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絶望高校帰宅部  作者: 南野海風
夏休みバイト編
98/202

097.夏休みバイト編 二日目  後編





「来たぞ一之瀬。やってるかね少年」

「いらっしゃいませ。ごめん今忙しいから――熊野さん、二名です」

「……清水ちゃん、見てた? 私簡単にあしらわれたよ」

「そうだね。凛は簡単な女だね」

「いらっしゃいませ。こちらへどうぞ」


 忙しい。

 相手の顔をちゃんと見る暇もないほど忙しい。

 まさにスタッフにとっては静かな戦場と言うべき慌しい昼時の中、九ヶ姫の超美少女・月山凛さんとS友(Sの友達)清水さんが来店してくれたものの、まともに話せる状態になく……あとでお詫びのメールでも送ろうと思う。


 時刻は十二時を三十分ほど過ぎた頃。

 店内を歩き回ることもなく、レジとショーケース付近の作業に専念しているだけの僕も、かなり忙しいことになっている。主にケーキの扱いで四苦八苦している。

 実は、さっき力を入れすぎてケーキを一つトングで潰してしまったのだ。

 雑な仕事をしていたとは思わないが、レジに並んだお客さんを待たせまいと注意が逸れたせいである。こういう時、こういうところに経験不足が表面化するのだから油断できない。もちろん最初から舐めていたわけではないが。……買取になるかもしれないけど、今気にしている余裕はない。


 それに、一つ思うことがある。

 レジとショーケースには慣れた。あとはたくさん経験すれば、必要以上に気を張ってこなさずともできるようになるだろう。むしろ気を張っていたから力が入りすぎてケーキを駄目にしたのだ。緊張感を忘れてはいけないが、多少心の余裕も必要だ。

 ただ、心構えや経験はともかく、今のままでは効率が悪いのだ。

 客が来て、レジ付近にいて出入り口正面にいるのは僕で、「いらっしゃいませ」の声を真っ先に掛けている。

 でも僕はレジから離れられないから、テーブルに案内することはない。いちいち熊野さんや生駒さんに声をかけて頼んでいるのが現状だ。


 ――こりゃ明日の午前中はウェイターの研修だな、と密かに決めた。


 目の前を右往左往している熊野さんと生駒さん、今はいないが新島さんも。僕もだいぶせわしなく動いているつもりだが、当然彼女らの忙しさの比ではない。彼女らは常に周囲に目を光らせながら歩き回り、手が足りないと思えばレジ付近にヘルプとしてやってくる。

 こんな有様では、僕の存在は手伝いになっているプラス面はあるとしても、目が離せないというマイナス面とが相殺して、あまり手伝いになっていないと思う。

 まあ、ケーキを潰すなんてミスをするくらいだから、まだまだ不慣れではあるのだろう。


 でも、それでも、あとで店長に相談してみようと思う。

 皆が慌しく動き回っている中、ふと手が空いた時に一人だけぼんやりそれを眺めているような、間の抜けた時間が存在するこの状況は、我ながらさすがにひどいと思うから。





 店内はほぼ十代から二十代の女性客で埋まっている。

 この客層は、夏休み真っ最中という理由から来ているのだろう。毎年夏休みや冬休みなど、学生の長期休暇の昼時は込むらしく、いつもの平日なら満席にはなっても外に行列まではできないとか。

 そう、外に若干並んでいるのだ。数名ほどだけど。

 熊野さんに聞いた話によると、「おいしい軽食とデザートの二強要素が女性客をガッチリ捕まえているみたい」だそうだ。うん、これは普通の喫茶店の客入りではないよね。


 それと僕の見解を入れるなら、手頃な価格も来客要因の一つに入れたい。

 特に日替わりランチにケーキを付けたセットメニューは七百円という低価格である。日替わりランチだけなら五百円である。店長の料理の腕を知っているだけに、本当に安いと思う。それを裏付けるように、やはり日替わりランチにケーキセットを付ける客が多いのだ。……腹減ったな。


 自分の空腹に気付くくらいには、昨日よりは余裕があるようだ。

 目の前を通り過ぎていったタコを使ったペペロンチーノとスープとサラダが通り過ぎていくのを目で追いつつ、同時にウェイトレスの仕事も観察する。「おまたせしました」で一礼、料理名を言って皿を並べる。どんなに早歩きで動くような状況でも、その辺の動作は定型通りの時間を使って丁寧に。で、メニューを聞きに行く時は……おっと!


