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絶望高校帰宅部  作者: 南野海風
五月
9/202

008.五月七日




 思い起こせば、僕は確かにあの時、直感でわかった。

 つまりその肩書きは誇張ではないということだ。

 決して偽りではなく、ましてや故意の誤報でもないということだ。


 僕は今日、八十一高校の二人目のアイドルを見つけた。

 というより、むしろお披露目していた。


 土曜日の朝。今日も降水確率10パーセントの晴れである。

 週休二日制の導入が珍しくない昨今、八十一高校の土曜日は普通に午前中授業があった。


 なんでも、ちょいちょいバカ行為で授業が削れたり半ば潰れたりするので、それを補うために選択の余地なく授業をするしかない、という納得できてしまう噂がまことしやかに囁かれている。教師だって休みたいだろうに、と思うと、一八十一校生としてはいささか申し訳ない気もする。


 まあ、かったるいことには変わりないが。


 通学路である八十一町商店街をたらたら歩く僕の隣を、小学生たちが靴を鳴らして駆けていく。……あれ? なんか手ぶらなんだけど、もしや小学校は今日休み? 週休二日なの? マジで? 僕らだけ登校なの?

 ……うん、まあ、今更あの高校を嘆いたって仕方ないか。


 八十一町商店街の角にあるパン屋から、今日も焼きたてパンの優しい匂いがする。曇りのない磨かれたショーウィンドウを八十一の生徒はほぼ必ずチラ見する。僕も例外なく。朝食は食べているのに、どうしても目を奪われる魅惑の場所、魅惑の香りである。

 今日も右手に臨む八十一第二公園から走ってくる野球部の団体の「うぇーおー」「ひでぇーおぉー」と濁りきった声が空高らかに響き渡る。

 ああ、僕は奴らと同じ男子校に通っているんだな。


 少々げんなりしつつ、信号が点滅している交差点を走り渡る。この八十一第二公園の外周に添って行き、商店街から少し離れたところに八十一高校はある。

 まだあまり見て回っていないが、この高校は敷地が広い。サッカー部と野球部と陸上部が同時に校庭を使ってもまだ余裕がある。校舎の裏側はちょっとした山があり、その裏山も含めて学校の敷地内なのだという。


 だからどんなにここの生徒がバカやって騒いでも、近隣住人に迷惑を掛けることがない。何せ近隣には何もないから。


「「――押忍!」」


 ん?

 同じブレザー姿の野郎どもが僕と同じくかったるそうに校門に吸い込まれていく中、耳を……いや、心を揺さぶるような猛々しい声が聞こえた。

 人込みの隙間から見えたそれに、「ああ」と納得した。


 古いと言えばそれまで。

 平成も二十年を過ぎた平成生まれの僕らには、時代遅れの言葉も出るだろう。

 でも。

 そう言い切れないのは、やはり僕も男だから、なのだろうか。


 応援団である。

 校門のど真ん中に立ち並ぶ数は五人。年季の入った学ラン(しかも長ラン!)を背負い、やけに太いドカンというズボンを履き、腕を後ろに回し胸を張り、足を開いて地を踏み雄大に立つ。これまでにもチラチラと見たことのある彼らは、学校の許可を取っているらしく、校内でも登下校時にも学ラン着用である。


 その中の一人に自然と目が行く。

 身長百七十くらいとそう高くないし細身にも見えるが、一際目立つ白ランを背負う者。五人、いや、四人の団員の前に背を向けて立つその人は、確実に肉食系であろうという野性味溢れた顔立ちで、気合の入った相貌を前方へ向けていた。


 その、恐らく団長であろう白ランの人の、彼方を見据える強い目を見た瞬間、背筋がぞくっとした。


 すげえ、と思った。

 何がすごいのか自分でもわからない。目が合ったわけでもないのに、ただ単純にすごいと思った。気迫だろうか? それとも男気でも感じたのだろうか? もしあの人の前で「昭和の遺物」だの「化石レベル」だの言える人がいたら連れてきて欲しい。僕は絶対に言えない。伊達でも見掛け倒しでもなく、限りなく本気だからだ。


 なぜ彼らが今も存在しうるのかわかった気がした。

 きっと僕のように感じ入ることを感じ、心のまま彼らの跡を継ぎたいと願う者が絶えなかったからだ。


「おはようございます!」

「「押忍!」」

「おはようございます!」

「「押忍!」」


 校門をくぐる僕ら――きっと応援団の顔も知らないだろう一年生も例外なく、彼らに挨拶する。そして彼らは僕らに気合を注入するように倍返し以上の挨拶を返してくる。

 誰もが直立不動に、担任の先生にするよりきびきびと彼らに挨拶する気持ちも、僕にはよくわかった。


「おはようございます!」


 僕も、立ち止まってきっちりと頭を下げる。こんなにちゃんと挨拶したのはいつ以来だろう? もしかしたら小学校の時だったかもしれない。

 彼らは僕にも応えてくれた。

 かったるい気分なんて一瞬で吹き飛んだ。





 気合を入れられた僕は妙にきびきびと歩き、校門をくぐった。

 そして、一度目は普通に見て流し、「んっ?」と思って二度見した。


 唖然とした。


「……マジか」


 僕からは見えなかった、校門の背に隠れるように立っていた六人目の応援団員。

 景色と同化しているかのように違和感なく馴染んでいたせいで、見逃してしまった八十一高校の旗が翻る。


 強い横顔に釘付けになった。

 整いすぎた顔立ちに目が奪われる。

 髪が長いので本当に女性かと思ったが、そんなことはない。だが男と言われれば男だが、女だと言われれば女にも見える、何者かの悪戯を思わせるような中性的な顔立ち。どちらにしろかなりの美形だ。


