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絶望高校帰宅部  作者: 南野海風
七月
80/202

079.七月九日 土曜日





 記名欄が埋まっていることを確認しつつ、後ろから回ってきた用紙を前の席に渡す。

 これで正真正銘タイムアップ。もう書き換えることはできない。

 力が抜けて抜け殻のようになっている僕らが形ばかりの挨拶をすると、テスト用紙を集めた教師が教室を出て行った。


 そして何人か死んだ。





 期末テスト最終日も終わり、これで一学期の最後の大仕事が片付いたことになる。

 あとはもう、遊ぶ予定を立てながら夏休みを待つばかりである。


 ――死んだ者を除いて。


 結果はどうあれ大仕事が片付いたのだ、多少の開放感くらいあるだろう。しかし何人かは燃え尽きたマッチ棒のごとく精気を失って机に倒れている。

 なんだかんだで昨日今日と五条坂先輩の恩恵が受けられず、この最終日にいたっては結構ガチンコだったはずだ。


 半数以上が補習・追試に片足を突っ込んでいただけに、たぶん今目に見える光景がそのまま「確定」という自己申告になっていたりするのだろう。あるいは力を使い果たしただけか。

 ……高井君も死んでるもんなぁ。ぜひ一夜漬けなどで今日を乗り切ったとか、そんな理由で倒れていることを期待したい。


 そんな天国と地獄、白と黒、明と暗がくっきり分かれている教室を、奴は密かに泳いできた。


「一之瀬くん!」

「うお!?」


 さて柳君と答え合わせでも……と思っていた矢先、奴が背後から襲いかかってきた! ……まあ、もう、誰かと問う前から犯人はわかっているが。


「マコちゃん、暑い」


 覚醒した乙女マコちゃんの体温が背中に暑い。ただでさえ暑いのにくっつくとか勘弁して欲しい。もうマコちゃんに限っては男と密着がどうこう以前に暑いから勘弁して欲しい。

 いつもより冷静に対処する僕など気にもせず、マコちゃんは僕から離れた。


「ねえねえ、夏休みどうするの?」


 テストが終わったせいだろう、マコちゃんのテンションは高かった。この様子だと補習とも縁がなさそうだ。まあマコちゃんは候補生でもなかったし、数学以外は僕よりできるみたいだしね。


「特に予定はないなぁ」


 僕にある予定と言えば、九ヶ姫の天塩川さんに告白してフラれて、その後C組のアイドルしーちゃんによるスク水黒ニーソでの膝枕で慰めてもらうくらいだ。言わないけど。


「柳君は?」

「親の都合で海外に行くかもしれない」


 え、マジで?


「すごいね」

「面倒なだけだ」


 柳君の無表情は、海外旅行くらいでは動じないようだ。


「海外だって。マコちゃん行ったことある?」

「全然憶えてないけど、小さい頃にハワイに行ったみたい。三歳か四歳くらい」

「へえ。僕は行ったことないよ」

「そうなんだ。どこか行きたい国とかあるの?」


 うーん……


「あんまり行きたいとも思わないなぁ……行くだけで疲れそうだし。むしろ海外より北海道とか行ってゴージャスなイクラ丼とか食べてみたい。あとカニとか」

「イクラかー。それもいいねー」


 だろー。いいよねー。行く予定ないけどー。……腹が減っているせいで、どうも食い物に思考を持っていかれるが。旅行といえば名産品や郷土料理だけじゃなくて、観光地とかもあるんだよなぁ。なんか観たいかなぁ? ……海外じゃないけど金閣寺の金色っぷりが気になるくらいかなぁ。


「マコちゃんは? 夏休みの予定、なんかある?」

「家族でおじいちゃんとおばあちゃんの家に行くとか、お墓参りとか、それくらい」


 ああ、お盆だな。そう言われれば我らが一之瀬家も親の実家に行くかもしれないな。


「一緒に来る?」

「行ってどうする」


 三者面談の時のように、僕を母親どころか祖父母にまで紹介するというのか。何が狙いだ。僕のケツか。僕のケツが狙いか。僕のケツは天塩川さんのモノだぞ。……フラれるまでは。


「そうだ。柳君を連れて行けば?」

「行ってどうする」


 柳君の返答も全く同じだった。だがマコちゃんはテレた。何か妄想したらしい。

 まあ先の話より、まずは今日の話だろう。


「今日、どこか遊びに行こうか」


 せっかくの土曜日で、しかもテストという難敵をやり過ごした直後である。こんな時くらいパーッとやってもいいだろう。


「どこ行くの? カラオケ?」

「うーん……柳君はどこか行きたいところある?」

「いや、特には」

「そっか。マコちゃんはカラオケに行きたいんだ?」

「うん」


 じゃあカラオケでいいか。僕も八十一町に越してきてから一度も行ってないし。


「せっかくだから高井君としーちゃんも誘ってみようか」

「えー? しーちゃんも誘うの?」


 なんか知らないけど、マコちゃんとしーちゃんは相性悪いみたいだ。でも誘うけどね!

 不満げな顔をするマコちゃんに高井君への声かけを頼み、僕はしーちゃんをカラオケに誘うべくメールを発射した。行け。隣のクラスへ。

 すぐに返信が来た。


『クラスメイトと遊びに行くから、ちょっと無理そう。ごめんね。誘ってくれてありがとう。』


 あ、断られた。そうか、C組の連中と一緒にどっか行くのか。

 前の聖戦から、しーちゃんとC組連中の仲が非常に近くなっている。まあそりゃ一緒に女性用水着で水泳やるという羞恥プレイを経験しているんだから、そりゃ仲も縮まるだろう。


 クラスで浮いていたしーちゃんにとっては良いことである。密かに心配していただけに安心した。

 ……まあ、そのうち、誰がどんなつもりでどのようにしーちゃんと接しているかは、確かめねばなるまいが。





 「喉が潰れるまで歌ってやる」と豪語する、聞くまでもなくテストの結果を察することができる高井君が混ざり、夏休みにも一緒にどこかに遊びに行きたいね、というちょっと気の早い漠然とした話をしていると、担任・三宅弥生たんがやってきた。


「席に着けー」


 言われるまでもなく、よく訓練された僕らは素早く席についている。死体だって復活済みさ。


「おまえらのことだからこれから打ち上げやってハメはずそうって奴らもいるだろうが、はしゃぎすぎるなよ。毎年どころか毎回期末のあとは誰かが警察の厄介になりやがる」


 それは間違いなくはしゃぎすぎだろう。しかも毎回って。同じ奴が捕まってるわけでもないんだろうけど、それでも毎回は異常だろう。


「私に面倒をかけさせないように。いいな。署に迎えになんて行かないからな」


 ――僕はその時、なぜか胸騒ぎがした。

 弥生たんのそのセリフは、まるで何かを期待し……いや、暗示しているかのように聞こえたから。





 その日の晩、合コンではしゃぎすぎた黒光りする肌が眩しい大喜多君が、警察のご厄介になったらしいと一報が届いた。





 僕は思った。



 本当に期待を裏切らないなぁ、と。


 あと合コン誘えよ、と。











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