「熊野さん、それ僕が」

「え? あー……あ、じゃあ頼むね」


 慌しく動いていた熊野さんを捕まえると、僕の周辺に仕事がないことを見取って、熊野さんは水差しと紙コップの乗ったトレイを僕に渡した。


「まず聞いて、希望者にあげてね」

「はい」


 僕はエプロンを外すと差し出されたトレイを持ち、店内でテーブルを待つ二組の客に一礼し、ドアを開けて……うおあっちい。クーラーという文明の利器の及ばない灼熱の外へと(できるだけ優雅に)出た。


 えっと……確か、こう言ってたよな?


「テーブルが空くまで少々お待ちください。お水が欲しい方はいらっしゃいませんか?」


 外で並んでいる女性たちは五名ほどである。ここら辺は日影ではあるが、暑いことには変わりない。こうして時々お冷を出すのだ。

 朝で買い物を済ませてきたらしきおばちゃんに「ちょっとぉ。まだ空かないのぉ?」と美●憲一風にねっとり問われたり、女子大生くらいの常連っぽい二人組に「新しいバイト?」とか問われつつも、なんとかお冷配りを完了。

 そして店に戻ろうとした時、彼らはやってきた。


「一之瀬くん!」


 ――待ち人来たり。C組のアイドルしーちゃんご一行様だ。





 僕がなぜしーちゃんを呼んだのかは、まあストレートに言うなら、しーちゃん自身はあまり関係ない。

 たぶん理由がなければ、今補習で悲鳴を上げているだろう高井君や、いまいち普段何しているかわからない柳君や、意外と食べるのが好きなしーちゃんなので一度昼食をともにしたグルメボス松茂君と、という組み合わせで僕はしーちゃんを誘ったと思う。

 だが、今回の誘いには、理由があるのだ。


 しーちゃんの右を固めるのは、筑後ちくごただし

 百八十近いひょろりとした長身のバスケ部員で、邪魔そうな長髪、それも長めの前髪が何度見ても暑苦しい。この夏もっとも見たくない前髪と言ってもいいだろう。……まああの前髪が女の子はいいらしいが。クールに見えて。ケッ! 将来ハゲろ! いや将来と言わず明日からハゲろ!


 しーちゃんの左を固めるのは、野辺のべ圭太けいた

 一見茶色の髪が若干チャラい印象のある彼は、見た目ほど軽くない硬派なタイプだ。髪のせいでよくヤンキーに絡まれ揉め事に巻き込まれるという、僕としては同情したくなる貧乏くじをよく引くらしい。背はそれほど高くない中肉中背だが、見た感じ結構がっしりしていると思う。でも君もはやくハゲろ!


 そして、そんな二人に挟まれているしーちゃんは……おお、私服もかわいいな。ハーフのカーゴパンツとスポーツサンダル、ボーダーシャツという気負いのない格好である。……生足! 生足! 綺麗! 白い!

 できればずっと見ていたい。

 今僕だけに向けられているこの笑顔を写真に収めて僕だけの写真立てに入れておきたいが、残念! 今僕は仕事中だ! 畜生!

 僕は血を吐く想いで、願望を捨てた。……早く膝枕を完遂しようと心に誓いながら。


「いらっしゃい。ちょっと待つかもしれないけど」

「あ、全然いいよ。制服姿かっこいいね」


 マジで!?