 白ランの団長に劣らない強い眼光が、その整いすぎた顔立ちで一層輝いて見えた。


 額で切り揃えた黒髪は長く、後頭部で縛っただけのシンプルなポニーテール。呼吸に合わせて揺れる漆黒の尾は肩の下まで垂れ、首筋からのぞく白い肌が汗で濡れて妖しい色気を漂わせる。大きくもなく小さくもない体躯は、僕より少し大きいくらいだ。


 ポニーテールの彼は旗持ちらしく、でっかいポールを専用の装具にて固定し、抱えて不動に立っている。いつからそうしているのかわからないが、よく見れば両手は旗の重さで震えているし、吹き出す汗で顔は紅潮している。きっと一時間以上もあのまま立っているのだ。


 ――アイドルだ。

 しーちゃんと擦れ違った時と同じ、いや、もしかしたらそれ以上の衝撃を以って確信できた。


 この人も、アイドルだ。


「……?」

「…っ!」


 心臓が飛び出すかと思った。

 旗持ちの人が、立ち止まってじっと顔を見ている僕をチラと見たからだ。そりゃじっと顔を見られれば気にもするだろう。もしかしたら気分を害したかもしれない。

 僕は叱られた犬のように、素早く下駄箱へと駆けた。


 僕の足は止まらない。

 大急ぎでスニーカーから上履きに履き替え、誰とも知らない一年生たちと先を競うように走る。誰もが同じことを考えているのだろうことは、その姿勢が物語っている。


 自分の足の遅さをもどかしく思いながら、ようやく一年B組に到着!

 僕は叫んだ。


「校門の旗持ちの人の写真ある!?」


 例のアイドル大好き四人グループは、すでによそのクラスの野郎どもにも囲まれていた。くっ、遅かったか…!





 あの人の名前は守山悠介というらしい。二年生で、見ての通り応援団の旗持ちだ。

 応援団は朝早く来て放課後も練習があり、僕のような学年が違う平凡な帰宅部とは生活リズムが違うので遭遇率が低い。校内でも学ランで目立つのにほとんど見かけていないのが良い証拠だ。


 それでも守山先輩のことを知らなかったクラブ所属の一年生は多いらしく、「しーちゃんに続く第二のアイドル」として今日、今朝、あの時、爆発した。ちなみに鳥羽君たちは結構前から守山先輩のことを知っていて、こうして皆が知るまでは自分たちだけの先輩として独占していたそうだ。まあ、気持ちはわからんでもない。


 童顔でかわいいしーちゃんと、凛々しさを兼ねた年上のおねえさ……いや、先輩。むしろアニキ。


 いわゆる「属性違い」ということで好みは真っ二つ。我らがB組でも「しーちゃん派」と「守山先輩派」で真っ向対立し、本当に無駄な血が流れることになる――いや本当に殴り合いのケンカになったんだよ、帰りのホームルーム直前に。担任の三宅弥生たんが来たら袖やぶけてたり鼻血とか垂らしてたりしつつ普通に解散したけど。


 どっちもいいじゃないか。


 なぜ血を流してまで優劣を付けたがるのか……それこそ男の傲慢だ。とても小さく些細なようでいて、実は戦争にさえ繋がるかもしれない傲慢さだ。雄として血が騒ぐのはわかる。好きな人を熱く語ることを否定もしない。だが押し付けるのは違うだろう。どの花だってみんな違ってうつくし……あれ? なんかの歌詞でこんなのあったような?


 まあとにかく、どっちもいいものなのだから、どっちもいいものとして受け入れればいいじゃないか。どちらかを選ぶ必要がどこにある。ナンバー1とナンバー2を同時に好きでもいいじゃないか。観賞用ならば。


 え? 僕?

 僕はどっちもいけるけど? 男的な意味ではなく、童顔もお姉さまもって意味でね!





 僕は真剣に悩む。

 今使っている、やや丸い顎を伝う水滴が意味深な「水飲みしーちゃん」と、今朝ゲットした「鏡の前で髪を結う守山先輩」の写メ……僕はいったいどっちを待ち受けに使えばいいのだろう?


 究極の二択を迫られる僕を、隣の柳君が静かに見ていた。

 そして言った。


「日替わりじゃダメなのか?」

「それだ!!」


 もう、即答しちゃったね。

 いそいそと待ち受け画像を変え、液晶の向こうで凛々しく前を見詰める守山先輩の横顔を見詰め、「これでよし」と頷く。

 ポケットに入れて、ふと脳裏を一つの疑問がよぎった。





 僕は守山先輩の写メを手に入れた瞬間、百円玉と、男として大切なものを失ってしまったのではないか、と。


 ――まさかねっ。









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