になるのは、他人を悲しませてしまうと彼が感じた時なのだということを。

「はい」

 夏の陽射しに向かうヒマワリのように輝く笑顔で、アオイは答えた。廊下と部屋をつなぐ扉がアオイのために開かれ、閉まる。今頃は下に降りるエレベーターの中だろう。

 ユイリはちらりとクロードの顔を盗み見た。こんなことはめったにないのだが、彼女の上司の眉間には、くっきりと皺が寄せられていた。

「何が見えたのですか?」

 いつになく辛そうなクロードに、ユイリは心配げに問う。すると、クロードは表情を変えた。ユイリの方に顔を向けるクロードの眉間からは、皺が消えている。が、重たい口調が、自分が見たのは幻ではなかったことを彼女に確信させた。

「いろいろとね。佐倉氏はコロニー・コローネーにいる。久々にドクターに会えるんで、俺も喜んでいるところさ」

 ユイリは佐倉氏を見舞った運命を知った。唾を一度飲み、自分を落ち着けると再び口を開く。

「では、彼は……?」

「ああ、それどころかアオイも」

 そこで、クロードはかぶりを振った。まだ佐倉氏の想いが心に残っているのだろう。でなければ少女のファーストネームを、こんなに親しげに呼ぶわけはない。

「……日向さんも巻き込まれている。これはドクターと佐倉氏が彼女のために仕組んだことだ」

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