 僕は反射的に某wishっぽい感じのポーズを決め「――僕こそ地上に舞い降りた天神転生、天使の顔をした悪魔の笑顔の異名を持つ少年さ……」くらい言ってやろうかと思ったが、手が塞がっているのでやめた。

 というか、やめざるを得なかった。


 両脇を固める男たちが、殺し屋・十和田さん張りの目で僕を見ているから。


 これはいよいよシャレじゃ済まないかもしれない。

 できればシャレで済ませたいんだけどな……





 筑後君と野辺君は、僕ら一年B組の隣……つまりしーちゃんと同じクラスである。

 しーちゃんに女子用水着を着せるための聖戦を経た後、しーちゃんと筑後君と野辺君は、急激な速度で仲良くなった。

 ちなみに彼らの情報源は、B組の自称情報通・渋川君からである。二人ともC組のリーダー格で、モテる上に目立つと有名らしい。早く神隠しに遭えばいいのに。


 要は単純な話なのである。

 一学期中に確かめようと思っていたが確かめられなかったことを、この機会に確認しようと思っただけだ。


 ――つまり、どういうつもりで筑後君と野辺君はしーちゃんと仲良くしているのか、と。


 ただ普通に仲が良いだけ。

 ただの友達同士。

 そんな風に見えていたら、僕だってあえて確認なんてしようとは思わなかっただろう。


 問題は、僕にはそんな風には見えなかったことだ。

 筑後君と野辺君がしーちゃんを見る目は、友達を見る目ではないと思ったことだ。


 たとえば高井君としーちゃんが話をしている光景を見ても、僕は二人は「ああ普通の友達だな」としか思わない。高井君もしーちゃんも、お互いそれ以上の感情がないからだ。僕も必死で押さえつけてはいるが、友達以上の感情はない。……と思う。まあないことにしとくとして。


 でも僕は、この二人からそれを感じられなかった。

 いつだったか三人で話している光景を見て「あれ? なんかヤバくね?」と思ってしまったのである。


 何を危惧しているかと言えば、しーちゃんが無防備なことがあげられる。まあ無防備っていうか、しーちゃん的に男同士でどうこうなんて発想がないんだと思うが。

 しーちゃんは優しいし今時珍しいくらいピュアだから、筑後君と野辺君を普通の友達だと思っているだろう。

 いや、案外親友とまで思っているかもしれない。


 それが、どうだろう?

 いつかそいつらが狼と化して、しーちゃんを、もう、こう…………彼らが覚醒した乙女マコちゃんのケツタッチ以上の暴挙に出る可能性を考えると、……ヘヴィーすぎる。さすがに。

 信用していた友達に突如裏切られ、迫られ、色々奪われたら、しーちゃん絶対傷つくよ。いくらしーちゃんだっていつか読んだ官能的な小説みたいに「●●くんだったらいいよ……?」とか言わないぞ絶対! そんな男に都合の良い展開なんてないんだからね! もしあったら事実ごとロードローラーに踏み潰されろ!


 余計なお世話と言われればそれまでだが、それでも、僕はしーちゃんの友達として、しーちゃんが傷つくのを静観しようとは思わなかった。

 何をどうするかなんて何も決めていないが、まず、とにかく、確かめたかった。


 だから僕はしーちゃんに、「友達と一緒に食べに来てよ」と誘ったのだ。あえて柳君や高井君や松茂君の名前は出さずに。

 そしてしーちゃんは、想定通り、筑後君と野辺君を連れてきた。





 どんな思惑でしーちゃんを見ているか。それを確かめるために色々と考えてはいたが、作戦は急遽、協力者の手に委ねられた。

 それが、しーちゃんの数年後を思わせる美貌の持ち主・生駒いこまみなとさんの存在である。


 幸い生駒さんは、「僕はしーちゃんにフラれた」という誤解をしているので、それをそのまま利用させてもらった。

 筋書きとしては「未だ好きなしーちゃんに男が二人近付いているけど、今どんな関係に見えるか観察してほしい」と、僕はフラれてなお諦めきれない男ということになっている。生駒さんの中では。


 僕の勘違いという可能性はある。

 というか勘違いである可能性は高い。

 だって男同士で三角関係とか、それどこのBL設定だよ。いやまあBL自体はいいよ。それがいいって人はそうすればいいよ。ONEの方々と接触した僕は、その辺理解がないとは言わないよ。当人同士の問題だからそれはいいよ。BLすればいいよ。僕はしないけどすればいいよ。

 でもしーちゃんは違うのだ。

 あんな見た目でも、下手なグラビアアイドルよりは余裕でかわいい未熟な美貌をもてあまし気味でも、中身はノーマルなのだ。

 普通に女の子が好きな高校男子なのだ。ナースものとか好きな高校男子なのだ。


 だから、むしろ勘違いであってほしい。

 しーちゃんにようやくできた同じクラスの友達なのだ。ただの、普通の、まったく健全な友達であってほしい。

 僕の勘違いであってほしい。


 というわけで、本日そのブラックボックスを開こうと思い立ったのだ。





 結論は早かった。


「ありゃ惚れてるね」


 男客三人(傍目には男二で女一)という珍しい客層が、店内に通された。

 黒斑メガネと前髪をゴムで結んでピョコっと立たせるという変装をしている生駒さんは、彼らをテーブルに案内し戻ってくると、まるっきり印象が変わった見た目で僕に言った。――僕がしーちゃんに似ていると言ったから、自分に注意が向かないようにしたのだ。その狙いは成功し、三人ともしーちゃんそっくりの生駒さんは印象に残らなかったようだ。


 ほんと、生駒さんはなんの遠慮もなく放り込んでくれた。

 そうじゃないことを祈っていたのに……まあ、でも、嘆いたって事実は変えられない、か。


 僕だけがそう判断するならともかく、実生活でバリバリにモテまくっているだろう生駒さんの目は、経験の裏付けからきっと僕より優れている。

 そんな彼女が僕と同じ意見を出したのだから、もはや疑う余地はない。


「すごいね。男二人で無言のままバチバチ牽制しあってさ。あそこまであからさまな三角関係って始めて見た」


 Oh……聞きたくなかったよ……どこのBL設定だよ……


「でも私に似た女の子の大物っぷりもすごいね。無言とはいえ目の前でやりあってるのに全然気付かないでメニュー開いてた。気付いててあの態度なら、相当遊び慣れてるね」


 「さすが私に似てるだけのことはあるわね」とニヤニヤ自画自賛する生駒さん。

 ぶっちゃけ今見た目ダサイですけどね。あなた。しーちゃんそっくりな顔してそんな変装やめてほしいね! あとしーちゃんは遊び慣れてるんじゃなくて「男同士でそんなことはありえない」と信じて一切疑ってないからだけどね! しーちゃんは穢れを知らないピュアだけどね!





 きっと筑後君と野辺君は、女っ気のない男子校生活と、でも毎日視界に入るいるはずのない美少女とで、いろんなものが狂ってしまったのだろう。

 僕は、彼らはむしろ被害者だと思っている。


 しーちゃんは反則だ。

 女子校に入れてもトップクラスのかわいらしさだろうしーちゃんが、学生生活の隣に、傍に、常にいるという現実は、男とか女とかもうどうでもいいって境地にたどり着くには充分な理由になってしまうだろう。わりと簡単に。

 気持ちはわかる。

 僕だって、見慣れた今でも、しーちゃんを見ていると気持ちが揺れるのだ。それなのに毎日傍で見ていたら、そりゃ好きになったりもするだろう。むしろ自然だとさえ思う。


 でも、しーちゃんはダメなんだ。

 しーちゃんはタッチ禁止だ。

 あくまでも観賞用なのだ。

 絶対に触れちゃいけない禁忌の存在なのだ。


 だから僕は心を鬼にして、彼らに引導を渡してやろうと思う。


 彼らには悪いが、僕はしーちゃんの友達で、彼らよりはしーちゃんを優先したいから。





 さっ、そうとわかれば悪い虫を駆除する方法を考えないとな!


 ああ、モテる男を蹴落とせるなんて、なんて後味の良さそうな仕事だろう! 遠慮なくやってやろーっと!




 だがしかし。

 友達の危機より、モテる男を蹴落とすことを優先してしまった僕の心の闇のせいで、ひどい事件が起こることになるのだが、それは二学期の話である。


 まず言うべきは「しーちゃん逃げて!」と友達に今そこにある危機を知らせるべきだったことを、僕は後に思い知ることになるのだった……











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